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11.魔法使いランキング(?)

 ヘアカット――そういうときこそ魔法を使うのかと思ったら、意外にもそれは手作業だった。


「先生、髪の毛切るの好きですよね」

 昔から、何度かアリスハインには髪を切ってもらったことがあった。

「リズの髪は素直だから切りやすいんですよ」

 僕のと違って――と、アリスハインもどこか懐かしそうに破顔する。


 庭先の椅子に座らされたリーゼロッテは、肩から真っ白なケープを掛けられていた。あとはくしとはさみを使って、アリスハインが手ずから毛先を切りそろえていく。耳の傍で、しゃきしゃきと切れ味の良さそうな音が小さく響く。特に珍しくもない、日常的な風景だった。


 ゆっくりと流れる雲は薄く、降り注ぐ陽光はやわらかい。相変わらず風は穏やかで、頭上をときどき鳥が横切る。シリウスは軒下に置かれた木製のベンチへとポーチごと置かれ、そんな眼前の景色を見るともなしに眺めていた。


 そろそろ六月が来ようという時期だ。六月になればまもなく雨期もやってくる。年に一度のそれは時折嵐を伴うほどのもので、一度雨期に入ると昼夜やむことのない長雨がひと月ほど続くことになる。ちなみにこの辺りはもともと雨の少ない地域なだけに恵みの季節とも言われ、けれどもその分、外出しづらくもなるためいわゆる〝雨籠もり〟の準備も必要になってくる。先日の雨がその兆候だったというには少し早い気もするが、もしそうだとしたら、今年は例年に比べて期間が長くなるのかもしれない。


 そんなことをぼんやり考えながら、シリウスはリーゼロッテたちの方へと視線を戻す。


「できましたよ」

 ちょうどケープがはずされ、リーゼロッテも立ち上がったところだった。

「ありがとうございます」


 リーゼロッテが頭を下げると、肩上で切りそろえられたボブヘアがふわりと揺れる。短くなったことで自然と緩い内巻きとなったそれは、幼いころ、リーゼロッテがよくしていた髪型にそっくりだった。顔つきや体型も相俟って幼さを強調させる結果にはなったものの、存外ロングヘアより似合っているようにも見える。


(長いより短い方がいいんじゃないのか)


 リーゼロッテを見つめたまま、シリウスはわずかに目を細める。

 ……いや、どっちだって構わないけど。






「それで、これなんです、先生」


 家の中へと戻ったリーゼロッテは、改めてシリウスをポーチから取り出した。それをアリスハインの前へと差し出し、二人でそこに視線を落とす。


 もともとここに来たのは魔法の修行のためだった。修業とはいえ、すでに学ぶべきことは一通り履修済みなため、内容は主に復習だ。


 例えば今朝のミルクの爆発事件、自分の髪を切った際の不安定さ。言ってしまえば、リーゼロッテの首に残っていた擦過傷の一部は自分でつけたものでもあった。そういったことを報告し、もらった助言を元におさらいをする。アリスハインの前で魔法を高め、出力の調整を確認しながら、できなかったことを少しでもできるようになるために努力する。


 リーゼロッテは血が濃いわりにはできることが少なかった。誰にだって得手不得手はあるけれど、学校での成績も決して良くはなかっただけに、周囲から〝ぽんこつ〟とからかわれることも少なくなかった。


「やぁ、これは……」


 定期的に続けているその時間もなんとか終わり、アリスハインの入れてくれたハーブティを前に、リーゼロッテは真面目な顔で頷いた。


「ぬいぐるみです、先生」

「うん。そうですね」

「この子、偶然森の中で拾ったんですけど、とりあえず持ち主がいたかどうかが気になって……」

「それは大丈夫みたいですよ」


 手に取ったシリウスぬいぐるみをふにふにと触り、アリスハインはリーゼロッテの顔を見返した。


「それっぽいものは、リズとメイサの気配しか残ってないですし……それより」

「? それより……?」


 アリスハインは再び手の中のシリウスに視線を向けると、指先にじわりと魔法を灯す。かと思うと、バチ、と火花のようなものが弾けてリーゼロッテは瞬いた。


「え……」

「誰かの魔法がかかってますね」

「誰かの魔法?」

「ええ。僕よりランクの高い魔法使いの――」

「先生より高いって……純血、ですか?」

「いや……どうでしょう。そこまで行かなくても、僕より高い人はいますから」


 とはいうものの、良くてᏟランクのリーゼロッテに対し、アリスハインのランクは純血を除く最上ランクに位置している。便宜上ラベリングされた魔法使いのランクは通常S~Eに分けられており、その中でアリスハインはSランクだった。ちなみに純血種の魔法使いはそもそも別格扱いだ。


「でも、わたしいままで先生より上の魔法使いに会ったことないですよ」

「リズが通ってた学校にはいたと思いますよ。たまに来てくれてた特別講師の」

「え……いましたっけ……?」

「ええ。珍しく髪の短い魔法使い。火の魔法が得意だった人がいたはずです」

「あ、あ!」

「思い出しましたか?」

「はい、えっと……エンジュ先生! ……のことですよね?」

「そうそう。彼女も僕より上ですしね。同じランクにはいますけど」

「あの先生、そんなにすごい人だったんだ……」


 リーゼロッテは数年前の記憶を辿り、数回しか会ったことはないものの、燃えるような赤い髪が印象的だった彼女のことを思い出す。すらっとした長身の美人で、勝気な印象のエンジュは占いが得意だと言っていた。実際に見せてもらったのがその類いだったため、魔法使いのランクまでは意識していなかったが、言われて見れば校内でバーベキューをした時なんかに見事な炎魔法を見せてもらったこともあった気がする。


「エンジュ先生、髪が短かったから……」

「そうなんですよね。でも彼女は魔法力が高すぎて、短くしていただけですから」


 単にショートカットが好きだから、とも言ってましたけど。


 アリスハインはどこかおかしそうに続けながら、持っていたシリウスをテーブルの上に置いた。

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