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05.焦げた朝ごはん

(寒……)


 翌朝、シリウスが目を覚ますとそこは床の上だった。どういうことだと巡らせた視線の先、ベッドの端からは無造作に短い足が覗いていた。寝ている間に、リーゼロッテに布団の中から蹴り出されてしまったらしい。


(なにが温かいだ……なにが一緒にねんねだ)


 なにをされたというより、まず言うこととやることが伴っていないことに若干いらつくシリウスだった。


(相変わらずがさつなやつ……)


 昔からそうだった。好奇心旺盛で怖い物知らず。石橋を念入りに叩いて渡るシリウスに対して、叩くこともなく一気にその上を駆け抜けるようなたちだった。そこが相容れないと思うのに、どうしてだか放っておくことができないのも確かだった。


「あれ……?」


 三十分ほどがすぎ、ようやく目を覚ましたらしいリーゼロッテが目を擦る。あくびを漏らしながら辺りを見渡し、そうして床へとぽてんと落下していたシリウスに気が付いた。


「お布団、暑かったのかな?」


 リーゼロッテは笑み混じりに言ってベッドを降りる。シリウスを拾い上げると軽く払って指先で頭を撫でた。自分の寝相の悪さのせいだとは微塵も思っていない顔だ。


 にこにこと起き抜けから嬉しそうに微笑むリーゼロッテに、シリウスは冷ややかな眼差しを向ける。表情筋のないぬいぐるみではなにも伝わらなかったが。


「うん、良かった。これも似合うわ」


 水兵服らしきかわいらしい服に着替えさせられ(シリウスにはいちいち着替えをさせる意味がわからなかったし、なにが似合うだ、どこがだと思わずにはいられなかったが)、ともあれシリウスはリーゼロッテと共に一階に降りた。


 リーゼロッテが朝の支度をしている間、シリウスはダイニングテーブルに置かれたかごの中へと入れられていた。ふかふかのクッションが敷かれたそこはリーゼロッテの用意したぬいぐるみ置き場らしい。先客はいなかった。


「あ、たまご割れちゃった」


 リーゼロッテは、いつもの法衣に空色のエプロンを重ねた姿で朝食を作っていた。壁際のキッチンに佇むその背中越しに、「まぁそんなこともあるよね」なんて声が聞こえてくる。なにかが焼けるような音に続いて、香ばしい匂いが漂ってきた。どうやらベーコンエッグを作っているらしい。かたわらに置かれたトースターにも明かりがついていた。


(ふーん……)


 このおさななじみは料理が苦手だという認識だったが、一応自炊はしているらしい。

 シリウスはリーゼロッテの背中を見るともなく眺めたまま、わずかに目を眇めた。特に褒めるようなことでもないし、これくらい当たり前だと思いながらも一応感心していると、まもなくその匂いは香ばしいを通り越して、あきらかに焦げ臭いものへと変わっていった。


「……ちょっと焦げちゃった」


 ちょっと? ちょっとなのか、この匂いで?

 もしまともに動けていたなら、シリウスは確実に鼻を覆っていただろう。それくらいのレベルだった。


「まぁでも大丈夫。お腹に入れば一緒よ」


 さながら自分を自分で励ますように言って、リーゼロッテは二つの皿を手にテーブルへと戻ってくる。

 料理が得意なシリウスからすると聞き捨てならない科白だったが、なに一つ返すことができないシリウスはひとまず目の前へと置かれた皿に目を向ける。


 ――黒い。


 ベーコンもたまごもトーストも。途中で火元から離れたわけでもないのに、どうしてこんなことに? 料理が苦手なやつがよくやる、早く作りたいから強火で、とかそういう結果だろうか。

 いや、それ以前に本人はそこまで失敗とも思っていないようにも見えた。だってリーゼロッテは〝ちょっと〟と言っていた。ちょっと待て。これがちょっとなのか?


 ややして皿の隣に置かれたのはホットミルクだった。当たり前のように膜は張っているものの、沸騰してあふれさせたりはしていないようだった。もしかしたらこちらは魔法で温めたのかもしれない。飛行魔法以外はむらがあるとのことだったが、今回は上手くいったらしい。


「いただきます」


 ぐるぐると信じ難く頭を巡らせるシリウスをよそに、リーゼロッテは笑顔で手を合わせる。そしてなにごともなかったように食べ進めながら、柔らかな眼差しをシリウスに向けた。


「ご飯を食べたら、メイサのところに行こうと思うの」

 ぼりぼりと、ベーコンを咀嚼する音がする。

「メイサっていうのは、わたしのおさななじみ……お友達なんだけどね」

 ざくりと、トーストをかじる音が続く。

「頼まれていたものを持っていかなきゃいけないし、その時にきみの服のことも頼もうと思って」

 ぽろぽろと形を崩しながら、しっかりすぎるくらい火の通った卵が口の中へと運ばれていく。


「メイサは裁縫が得意なんだ。わたしが持っているぬいぐるみの服も、きみがいま着ている服も、全部メイサが作ってくれたものなんだよ」

 そこまで独り言ちてから、リーゼロッテはホットミルクのマグカップを手に取った。並べられていた食器はどれも真っ白で、そこにうさぎのワンポイントが描かれていた。


 口元へと引き寄せたマグカップがゆっくり傾けられていく。まだ湯気の立ち上るそれにこくんと喉が上下する。思ったより熱かったのか、肩がぴくりと揺れて、「あつ」という声と共に舌先が覗く。


(……)


 シリウスは内心息をつく。


 独り言にしては声がでかいし長すぎる。昔からそういうところはあった気もするが、いっそうひどくなっている気がする。

 二十歳もすぎて一人勝手にころころと表情を変えるさまには正直呆れてしまうし、なんなら大丈夫なのかと心配にもなってくる。そのくせどこかで見ていて飽きないと――感じている自分を認めることはできないけれど。


「ね。だからきみも一緒に行こうね、せっかくだから」


 リーゼロッテはわずかに眉を下げ、嬉しそうに笑った。

 なにがだからなのかも、なにがせっかくなのかもわからなかった。わからなかったが、どのみち現在のシリウスに拒否権はない。もしかしたら採寸のためかもしれないし、ぬいぐるみ本体へのほつれを確認したいのかもしれない。思えば抗う理由もないため、大人しく受け入れるほかなかった。


「ごちそうさまぁ」


 そうこうしているうちに、リーゼロッテは用意した朝食を食べ終えていた。

 マグカップのふちへとひっかかっていたタンパク質の膜もきれいになくなっている。

 どんな状態だろうと、食べられる(?)食べ物を残さないのは好感が持てる。いや、そんなのは当たり前のことだと思いながらも、シリウスは自然と肩から力が抜けるのを感じていた。……まぁ、こういうところは、嫌いじゃない。

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