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第39話「こういう家庭を作りたいよね」

「うふふ、よく眠っていますね…本当に、こういうときは年齢相応に見えちゃいます」

「そうだね。円佳ちゃんも絵里花ちゃんも大人びているけれど、まだ高校一年だもんね…おやすみ、二人とも」

 美咲に連れられて結衣の家に訪れた円佳と絵里花は食事と入浴を済ませたあと、簡単な片付けを手伝って来客用のマットレスを敷き、早々に夢の世界へと落ちていった。

 今回の任務については美咲が最大の功労者とも言えるが、円佳と絵里花は研究所での訓練と検査を終えた直後であったことから、知らず知らず疲労が積み重なっていたのだろう。

 シングルのマットレスの上で抱き合うように眠っている二人の表情は、年齢相応どころかそれよりも幼く見える。とくに円佳はその性格とは裏腹にあどけなさが色濃いと言えるほど幼い顔立ちであったため、完全に油断して眠る姿は誰が見ても優秀なエージェントとは思えないだろう。

 美咲は事情を知る人間として、結衣は普段の二人のよき姉役として、どちらも母性的な微笑みを浮かべながらその様子を見守っていた。

「さて、そろそろ私たちも寝ようか」

「ええ、そうですね…でも、結衣お姉さんと同じベッドで寝ていると、『したくなっちゃう』のが困りものです」

「ちょっと、今日は二人もいるんだから絶対にダメだからね? それに美咲だって疲れているんだから、今日はすぐに寝るんだよ」

「はーい…うふふ、今の言葉はお姉さんというよりも『結衣お母さん』ですね」

 二人に優しく掛け布団をかけ直し、結衣は立ち上がって自分のベッドへと向かう。本当なら若い二人にベッドを譲ろうとしていたものの、円佳と絵里花はそれを固辞したため、若干の申し訳なさを感じつつも「この子たちならそう言うだろうなぁ」という諦めとも喜びともつかない気持ちで受け入れたのだった。

 美咲も当然のように結衣のベッドに入り、早くも自分の鼻孔に飛び込んできた恋人の匂いに軽く魅了される。すでに何度も…それこそ『お互い何も纏っていない状態の匂い』ですら嗅いだことがあるものの、美咲にとって結衣の香りはどうしようもないほど魅力的で、身体はルーチンワークをこなすかのように恋人へと手を伸ばしかけていた。

 無論常識人の結衣がこのような状況で睦言を受け入れるわけもなく、その手の甲をぺちりと軽くはたいてから二人並んで横になった。同時に、美咲の匂いも結衣へとしっかりと届き、彼女は平静を装いつつも胸の奥にあるろうそくに火が灯ったのを自覚する。

(…って、これじゃあ私も美咲のことはバカにできないか…)

 結衣の名誉のために補足すると、彼女の『そういう欲求』は過剰に強いわけではない。そもそも美咲と出会うまでは性別問わずそうした経験をした相手すらいなかったため、好奇心だって強いとは言えないだろう。

 しかし、美咲との『行為』が気持ちよくないかと聞かれたら、結衣は『そもそも苦痛なら受け入れない』と答えるだろう。

(…仕方ないよね、美咲は上手いし…それに、優しいし…)

 美咲は紛れもない『女好き』であった。それは女性を自分勝手に貪るのが好きというわけではなく、『女性という生き物自体が好き』という深く真理的な愛情があったのだ。

 美しく、柔らかで、甘い香りを纏う存在。そんな慈しむべき対象を我欲で傷つけるのなんてもってのほかであり、美咲は行為に及ぶ際には徹底して時間をかけ、心までも解きほぐし、女同士だからこそ目指せる『高み』へと導いていたのだ。

 経験のなかった結衣ですら魅了するほどの感悦を与え、やがて彼女たちのあいだに定期的な交流を生みだし、今日のようにどちらかの家にお泊まりをするときは…必然的に、そういうサインが生まれていたと言えるだろう。

