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12.修業の一環と思えば

「――ということですから、まずは魔法を解いてあげるのが先決かな」

「魔法を解く……」

「どんな魔法がかけられているかはわかりませんけど、例えば……」

「例えば?」

「なにかが姿を変えられている可能性だって、なくはないですしね」

「! な……なにかが、姿を……?」


 とたんに注がれる視線に、シリウスはぎくりと身を固くする。


 詳細はわからないといいながら、妙に勘がいいのはやはりそれだけ能力が高いと言うことなのか。これ以上余計なことは言うなと思うけれど、例によってなにもできないシリウスは沈黙するしかない。


「もしかして…………」


 そこにリーゼロッテの手が伸びてくる。すくい上げ、両手の中に優しくシリウスを包むと、


「もしかして、猫ちゃんかな⁈」

「かもしれないですね」

「森の中だったから、リスかもしれない……」

「うんうん、その可能性もありますね」

「だとしたら、急いで戻してあげないと!」

「そうですね。戻してあげないとね」


 リーゼロッテがぽんこつで助かった。いささか適当ともとれるアリスハインの相槌にも力強く頷くリーゼロッテに、シリウスは内心ほっとする。


「で、でも……先生、これ、どうやって魔法を解けば……? アリスハイン先生にも解けないんですよね?」

「はい、解けませんね」


 ただし、そんな会話をしながら、慰めるようにすりすりと頬を寄せられるのはいただけない。

 ……いや、やめろ。マジでやめろ。

 シリウスは心の中で身をよじる。リーゼロッテのぬいぐるみの扱いには慣れてきたつもりでいたが、こんなふうにべたべたされるのはやはり落ち着かない。

 そんなシリウスをよそに、二人は話を続ける。


「じゃ、じゃあ……」

「現実的なのは、僕より……できればその魔法をかけた魔法使いより高ランクの魔法使いを見つけて試してもらうか、あとは本人を探し出して、直接解いてもらうか、ですかね」

「先生より上の人……」


 もしくは、本人を見つけ出す?


「……結構難しい条件ですね……?」

「そうかもしれませんね」


 そもそも、アリスハインよりも高ランクな魔法使い自体が少ない上に、そういった捜索に役立つ感知系の能力がリーゼロッテにあるわけでもない。


 普段からなにかと前向きなリーゼロッテではあったけれど、さすがに今回ばかりは考え込んでしまった。


「ど……どうしよう、わたしにできるかな」


 リーゼロッテはシリウスに顔をくっつけたまま、自信なさそうに眉を下げる。アリスハインは魔法で保温されたハーブティを口許に寄せ、静かにそれをひと口嚥下する。傾けられたカップからはいまだに柔らかな湯気が上がっていて、思い出したようにリーゼロッテも自分のカップに目を遣った。


「大丈夫ですよ。これも修業の一環と思えば頑張れるでしょう?」

「修業の一環……」


 リーゼロッテはシリウスをかたわらに降ろし、温かなカップに手を添えた。倣うようにひと口飲んでみると、すぐにぽかぽかと身体が温まってくる。アリスハインの入れてくれるハーブティには、魔法力だけでなく心を安定させる作用もあった。


「別に、リズが自分で解いてもいいんですけどね」

「それは無理です……っ」 


 揶揄めかして告げられた言葉に、リーゼロッテは驚いたように顔を上げる。ふるふると首を振り、ねぇ、とシリウスにも共感を求めてくる。


 まぁ、普通に考えれば無理な話だろうと思う。リーゼロッテはもともと能力が高いわけではないし、特別なにかに長けているということもない。飛行魔法が安定しているのだって、魔法使いとしてみれば基本ができているだけともいえた。


「でも、うん……頑張るしかないよね。修業にもなるし……うん」


 反芻するようにつぶやき、数回にわけてカップを傾ける。その様子に小さく頷いたアリスハインは、けれども次にはいささか不穏ともとれるほどに柔らかな笑みを浮かべて口を開く。


「それはそれとして……リズ、髪のことなんですが」

「ぎくっ」


 その言葉に、ついそう口にしてしまうほどリーゼロッテは動揺した。

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