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26.特殊アイテムとお腹の音

「あ、そうだった!」

「……なに?」

「食べ物も少し預かってきたんだけど、これはこれでポリーにって。ナディアさんから」

「ママから?」

「そう。お守りだって言ってたけど……」


 思い出したように法衣のポケットを探るリーゼロッテに、ポリーは僅かに首を傾げる。水差しを空いている棚に置き、その手元を注視する。


「……これ。なにかわかるかな?」


 取り出したのは一枚のハンカチ――四つ葉のクローバーの刺繍が入ったそれに包まれていた石のようなもの。エメラルドグリーンのそれは宝石のように美しく、けれどもきらきらと透過して光を弾くようなものではなかった。


「あ……これ、ママの……」

「わかるの?」

「うん。ママがしてるピアスと同じ石」

「そうなんだ」


 ポリーは頷き、差し出されたそれをそっと受け取る。


「精霊石って言うんだって」

「へぇ……!」


 リーゼロッテは思わず声を上げる。精霊石とは、主に自然に密接に関わる種族が扱う特殊道具アイテムの一つだ。知識はあっても見るのは初めてだったリーゼロッテは好奇心に任せてポリーの小さな手に載るそれをじっと見た。


「単なるお守りってわけじゃなかったんだね」

「お守りには違いないけど……。もともとわたしも、七歳の誕生日が来たらもらえることにはなってたの」

「七歳……あ、来週誕生日だって聞いたよ」

「うん。だからかなぁ?」


 ポリーは大切そうに両手で包んだそれを見つめる。石のサイズは二センチほどで、ピアスにというよりは、ペンダントトップに向いていそうな大きさだった。


「すてきだね」

「でもわたし、精霊石まだ使ったことない……」

「え、そうなの?」


 リーゼロッテは片手に持ったままだった箒をかたわらに置くと、改めてポリーの手の中を覗き込んだ。ポリーは頷き、共に精霊石をじっと見る。


「七歳の誕生日が来たら、石をくれるのと一緒に使い方を教えてもらうことになってて……」

「そ、そうだったんだ……」

「うん……」


 ポリーの声が僅かに沈む。けれども、ややしてはっとしたように顔を上げた。


「あ、でも」

「ん?」

「お祈りしてたと思う。ママ、お花に向かってよくお祈りしてた」

「それだ!」


(どれだよ)


 揺れるポーチの中で、黙って二人のやりとりを聞いていたシリウスは心の中でつっこんだ。


 まぁ、確かになにもないよりはましかもしれないが、そもそも精霊石は高度な術具アイテムだ。それをいくらエルフの血を引いているからといって、これまでまともに触れたこともない子供に扱える代物とは思えない。このポリーが、よほどの才能でももっていない限り――。


「こうやって……」


 ポリーはナディアから預かった緑色の石を両手で包み、胸の前でぎゅっと握った。そのまま静かに目を閉じ、黙り込む。


 ……何も起きない。


 それはそうだろう。シリウスはそんなポリーを横目に、ただ鉢植えを眺める。リーゼロッテも同様に花を、そのつぼみを見つめて、まるで自分も祈るかのように息を詰めていた。


「……だめかぁ」


 ポリーは片目をそっと開け、がっくりと肩を落とす。

 リーゼロッテはポリーの背中を優しく撫で、元気づけるように笑顔を向けた。


「大丈夫、今夜もまだ月明かりは強いはずだし……明日帰るまでには咲くかもしれないよ」

「そうかな」

「うん。もうそろそろ日も暮れるし、ポリーもお腹、空いたでしょ」


 も、ってことは、リーゼロッテお前もか。シリウスが呆れ半分に思っていると、リーゼロッテの手がふいにシリウスに触れてくる。


「シェリーも空いたって。お腹空いたよー」


 取り上げたぬいぐるみを顔の前に掲げ、リーゼロッテは小さくそれを揺らして見せる。まるで腹話術でもするかのように声色まで少し変えて、


「ポリーちゃん、僕と一緒に食べよう~」

「リズが食べたいんでしょ?」


 けれども、ポリーはそれにはのってくれなかった。


「はい、お腹空きました」


 リーゼロッテはシリウスを大人しくポーチに戻し、少しばかりばつが悪そうに頷いた。

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