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28.シェリーに相談

 ***



 小屋の中には簡易的ながらもベッドもあった。時折家に帰らないときなんかは、そこで寝泊まりしていたらしい。ポリーはすでに夢の中で、その肩に毛布を掛け直しながらリーゼロッテは息をつく。


「さぁ、考えて、わたし」


(考えてどうにかなるのか……?)


 シリウスはポーチから出され、それを下に敷く形でテーブルの上へと寝かされていた。リーゼロッテは揃えられていた道具を借りてハーブティーを入れると、夕飯の際に使ったマグへとそれを注いだ。魔法力の回復用にとブレンドされたハーブの茶葉も、メイサが持たせてくれた荷物の中にあった。本当にどこまでも行き届いた気遣いだ。そのことに心底感謝しながら、飲みきれない分は空になっていた水筒にいれておいた。そうしてお待たせとばかりにシリウスの前へと座る。


「ねぇ、シェリー。わたしはどうしたらいいと思う?」


 食事の後、ポリーからは改めて話を聞いた。何を話せばいいかもわからないまま、それでもポリーは聞かれたことには一生懸命答えてくれた。


 まずいつもはここの花畑の花をただ摘んで帰っていたということ。月の光をたくさん浴びることで咲くという特別な花は、半月ほど前から少しずつお世話するようになったということ。もともとここにある花や野菜は、この小屋の持ち主が育てているということ。


 いつだったか、この山に迷い込んだポリーは、偶然その〝持ち主〟に拾われたらしい。その相手は魔法使いで、真っ白な眉毛と髭が豊かなおじいちゃんだったという。名前はオルランディ。リーゼロッテもシリウスも、聞いた覚えのない名前だった。


 ポリーの言った内容に、嘘偽りはなさそうだった。現にこの小屋に置かれている調度品には魔法道具も含まれている。リーゼロッテがハーブティーを入れたティーポットもそうだし、ポリーが使っている上掛けもそうだった。前者は一般的な陶器製のものに見えて保温が効くし、後者は気温に応じて温かさが勝手に調整される優れものだ。それが魔法道具かどうかくらいはリーゼロッテにもわかる。


 そしてポリーの魔法の才能に気づいて、その扱い方を教えたのもオルランディなるおじいちゃんとのことだった。周りに魔法使いがいないポリーに、何が正解かはわからなかった。だから言われるまま、そのときできることを練習しただけだという。……まぁ、それだけにしてはかなり高度な魔法を使いこなしているけれど。


 おちこぼれともぽんこつともいわれるリーゼロッテからすると羨ましいを通り越してすごいと思うばかりだったが、そうかと言ってこのままにしていいかと言われれば話は別だった。


 魔法に限ったことではないが、自然の摂理に干渉することができる能力は扱いが難しい。そのためにも、種族特性については最初にしっかりと学ぶ必要があった。学校で教えてくれないことは、その能力に詳しい相手に師事するのが一般的だ。家族に同じ特性を持つものがいれば、その相手が師となることもある。


 ポリーで言えば、誕生日に精霊石の使い方を教わるというのもその一つと言えるわけだが、あくまでそれはエルフの特性に関してで、魔法についてはなんの予定もなさそうだった。


「ナディアさんたち、知らないんだものね」


 目の前のマグをそっと引き寄せ、こくんとひとくち嚥下する。マグ自体も保温が効いているようで、中身はまったく冷めていなかった。


「まずはそこから話さないと……」


 ポリーが魔法が使えると知っているのは、現状ではオルランディ――とリーゼロッテだけだ。まずはそこからなんとかしなければならない。


「でも、いいのかな。わたしが急に魔法が使えるなんて言っても……」


 リーゼロッテは呟き、頬杖をついた。そうは言っても、どのみちこのまま隠しておいていいはずはない。


 オルランディなる魔法使いについてはよく知らないけれど、ポリーの魔法を見るにそれなりの腕はありそうな気もした。飛行魔法に触れなかった理由はわからないものの、それならそれで早急に箒の方も手配しなければならない。


「先生なら、どうするかな」


 まとまらない答えに、一旦アリスハインの元へ帰ることも頭をよぎったけれど、リーゼロッテ一人で飛ばして帰ったとしても数日はかかってしまう。その間に雨期に入ればまったく身動きがとれなくなる可能性もあるし、下手をしたらアリスハインが自宅を空けている可能性だってある。家庭教師という仕事もしている手前、遠方の生徒の家まで出かけていることもあるのだ。


 それを思うと、安易に帰郷する選択肢みちも選べない。


「とりあえず、明日ポリーを連れて帰って……それからかな」


 そのときのことは、そのとき考えるしかないのかもしれない。

 リーゼロッテは再びマグを引き寄せる。


「花も……それまでにちゃんと咲いてくれるといいな」


 どんな花なのかはわからないけれど、わからないからこそ、リーゼロッテも見てみたかった。


「――うん、きっと大丈夫。明日には花も咲くし、ちゃんと話もできる。全部上手く行く!」


 そのときの光景を想像しながら、リーゼロッテは再びマグに口をつける。そのまま勢い込んで口内に流し込むと、次には「あっつ!」と危うく残りのハーブティーをこぼしそうになった。それでも気持ちは切り換えられたようで、リーゼロッテの表情はどこか晴れやかなものになっていた。


 まったく何も解決していないのに、相変わらず楽観的――。


 天板の上で呆れ混じりに思うシリウスにももちろん気づくことはなく、ほどなくしてリーゼロッテはポリーの横へともぐり込む。さすがにその間に引きずり込まれることはなかったが、その直前、「おやすみ、シェリー」と当たり前のように額に口付けられたのには、何の冗談かと固まってしまったシリウスだった。

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