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第4話 「ヴァルキューレ」作戦発動

 こつこつと、いくつもの建物の中を進んでいく。どこまでが一つの棟かわからないくらいに通路は複雑に交差し入り組んでいた。

ほぼ初対面ともいえる知恵に、ぎゅっと手をひっぱられて、そんな道を二人で進む奈穂。

一時間前には、到底想像もつかない状況であった。

それにしても——奈穂は不思議に思う。迷いのない知恵の歩み。入学前なのに、なぜこの少女は学校の構造に熟知しているのか。そして、どこに自分を導こうとしているのか。

 十分も歩いたころだろうか。二人は『第三児戯(チュートリアル・)球戯場(ジュ・ド・ポーム)』と表記された部屋の前に到着する。知恵は自分の情報携帯端末でその扉をアンロックした。

「あなたの分も特別認証したから、一緒に入ってくれる?」

 有無を言わさない勢い。その勢いに促されて奈穂は素直に部屋に入る。

 そこは部屋というには、あまりにも広い空間だった。真ん中の床張りの空間を、ぐるりと体育館にあるような、一段高いギャラリーが取り囲むフロアである。そして、そのフロアの床の上には、見たことのないようなコンソールが複数の椅子とともに設置されていた。

さらに別の空間には、フィジカル=プロジェクションマッピングの投射装置も見える。

何か、プレゼンテーションをするような場所らしいと奈穂は想像をめぐらした。

そんな奈穂の様子にかまわず、知恵は慣れた手つきでコンソールの情報端末を起動する。当然、認証が求められる。

『権限(パーミッション)を設定してください。』

 キーボードを操作する知恵。

『パーミッション:非生徒 But 入学前特別パーミッション付与 許可 B001045』

 それと同時に、機械音が鳴り響き、下のフロアの装置が起動しはじめた。

まるで霧がかかったかのように、下の景色が一変する。どうやら映像装置が、機能し始めたらしい。

何が始まるのか、奈穂は不安半分、好奇心半分といった複雑な気持ちで、知恵を見つめていた。

「ようこそ、『聖リュケイオン女学園』へ」

 なぜかうやうやしく、礼をする知恵。先ほどまでの無関心さとは別物に、深く奈穂に頭を下げている。

「ええと……よくわかんないだけど。これは何かな?」

 下の状況を指差しながら、奈穂は素朴な質問をぶつける。待っていたとばかりに、知恵は説明を始める。

「歴史には様々なIFが想定されます。本能寺の変で織田信長が生き残っていたかどうなっていたのか?逆にヒトラーが、総統大本営ヴォルフスシャンツェで暗殺されていたらどうなっていたか?そんなIFを、あらゆる視点から再現し、そして参加者の介入によって、架空の歴史を『改変』できるシミュレータ……それが『アリストテレスシステム』。この学園の授業の中核をなすシステムです」

 当然そんな話を聞いたことがない奈穂は、あっけにとられる。

「宍戸さん……この学校のこと、何にも知らないで入学したでしょ?」

 鋭い知恵の質問。その圧力からか、奈穂は素直にうなずいてしまう。

「そうだよね。さっきから、不思議な顔ばかりしてる。そんな人に、この学校に入学してほしくはないんだな」

 むっとする奈穂。正直自分だって、入学したかったわけではない。しかも、こんな奇妙なことをさせる学校だとは知らなかった。

「でも……なんか、引っかかるんだよね。宍戸さん、さっき外国語さらっと読んでたよね」

「ええ……あれはまあ……」

「そういうのが、大事」

「え?」

「歴史を変革する人間は、不思議な力を持っていることが多いの。なんか、あなたにもそんな力を感じて。だから試させて、このシステムで」

 うるうると瞳を震わせながら知恵は奈穂の両手を握り懇願する。

(なにこの人……やばい人だ、きっと。っていうか、なんで試されるの?初対面の人に?)

 今までに、こんなタイプの同級生にあったことはない。ましてやそれが少なくとも一年間は、同室のルームメイトになることが確定しているのである。

 はあ、と奈穂はため息を漏らす。

 しょうがない。よく、わからないけど、とりあえず話に乗ってみようか、と奈穂は決心する。特殊な学校の特殊な生徒、特殊なシステム。何事も経験、まあ、怪我したりとかはないだろうと自分を必死に納得させながら。

 システムが、本格的に稼働する。奈穂にとってそれは、初めての経験であった。そして奈穂の『アリストテレスシステム』の才能の一端が、初めて開花した瞬間でも——


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