……野宿するのかよ。
気候は確かに申し分ない。もともと春秋に当たる季節が長いような地域ではあるし、雨さえ降らなければ過ごしやすい時期ではある。
だからって、年頃の娘がその辺で野宿とは? その辺というか、正しくは次の街へと向かう途中の森の中だが、どのみち地面に直接寝転がるつもりなのは間違いなさそうだ。
それなりに順調に空を飛行し、ひとまず隣の街へと向かっていたものの、さすがに半日も飛び続けるのは限界だったらしい。やがて魔法力も体力も底をつき、危うく落ちるように森の中へと降り立ったのは、西の空がちょうど黄昏色に染まるころだった。
「お腹も空いたし……メイサが持たせてくれなかったらどうなってたことか……」
リーゼロッテは空腹を訴えて鳴る腹部に視線を落とす。片手でよしよしと宥めるように撫でてから、かたわらに下ろしていたリュックへと目を向けた。一応見通しだとかは考えて選んだらしく、頭上に生い茂る枝葉はなく、落ちる月明かりにより比較的明度の保たれている場所だった。それにしたって足下は普通に草だらけだし、さも快適そうに座っている椅子がわりは単なる古い木の幹だ。端にはきのこまで生えている。
どちらかといえば潔癖症のシリウスは、信じ難いようにリーゼロッテの顔を見る。
「おいし……」
自由には動かない視線の先、リーゼロッテは心底幸せそうに、メイサからもらった
「この調子だと、あと三日はかかるかなぁ。やっぱり馬車をお願いした方が良かったかな?」
もぐもぐと口を動かしながら、ときどき片手で水筒を呷る。それもまたメイサが持たせてくれたものだった。中身は魔法力の回復にもいいハーブティー。家を出る直前、どうせ何も持ってないんでしょう、とわかっていたようにメイサは笑ってそれを差し出してきた。
本当にいい友達を持ったなぁとリーゼロッテは心から感謝した。自分には恵まれなくても、人や環境には恵まれている自信がある。メイサだって、ミカエルだって、アリスハインだって……そしてシリウスだって、リーゼロッテにとってはみんなかけがえのない特別な存在だ。
「そうだ。寝る前に……上手く行くかな」
少しばかりしみじみとしながら食事を終えたリーゼロッテは、短い休憩を入れたあと、不意にばさりと法衣を脱いだ。
(……!)
驚いたのはシリウスだった。
何をしようとしているのかはすぐにわかった。インナー姿となったリーゼロッテは立ち上がり、自分に向けて指を閃かせていた。身を清めているのだ。ここではさすがに湯浴みはできない。その代わりに、アリスハインがしていたように身体を浄化していた。さらりと髪の毛が流れる。ずっと頑なに跳ねていた寝癖も直っていた。
続いてリーゼロッテは着ていた法衣、靴、そして最後にシリウスにも魔法をかけた。されるまま清められ、洗い立てのようにきれいになる。思いの外魔法は上手く作用したようで、率直な感想だけをいうなら悪くない心地だった。何の前触れもなく、突然脱いでしまうのはどうかと思うけれど。だってここは外だし、往来からそこまで距離もない。誰の目があるかもわからないのに、普通に考えてそんな不用心に、無防備な振る舞いは控えるべきだろう。
思うものの伝えるすべもなく、シリウスは内心溜息をつく。自分が何とかするしかないのか。そう考えてはみるけれど、やはりこの
(……月明かりか……)
ポーチに入れられ、リュックの上に置かれると、自然と視線が上を向いた。草の上に直におく気はないらしい。そのくせ自分は草の上へと直に横になっている。そういうところが理解できない。せめてなにか敷物を、ないならないで着替えの服を、とか思わないものなのだろうか。これではせっかく身を清めた意味が……。
「もうほとんどまんまるだね」
気が付けば、リーゼロッテも同じ夜空を見上げていた。見つめる先にはほとんど欠けのない月が浮かんでいる。満月は明日らしい。
(……)
シリウスは沈黙する。頭をよぎったのは〝彼女〟の言葉だった。
『――満月の夜だけ、元の姿に戻れるわ。でも、それを誰かに知られると、二度と戻れなくなるから注意してね』
視界の端で、リーゼロッテはいつのまにか眠りに落ちていた。どんな夢を見ているのか、どこか幸せそうな寝顔をさらし、すやすやと安らかな寝息を立てている。
夜風は少しばかり冷たく感じられた。けれども、そこは魔法の法衣が仕事をしてくれる。ご丁寧に、シリウスにも揃いの法衣が外套がわりに着せられていた。
柔らかな温もりが身体を包む。心地いい。疲れがたまっているとは言え、眠くなるのもよくわかる。
(……明日の晩か)
いったいどうなることやらと内心溜息を重ねながら、やがてシリウスも意識を手放した。