(冗談じゃない……)
どんなに逃げ出したくても動けないまま、シリウスはうさぎのぬいぐるみと一緒に洗面台に並べられていた。続いてトレイに張られたぬるま湯に浸けられる。
……正直気持ちいい。
それまでの数日が思いのほか過酷だったからだろうか。シリウスはうっかり降りてきた眠気に身を委ね、そのままうとうとし始めてしまう。そこにふっと影が落ちる。
「さぁ、きれいにしましょうね、ももちゃん」
聞き覚えのある高めの声が耳に届く。目を開けると(ぬいぐるみであるため常に全開だが)すぐ傍で湯に浮いていたうさぎのぬいぐるみがやわやわと揉まれているところだった。
なるほど、ぬいぐるみとはああやって洗うのか。
その手付きは細やかで、すみずみまで丁寧に撫でる仕草はかなり扱い慣れているように見えた。
そういえば、昔からとにかくかわいいものが好きだと、
リーゼロッテとシリウス、そしてリーゼロッテの親友であるメイサ、シリウスの悪友であるミカエルの四人は物心ついたころからのおさななじみ。交流自体は一応いまでも続いており、年に数回程度なら全員で集まることもあった。
とはいえ、その時場所を提供するのは基本メイサで、それこそシリウスがリーゼロッテの部屋に入ったのは数年前、わけあって酔い潰れたリーゼロッテを家まで送った日以来のことだった。
「ふふ、完璧。とってもきれいになりました」
押し洗いされたうさぎのぬいぐるみは念入りにすすがれ、フローラルな香りのする柔軟剤にひたされていた。そのどれもが優しく丁寧で、けれどもその次の工程だけは予想外に容赦がなかった。
タオルにしっかりと包まれてはいたものの、後はひたすら遠心力頼み――。脱水はしっかり! と独り言ちていたことからも、ある意味譲れないポイントなのかもしれない。
その後は再び繊細な手付きで形を整えられ、柔らかなタオルの上へと寝かされていた。うさぎの色はすっかり元通りの桃色になっていた。
……あの脱水の工程だけは若干恐怖を感じたが、どうやらやり方自体は間違っていないらしい。
「服はあとで選んであげるからね」
……服?
うさぎへとかけられた言葉にシリウスは一瞬固まる。
気が付けばうさぎは着せられていたふりふりのエプロンドレスを脱がされており、服は服だけで横に避けられていた。
「さぁ、次はきみだよ」
(や、え、待て……まさか)
シリウスはリーゼロッテを見上げる。瞬きすらできない瞳にリーゼロッテの笑顔が映る。
小さな手、短い指がシリウスをとらえる。湯の中からすくい上げ、やわやわと試すみたいに胸を押された。頭部も、顔も、いまは存在しない首の辺りも。
そうして、まもなくその指先が触れたのは、
(待て、嫌だ、やめろ、離せ、このクソガキ――っ)
シリウスがもともと身に着けていたシャツのボタンだった。
「あ、すごい。この服、作りがとってもしっかりしてる……!」
(やめろ、ばか、脱がすんじゃない!)
シリウスは必死に心の中で抗議する。けれどもそんな胸中など知る由もなく、リーゼロッテはただそのできに感嘆の声を上げながら、あっというまに全ての服を脱がしていく。
リーゼロッテが感心するほど精巧な作りではあったものの、身体に関してはぬいぐるみそのもので、ありていに言えばそこに〝それ〟はついていなかった。
だとしても。そうだとしても。
「……男の子、だよね……?」
その言葉にシリウスは心の中で顔を覆った。いったいなんの拷問だ。