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31.魔法道具の有効利用

(それだ)


 テーブルの上に置かれていたシリウスは心の中で即答する。「もっと行け、ちっこいの!」と更に念じる。


「んえ?」


 けれどもリーゼロッテはただきょとんとポリーを見返すだけだった。


「あ、うん。そうなんだ。これも魔法道具だから……」


 遅れて問われている意味を理解したのか、リーゼロッテは再びポリーに笑顔を向けて、きゅっと音を立てて蓋をした水筒を天板に戻した。その後は自分のマグを手に取って、味わうようにそれを傾けるだけ――。


 何でだ、と片手で顔を覆いたくなるシリウスをよそに、リーゼロッテは幸せそうに目尻を下げるばかりだった。


「どれくらい入るの?」


 そこをつついたのはポリーだった。


 リーゼロッテはマグを天板に下ろす。早々に飲み干したそこに少しだけおかわりを足して、「ん――……」と考え込むように首を傾げた。


「どれくらいかなぁ。溢れるまで入れたことはないからわからないけど……バケツ三杯……五杯くらいはいけるかな?」


 メイサの用意した水筒は、もともとアリスハインが作ったものだった。よって実際にはもっと入るのだが、正解を知らないリーゼロッテは最低でもそれくらいは、という予想でしか答えられない。


 それでもポリーはぱちりと大きく瞬いて、それから弾かれたようにピンと狼の耳を立てた。


「湖の水、それで運べないかな⁈」

「あ――!」


 ガタンと椅子が音を立てる。思わず腰を上げたのはリーゼロッテの方だった。


「それならお水も運べる!」

「水筒、貸してもらっていい?」

「もちろんだよ!」


 ポリーは「ありがとう!」と喜んで、残りのハーブティーを口にする。倣うようにマグを空にしたリーゼロッテは、「早速やってみよう!」とすぐさま水筒の蓋を開け、残り少ない中身を全てマグに移した。


(……どっちが先輩だかわからないな)


 そんな二人を見るともなしに眺めていたシリウスは苦笑混じりに、けれどもようやく少しほっと息をつくのだった。






「お花は三つあるんだけど、咲くのは一つなんだって。今回咲かなかったお花は、一年後にまた一つ咲くって……」

「これも魔法が関係しているお花なのかな?」

「それはわかんない」


 鉢植え三つを布で包んで、箒にぶら下げる。そうすればリーゼロッテ一人でも一度にふもとまで運ぶことができる。湖の水を汲んだ水筒は、ポリーが持つと言うから任せることにして、箒のうしろにポリーを――……。


「リズ、わたし、あとからでいいよ?」

「う……」


 その全てを積んでみると、なかなかの重さだった。いつものように箒に跨がり、試しにと浮いてみたけれど、気を抜くと思っている軌道から外れてしまうし、高度も上がったり降りたりして、お世辞にも安定しているとは言い難かった。


「じゃ、じゃあ、先にポリーを送るよ。そのあとで、わたしが荷物を取りに戻るから」

「わかった。じゃあ目隠しの魔法も解いておくね」


 頷いたポリーは魔法を解いた。数日とは言え、こんな強力な魔法をかけっぱなしにできているなんて本当に才能があるんだろう。短い間ではあったけれど、共にいた時間、それこそ寝ている間ですらその効果が途切れたことは一度もなかった。


 これでもし飛行魔法の習得ができていたなら、少なくともリーゼロッテよりは格上の魔法使いとなっていたに違いない。


「じゃあ、行くよ。しっかり捕まっててね」


 ポリーに預けた水筒はその背に背負われた赤いリュックに入っている。ジャンパースカートと揃いの生地で作られたそれにも小さくひまわりの刺繍が添えられていて、一目でナディアの手作りだということがわかった。ポリーの言うように、本当に器用なんだろう。


「わっ」


 ふわりと身を包む浮遊感に続いて、足が地面から浮き上がる。とっさにぎゅっとしがみ付くポリーに、やっぱり飛行魔法は知らないんだと考えながら、リーゼロッテは少しずつ高度を上げる。


 空は晴れているけれど、今日は少し雲が多い。湖面に映るその景色を背に、二人はふもとの街へと真っ直ぐ飛んでいった。

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