「あ! また!」
箒にまたがり、空を行く。吹き抜ける風はそこそこで、頭上に浮かぶ雲も流れて形を変える。そこにカラスが寄ってくる。穂先をつつかれ、引き抜かれる。束ねた部分に飾られた濃紺のリボンや髪の毛まで引っ張られ、危うくバランスを崩しそうになった。
「こら! やめて! 離して!」
リーゼロッテは高度を上げたり下げたり、速度にも緩急を付けて振り切ろうとする。けれどもカラスはますます追ってきて、しつこくリーゼロッテにまとわりついてくる。まるでからかうみたいに周囲を旋回し、シリウスが入ったポーチまでも狙ってくる。
「それはだめ! だめだよ! 大事なものなんだから!」
リーゼロッテは必死に抵抗する。けれどもカラスたちはやめてくれない。
この界隈のカラスが、飛行中の魔法使いにじゃれついてくること自体は珍しくなかった。けれどもどうやらリーゼロッテは舐められているようで、他の魔法使いより激しく絡まれるところがあった。くちばしで突かれ、爪でひっかかれ、ついに振り回されたポーチからシリウスがこぼれ落ちる。気付いたリーゼロッテは慌てて箒を転回させた。
「待って、だめだったら! 持ってかないで!」
一羽のカラスの爪が落下していくシリウスに伸びる。リーゼロッテは一気に魔法を高め、ぎりぎりのところでそれをかすめとる。片手で胸にぎゅっと抱き、束の間ほっと息をつく。だがその時にはすぐそこに森の木々が迫っていて――。
「やっ、わ、わああっ!」
夢中で速度を上げていたリーゼロッテは止まりきれず、そのまま枝葉の中へと突っ込んでしまった。
「……いったぁ……」
とっさに目を閉じていたリーゼロッテは、ややしてそっと視界を開く。片手は箒を握ったまま、他方の手の中にはシリウスの姿があった。確認できたそれに再び安堵して、リーゼロッテはゆっくり身動ぐ。
「え……あれ?」
幸い、身体の方は軽傷で済んでいた。リーゼロッテを受け止めた木の種類が、特に枝の細いものだったからかもしれない。ともすれば柔らかく、そのくせしなやかで折れにくいそれがクッションの役割を果たしてくれたらしい。多少の擦過傷や打撲の痛みはあるものの、リーゼロッテもシリウスもとりたてて問題はなさそうだった。――のだが、
「あ……うそ」
改めて身体を起こそうとしたリーゼロッテは、そこであることに気がついた。頭が動かない。身体はどこも異常がないのに、どうしてだか頭だけが持ち上がらなかった。
髪が枝葉に絡み付いていた。細かく入り組んだ枝葉は不釣り合いなほどに強靱で、軽く引っ張ったくらいではどうにもならない。
「どうしよう……」
まもなく事態を把握したリーゼロッテは、ややしてぽつりとつぶやいた。