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18.リーゼロッテとミカエル

 ***



「やあ、リズじゃないか」


 最後は通りかかった馬車に拾ってもらった。そうしてようやく辿り着いた山間やまあいの街は思いの外大きく、一応隣に位置しているとは言えほとんど立ち寄ったことのなかったリーゼロッテは、箒を抱えたままきょろきょろを辺りを見渡しっぱなしだった。


「髪が短くなってるから、一瞬人違いかと思ったよ」


 そこに声を掛けてきたのは、シリウスの元の姿――一八〇はあるそれより更に上背のある優男。比較的がっしりとした体躯に、背の中ほどまである金の髪。緩く波打つそれを背に流し、男は同色の瞳を柔らかく細める。白を基調とした――金糸で緻密な刺繍が施された――上品な衣装を身に纏い、どこか王子様然としたその佇まいは自然を人目を引く華やかさがあった。


「ミカエル……?」


 リーゼロッテは思わず目を瞠った。視線を向けた先でひらひらと片手を振っていたのは、幼馴染の一人でもあるミカエルだった。


「一人かい?」

「うん。ちょっと人を捜してて」


 リーゼロッテは笑顔で頷いた。


「……人捜し? 仕事の依頼かなにかか?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」


 一九〇近い身長のミカエルと一五〇そこそこのリーゼロッテが目を合わせるには、それなりに見上げる必要があった。太陽はほとんど真上に位置しており、ちょっと眩しい。気が付いたミカエルが遮ってくれはしたものの、身長差の方はそれだけでは解決しない。


 リーゼロッテは申し訳なく思いながらも視線を下ろす。察したミカエルは「気にしなくていい」とばかりにと優しく微笑った。


「ぬいぐるみがね……」


 そんな反応をありがたく思いながら、リーゼロッテは再び口を開く。けれども、それを阻むように「ぐう」とくぐもった音が鳴った。


 リーゼロッテは瞬き、更に視線を下向ける。つられるようにミカエルも視線を落とし、


「あっ」


 すると念を押すように、再び似たような音がする。今度は少し長い。


 一応朝食は摂っていたものの、節約しようという意識もあり量は少なめだった。ちょうど昼頃に街についたこともあり、昼食はまだだった。リーゼロッテの腹が訴えていた。


「わああ……っ」


 隠すように腹部に手を当てながら、リーゼロッテは思わず声を上げる。誤魔化すように笑って見せるが、さすがに気恥ずかしくて目端がじわりと熱くなった。


「そろそろお昼どきだものな」


 ミカエルは瞬き、それからにこりと笑った。


「一緒に食べようか」

「え?」

「俺もそんなにゆっくりはできないけど……そこの宿にあるカフェで良かったら、奢るよ」


 ミカエルが指差した先には、この街で一番大きな宿泊施設。遠目にもわかるほど大きくて綺麗な建物は、確かめるまでもなく高級そうだったけれど、


「奢…………ってもらうのは悪いから大丈夫。でも、せっかくだからわたしもそこで食べようかな」


 たまにはいいか、お腹も空いたし。手持ちも少しならあるし、さすがに昼食なら払えないほどではないはずだ。――なんて、ある意味軽い気持ちでリーゼロッテは笑顔で頷いた。


「ミカエルはあそこに泊まってるの?」

「うん。先方が用意してくれたのがあそこだったからね」

「すごいなぁ。今回はピアノの演奏会だったっけ」

「そう、ピアノがメインで……」

「メインで?」

「歌が少し」

「歌!」


 宿へと向かって歩きながら、リーゼロッテは不意に声を高くする。


「ちょうどミカエルの歌聞きたいなぁって話してたとこだったんだ」

「それは嬉しいな。メイサと話してたのか? シリウス?」

「メイサとだよ。シリウスとは、しばらく会えてなくて」


 柔らかく微笑むミカエルの横で、リーゼロッテは僅かに眉を下げる。


 正直言えばシリウスには会いたい。会いたいけれど、なんの口実もなく会える関係でもないから難しい。それこそ学校を卒業してからは、おさななじみで集まるときくらいしかまともに顔を合わせていない。同じ街に住んでいるから偶然ばったりなんてことはあるけれど、そのときだって多少の話をする程度で名残惜しく長話をしたりついでのように――こんなふうに――食事行ったりするようなことはなかった。


 ただただおさななじみというだけで、それ以上でも以下でもない。なかば諦めたような心地で、それでもリーゼロッテはシリウスのことをずっと特別に想っている。


「シリウスも仕事急がしそうだものな」

「うん」


 頷くリーゼロッテは、笑みこそ浮かべていたけれど、ミカエルの目にはどこか残念そうにも映った。わかりやすい性格なだけに、メイサはもとより、ミカエルだってリーゼロッテの気持ちには気付いている。けれども二人がそれについてなにか触れたことはない。リーゼロッテがそう口にしたことは一度もなかったし、となれば隣で勝手に動くのも不粋だと思ってのことでもあった。

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