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15.旅は道連れ……?

「ねぇ、シェリー、髪の毛これすっごい楽なんだよ」


 ぴょこんと跳ねた髪先を揺らしながら、リーゼロッテはシリウス片手に一階に降りる。


 長かったころに比べると洗うのも乾かすのも楽になったのは確かで、けれどもその分、寝癖はつきやすくなってしまったらしい。それを上手く直すこともできず、そもそもそこまで気にしていないのか、うしろ髪の一部が反り返り、動く度にぴこぴこと跳ねていた。


「食べたら支度して、メイサのところに顔出して……そのまま出発かなあ」


 ベーコンエッグとトーストと、新鮮野菜のサラダにコーンスープ。今日は焦げ方も少しで済んで、おおむねおいしく食べられたらしい。これも鍛練とばかりに魔法で温めたコーンスープは微妙に温かったけれど、それでも昨日のように噴き上げさせることもなければ、煮詰まって量が極端に減ってしまうようなこともなかった。


「さて、行きましょうか」


 出かける準備を済ませたリーゼロッテは、チェスト上の〝かわいい〟たちにちょんちょんと触れる。最後に〝ももちゃん〟の耳に触れ、「お留守番よろしくね」と告げれば、あとはくるりと振り返って、テーブルの上へと置かれていたシリウスを手に取った。


「これ、ももちゃん用に作ったお揃いのお洋服なんだけど……」


 シリウスの今日の衣装は、リーゼロッテが着ているものとよく似た魔法使いの法衣だった。濃紺のそれに袖を通しながら、「ぴったりだね!」とにこにこ独り言ちていたリーゼロッテは、試しにとばかりに後ろに垂れていたフードまでかぶせてきた。リーゼロッテのフードそれはうさぎのようだったが、シリウスに着せられたものには猫耳のような――いや、ようではない、完全に猫耳を模した装飾がついていた。着心地は悪くなかった。なるほど、揃いというのは見た目だけではないらしい。これも魔法仕立てということだ。……いや、例えそうだとしても。


(なんで俺が猫耳……)


 遠い目でつぶやくシリウスをよそに、リーゼロッテは、「かわいい……」と見蕩れるように眼差しを緩めていた。けれども、次の瞬間には髪に変な癖がつくといけないからと、フード自体はすぐに背中へと落とされてしまう。


「フードはもう少し緩い方がいいなぁ」

(髪……)


 頭頂の生地を丁寧に整えられ、おとなしく入れられたポーチの中で、シリウスは思った。ひとの髪を気にする前に、まずは自分の寝癖を直した方がいいのではないかと。



 ***



 メイサの家に立ち寄ったリーゼロッテは、早速シリウスの服を着替えさせた。比翼仕立ての白いシャツに、細身の黒いパンツ。靴はペイントされているので脱がせられないが、形状からして編み上げのショートブーツのように見える。


「すごい、さすがメイサ! シェリーもとってもかっこいい!」


 予定より早く補修リペアしてもらえたそれは、まるで仕立てたばかりのようにきれいになっていた。リーゼロッテはすっかり元通りの姿となったシリウスを目線に掲げ、ためつすがめつしてから嬉しそうに笑った。


「本当にありがとう!」

「いいのよ。わたしもいつもリズには助けてもらってるし」

「わたしなにかしてるかな」

「調達の難しい材料なんかは、リズがいないとどうしようもないわ」

「あ、ふわふわのやつとか!」

「そう、あの綿毛だって、業者さんに頼むととんでもなく高いのよ」


 テーブルに向かい合って座り、メイサの出してくれたハーブティーを飲みながら、リーゼロッテはなるほど、と頷いた。


「そういえばまだ値上がりしたって言ってたね」

「そうなの。量もまた減ってるし」

「そっか……わたしでも役に立ててるなら良かった」

「リズは自分を低く見積もりすぎなのよ」


 僅かに眉を下げて笑うメイサに、リーゼロッテは「だって本当に何もできないし」と小さく肩を竦める。


「そんなことないわよ」


 メイサは立ち上がり、リーゼロッテの頭をそっと撫でた。


「良かったらこれ、持っていって」


 カップを傾けるリーゼロッテを横目に、メイサは一旦キッチンの方へと姿を消した。ほどなくして戻ってきたその手の中には一つの紙袋。差し出されたそれを受け取り、リーゼロッテは早速中を覗く。


「一応、しばらくもつように作ってあるから」

「え……っ、これ、わざわざ作ってくれたの?」


 リーゼロッテは顔を上げる。見返した視線の先で、メイサは優しく微笑んだ。袋に詰められていたのは、メイサが作った焼き菓子だった。メイサは裁縫だけでなく、お菓子作りも得意なのだ。


「一気に食べたらだめよ」


 揶揄めかして片目を閉じられ、リーゼロッテはこくこくと頷いた。


「じゃあ、そろそろ行ってくるね」


 残り少なくなっていたハーブティーを飲み干し、リーゼロッテは立ち上がる。かたわらに置いていた真っ白いリュックを手に取ると、ここまで着てきたシェリーの服――リーゼロッテと揃いの法衣――と共に、包みも中へと大事にしまった。


 小ぶりな見た目のわりに大容量なのは、これを譲ってくれたのが上級魔法使いアリスハインだからかもしれない。いつだったか、頼まれた依頼品を法衣の裾で抱えていたら、見かねたようにそれを渡されてしまった。普段はめったに使わないものだったが、荷物が多いときや遠出をするときなんかは重宝していた。


「気をつけてね」

「うん、ありがとう」


 その上から、シリウスを入れたポーチを斜めがけにする。


「そうだ、先生がたまには遊びにおいでって。会いたそうだったよ」

「わかったわ」


 見送りにと出てきてくれたメイサの前で、リーゼロッテは箒にまたがる。そのまま血の巡りを意識すると、まもなくふわりとした浮遊感が身を包む。少しずつかかとが浮くにつれて、メイサの視線も上がっていく。


「じゃあ、メイサも元気でね。また連絡するから!」


 最後にそう言い残し、リーゼロッテは一気に高度を上げる。つられて動く風の流れに、メイサの髪が大きくなびく。とっさに閉じた目を開いたときには、すでにリーゼロッテの姿は見えなくなっていた。

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