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迷子と言えば――。幼い頃、いつもの四人でかくれんぼをしていたときにリーゼロッテの行方がわからなくなったことがあった。リーゼロッテは見つからないようにと必死になるあまり、森の奥へと迷い込んでしまった。
それにも一応理由はあった。うっかり野犬の子供に近づいてしまったせいで、親犬に追いかけ回されたのだ。幸い怪我はしなかったけれど、気が付いたときには自分がどこにいるのかわからなくなっていた。
リーゼロッテは早くから空を飛ぶことだけはできていた。けれどもそのときは箒を持っていなかった。好き勝手に使うことを許されていなかったからだ。許せば片道燃料でどこまでも飛んでいってしまうから。その頃のリーゼロッテには魔法力も体力もそうはない。なのに限界まで魔法を使って帰れなくなったことが何度かあり、それから学校に上がるまではずっと周りの目が届く範囲での許可制となっていた。
そんなわけで、森で迷ったからと言って空を飛んで戻ることもできないリーゼロッテは、やがて歩き疲れて動けなくなってしまう。目についた老木のうろに身を寄せ、さすがに泣きそうになりながら蹲る。常緑樹の茂る森の中は昼までも薄暗い。木漏れ日は少なくないけれど、さっきの野犬にまた遭遇したらと思うとやっぱり少し怖かった。
そのまましばらく時間が過ぎた。そこにふいに影が落ちる。
「――こんなところにいやがった」
瞬いて顔を上げると、目の前にはリーゼロッテを覗き込むようにして立つ見覚えのある姿――。
「シ……リウス……?」
「お前、いくら俺が鬼だからって、気合い入れすぎなんだよ」
シリウスの表情は見るからに呆れていた。それでも当たり前のように片手を差し出してくる。当時だから背丈もいまほどは変わらない。なのにその手はなんだかとても大きく見えた。見下ろすいつもの眼差しに、リーゼロッテはぽろりと涙をこぼした。
「泣くなよ」
一瞬ぎょっとしたシリウスだったが、その手を引っ込めることはしなかった。
リーゼロッテはおずおずと手を伸ばした。堰を切ったようにこぼれる涙が止まらない。ようやく指先がちょんと触れる。シリウスはその小さな手を、待っていたようにぎゅっと握った。