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22.迷子の行方

「他にはなにかないですかね? ポリーちゃんがいなくなる日の法則性とか……どんな小さなことでも、気になることとか……」

「気になること……。しいていうなら、靴が濡れていることがあるくらいかしら……」

「靴が濡れてる」

「ええ、そうなの。片足だけのことが多いかしら……。あ、それから一度だけポケットにお菓子の包み紙が入っていたことがあるわ」

「お菓子の包み紙」


 反芻するように繰り返し、リーゼロッテは緩く首を捻る。同様に斜めがけのポーチの中でシリウスも話を聞いていたが、それだけではいまいちピンとこなかった。


 靴が濡れているのは自然由来のものなのか、それとも人為的なものなのか。お菓子の包み紙についてはポリー自分が用意したものであれば母親ナディアもなにかしら気が付きそうなので、他人が関与している可能性が高い気もする。


 とはいえ、推測できることと言えばそれくらいで、これ以上誰に聞けばいいともどこに行けばいいともわからない。


「――よし。とりあえず、わたしもちょっと動いてみます」


 リーゼロッテは一つ頷くと、軒先を指さしながら立ち上がる。まずは往来。そこから行ける範囲で聞き込み、捜索。少しひらけた場所に出れば、リーゼロッテなら空から探すこともできる。


「大丈夫、きっと見つけてみせますから」


 深々と頭を下げるナディアに、リーゼロッテはあえて明るくそう告げる。あとは「ね」とばかりにポーチに触れて、そのまま店をあとにした。



 ***



 なにが「ね」だ。思いながらも、リーゼロッテに付き合うしかないシリウスは一方でいろいろと考えていた。もちろん迷子のポリーについてだ。


「靴が濡れていることがあって、お菓子の包み紙があって……おばあちゃんちには行ってなくて……」


 周囲をきょろきょろと見渡しながら、リーゼロッテも何度もそう呟いている。


 それに加えて、シリウスはポリー種族特性の可能性について考えていた。


 どんな種族においても、純血はすでに珍しい世界だ。種族特性の発現に関しては血の比率に比例するところは大きいが、必ずしもそうとは限らない。些少な血が隔世遺伝することもあれば、少量の血でも想定外の力が現われることもある。


 ちなみにエルフの特性は自然に干渉できるというものだが、エルフ登録のナディアであっても多少植物の寿命を延ばせたり、成長を促せたりといった程度の力しかないとのことだった。


 そしてポリーはそんなナディアの血と、人狼のハーフである父親の血をひいている。些少なものは一旦省くとしても、少なくともエルフ、人狼の特性は秘めているということになる。


 高く売れる花をどこからともなく持って帰る。それだけを聞くとエルフの特性の方が強く出ている気もするが、もしかしたら狼のように鼻が効くからこそそれを見つけることができるのかもしれない。だとしたら――。


「どこかに秘密のお花畑でもあるのかな……」


 不意に落とされたリーゼロッテの言葉に、シリウスは内心少し驚いた。自身も似たようなことを考えていたからだ。


 いや、まぁその程度なら誰だって想像がつくだろう。肝心なのはそのあとだ。


「あ、あそこからなら空に上がれそう」


 ナディアの店までの道のりに、それらしい子供の姿はおそらくなかった。であればと、店を出たリーゼロッテは来た道を戻るのではなく、さらに先へと向かってみることにした。


 続く上り坂の終わりはまだ見えない。その途中にもポリーらしき人影はなく、ほどなくして辿り着いた小さな広場で、リーゼロッテは頭上を仰ぐ。幸い人もまばらなその一角で足を止め、少しばかり上がった息が整うのを待って、右手をくるりとひるがえす。ぽんと現われたのは使い慣れた自分の箒。失敗することもなく、結びつけられたリボンもそのままに手のひらに触れた柄を軽く握り、リーゼロッテは慣れた所作でそれに跨がった。以前添えられていた桃色うさぎのぬいぐるみだけは自宅で留守番だ。


「上からなにかわかればいいんだけど……」


 独り言ちながら、斜めがけのポーチを腰に流して、血の巡りを意識する。ゆっくり魔法を発動させると、まもなくふわりとした浮遊感が身を包む。濃紺の法衣の裾が波打ち、肩で切りそろえられた銀髪がさらりと揺れる。踵が浮いて、刹那、つま先で軽く地を蹴ると、空へと舞い上がる身体に合わせて二股のフードがぴょこんと跳ねた。

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