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14.きみはだれ?

 〝あっちむいてほい〟している馬……。


 いや、普通に女性で合っている。


 リーゼロッテの自宅に戻り、再びもこもこパジャマに着替えさせられたシリウスは、チェスト上の〝ももちゃん〟の隣で思い返していた。


 アリスハインがリーゼロッテに渡した紙に描かれていたのは、つばの大きな帽子を被った魔女の姿だった。帰宅して共にポーチから出された際、目にしたシリウスにははっきりわかった。けれどもそれを伝える術はなく、シリウスは目の前の景色だけを見つめて息をつく。リーゼロッテは湯浴み中で部屋にはいなかった。


「……」


 喋れないまでも、せめて動けたなら……。そうすれば、絵を描くくらいのことはできたのではないだろうか。いや、そんなことができるなら筆談にするべきか。ああ、だめだ。字を書けば筆跡で正体がバレてしまうかもしれない。


 どのみち、相手が女性だとわかっただけではおそらくなにも解決しない。となればいまはまだ大人しくしておくのが賢明か……。


 などと色々考えてみたところで、結局現状のシリウスにできるのはリーゼロッテの〝かわいい〟に囲まれてじっとしていることしかないのだけれど。






「いったい、どんな魔法がかかってるんだろうね……?」


 布団に入るなり、リーゼロッテはかたわらのシリウスを手に取った。仰向けになり、顔の上へと持ち上げて、瞬きすることもなく表情も変わらないぬいぐるみそれに話しかける。


「先生が言ったように、本当になにかが姿を変えられているとしたら……」


 頭頂をつんつんと指先でつつかれる。即座にやめろと思うものの、それが相手に伝わることはない。むしろいっそうくりくりと頭を撫でられ、更には額をくっつけられる。さながら、数時間前にアリスハインがやっていたように。


 もちろん、それによって得られるものなどなにもない。もともとおちこぼれともぽんこつとも言われる魔法使いリーゼロッテだ。そんなのはわかっていたとばかりに息をつき、それでも眼前のシリウスを見つめる眼差しに諦めの色はない。


「……きみは誰なの?」


 緑がかった空色の瞳がシリウスを映す。髪と同色の瞳を持つものが多いこの世界で、リーゼロッテは異なる色の瞳を持っていた。夏の青空のような、澄んだターコイズのようなその色は珍しく、日差しを受けてきらきらと控えめに光を弾く銀髪にもよく映えていた。そしてそれがシリウスも嫌いではなかった。


「早いとこ魔法をといてもらわないとね」


 せっかくの出会いだけれど、と少しばかり残念そうに眉を下げつつも、リーゼロッテはシリウスを慈しむようにそっと抱き締める。


「大丈夫だよ、わたしがなんとかしてみせるから」


(――……)


 軽く頬を擦り寄せられたあと、昨日、一昨日と同様に隣へと寝かされる。一つの枕を二人で使う形も同じで、リーゼロッテはそのまま大きなあくびを一つ漏らす。


「そのためにも、まずはその魔法使いを……」


 言いながら、リーゼロッテは目を閉じる。なんだかんだ今日は疲れたのだろう。ほどなくしてまどろみ始めたリーゼロッテは、こつんとシリウスに頭をくっつけつぶやいた。


「おやすみ、シェリー……」


 魔法が解けても一緒にいられるなら、ずっと一緒にいたいな……なんて夢現に思いながら。

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