日が暮れるころ、すっかり身体が渇いたとみなされたシリウスは、リーゼロッテの部屋へと戻され、似たような背格好のぬいぐるみたちと共に並べられていた。ちょうどいいものがないからと言って、淡い水色を基調とした、ふりふりもこもこのパジャマを着せられて――。
「きみの服、すごく素敵なんだけど、結構ほつれてて……修理が終わるまでは他ので我慢してね」
数時間後、湯浴みを済ませてきたリーゼロッテは、長めの髪をタオルで拭きながら部屋へと戻ってくる。
リーゼロッテは一人暮らし。自室兼寝室は二階で、その他は全て一階にある。自室には天窓のついたロフトがあり、飾りきれない
幸いなことに、リーゼロッテはそのぬいぐるみがシリウスであることには気付いていない。気付いていないどころか、疑ってもいなかった。それだけがせめてもの救いだと、不本意な着せ替えをさせられつつもシリウスはほっとしていた。
――なのに、
「……?」
リーゼロッテはふと首を傾げた。瞬きを重ねる丸い大きな瞳が、柔らかな照明の光を映して煌めく。
「っていうか、よく見るときみ……」
リーゼロッテはぬいぐるみを手に取った。手のひらサイズのそれに視線を落とす。
濃紺のショートヘアに同色の瞳は少し切れ長で、口元は小さく表情は乏しい。印象としてはどこかツンとしているようにも見え、そのさまにリーゼロッテは思わず肩を揺らす。黒づくめだと思っていた服は清めてみれば真っ白い比翼仕立てのシャツで、下はそのまま黒いパンツだった。シリウスが普段着ている服によく似ていた。
「どことなくシリウスに似てるね……?」
(!)
シリウスは内心ぎくりと身を震わせた。
「もしかして……」
リーゼロッテのつぶやきに、シリウスの鼓動が一気に速くなる。
まさか、嘘だろ。このクソほど鈍感なぽんこつちびが……。
そんなシリウスの胸中など知るよしもなく、リーゼロッテはおかしそうに破顔した。
「もしかしたら、シリウスの
でも、もしそうだとしたら誰の仕業だろう。まちがってもシリウス本人がそんな企画はしないだろうから、ミカエルあたりが勝手にしたことかもしれない。もう作っちゃったから、なんて事後報告されたとすれば、シリウスだってさすがに無下にはしないはず――。
思いながら、リーゼロッテはシリウスの――正しくはぬいぐるみの――頬をちょんと小突く。ぬいぐるみのデザインなのか、目の下はほんのり赤く染まっていて、その表情とのギャップが妙にかわいく見えた。
リーゼロッテはふふ、と微笑みながらぬいぐるみをしばらく眺め回していた。
(そんなもの作るわけないだろ……)
シリウスは動けず、声も出せず、ただふりふりもこもこの服を着たまま人知れず息をつく。……とにかくバレなくて良かったと心底安堵しながら。
「あ、そうだ。あの服もちゃんと直してもらうからね」
リーゼロッテは笑み混じりに続けると、肩にかけていたタオルをかたわらのテーブルに置いた。そしてベッドへと足を向ける。
(……? ……!)
ややしてシリウスははっとする。
リーゼロッテは、シリウスをもといたぬいぐるみの群れの中には戻さなかった。戻さないまま、なんの躊躇いもなくベッドに入る。その手の中には相変わらずぬいぐるみが――。
「今夜は一緒にねんねしようね。あんなにびしょ濡れになっていたんだもん。寒かったでしょ。お布団の中は温かいよ~」
(あ……たたかいよ~、じゃないんだよ! ばかかお前、俺が誰だかわかって……っ)
いや、ここでわかられたら困るのはむしろシリウスの方ではあるのだが。
ともあれ、どちらにしても一緒に寝るなんてごめんだと、もう子供のころとはわけが違うんだぞとシリウスは必死に訴える。訴え――てはみるものの、それが声にも形にもならなければ、届くはずもない。
リーゼロッテは機嫌良さそうに枕を整え、自分の隣にシリウスを置いた。一つの枕を二人で使うような並びで、リーゼロッテはその頭をちょんちょんと撫で、再び擽ったいように頬を緩める。かと思えば込み上げたあくびを思い切り漏らし、そのまま静かに目を閉じる。
「おやすみ……シ……じゃなくて、シ……シェリー」
シェリーって誰だよ。というか、いまの絶対俺の名前を言いそうになっただろう。
姿形がちょっと似てるからって……そもそもそういう短絡的なところが苦手なんだよ。なんにつけてもなんとかなるわ、みたいな楽観的すぎるところも好きになれない。
思うものの、やはりその時のシリウスにできることなどなにもなく、結局は事態を甘受して眠りに落ちるしかなかった。