「でも結衣お姉さん、子供がいる家庭だと『隣で子供が眠っているのに我慢できずにしちゃう夫婦』も多いって聞きましたよ。せっかくですし、予行演習として今日も」

「円佳ちゃんと絵里花ちゃんは私たちの子供じゃないでしょ…! 二人はまだまだ純粋なんだから、私たちが『シテ』いる姿なんて見せたらトラウマになるでしょうが…」

「うう…私、『音を出さずに満足させる』のも得意ですのに…あっ、でも結衣お姉さんって我慢できなくなると声が大きくなりますから、ちょっとリスキーかもしれません…」

「それ以上余計なことをしゃべったらお風呂場で寝てもらうよ?」

「くすん…結衣お姉さんは恋人に厳しすぎます…」

 ベッドの奥側に寝ていた美咲はごろんと横を向き、結衣の肩を抱き寄せようとしながら秘めやかで甘ったるい声を出す。それはまさに二人きりのときの『合図』のようなものであったのだが、その手をもう一度はたき、同じく秘めやかではあるもののやや語気を強めて美咲を叱りつけた。

 無論美咲はわざとらしい泣き声を出しつつも、狭い隙間をするっと通る猫のように、どれだけはたかれても離れようとはしない。美咲の整いすぎた豊満な身体を押し当てられた結衣は自分の理性の鎖がわずかに緩んだような気がして、ほんのわずかな空白を作るように美咲から離れた。

「…いつかこんなふうに、私と美咲も子供を作れるのかな」

 自分で生み出した空間だというのに、結衣はそれが美咲との距離のように感じてしまい、自分勝手な心細さから逃げるようにマットレスで眠る二人に視線を向けた。

 照明を落とした部屋ではその様子も詳しくはわからないものの、それでも暗闇に慣れた双眸には妹分とも言うべき少女たちが小さく寝息を立てているのがわかり、誰に聞かせるつもりもなかった…それこそ、口にするつもりでもなかった言葉を夢と一緒に漏らしてしまった。

「どうしたんですか、急に?」

「…あ、ごめんね。ほら、今は同性でも子供が作れるからさ…もしも美咲と結婚したら、私たちもこんなふうに眠る子供を見守りながら、その隣で眠るのかな…って」

 因果律、それは常に異性との組み合わせが推奨されるわけではない。ゆえにCMCにも同性カップルは存在しており、そして『因果律に従えばどんな性別の組み合わせであっても上手くいく』とアピールされていた。

 現に、CMC以外の同性カップルも因果律に則った組み合わせであれば大抵が幸せになっており、近年は『因果はどの性別と結ばれるのが幸せなのかも連綿と受け継がれていく』という説が有力視されていたのだ。

 そうした社会を作り上げるには、どうしても『性別に関係なく子宝に恵まれる技術』は必要となる。ゆえに現在の日本ではどのような組み合わせでも両親の遺伝子を受け継いだ子供が生まれるようになっており、その技術は不妊治療などにも転用され、長く日本を苦しめた少子高齢化も解消されつつあった。

 そして母性の強い結衣にとって、愛する人との子供がいる光景というのは…どうしても、諦められない。

「…そうですね。私は結衣お姉さんとはずっと一緒にいるつもりですから、いつかは欲しいなって思ってますよ。ただ…その、今は仕事とかいろいろあって、結衣お姉さんに産んでもらうには早いかな~…とも考えてます…」

 美咲は野良猫のように飄々と、そして悠然としているものの、結衣のことは本当に愛していた。

 結衣には誰と結ばれるべきかの因果がなく、美咲は『自身の因果を拒絶した』という過去があり、だからこそ自分の意思で選んだ結衣を大切に思っている。一方でその代償としてエージェントになることを義務づけられ、それは長きにわたって隠し事を続けることになり…いつ危険な任務で命を落とすか、それすらもわからなかった。

 ましてや敵勢力が力を付けている可能性があること、今日のような難易度の高い任務がいつ押しつけられるともわからないのだ…美咲は結衣との『未来』を残すことについて、あまりにも臆病になっていた。

 美咲は先ほどまで結衣を求めるべく後ろから抱きついていたというのに、今は彼女との未来から逃げるように背を向けていた。

「…何それ。私が産む側で決定してるの?」

「…お姉さん?」

 自分は逃れられない。仕事から、そして因果から。

 そんな事実から目を背ける美咲の背中に、子供の頃抱きついていたぬいぐるみのような、懐かしさと安らぎを伴う感触が訪れた。

 それは美咲が自ら手放してしまったであろう、本当ならもう二度と自分には降り注がなかった祝福…愛する人の抱擁だった。

 結衣は美咲の背中をぎゅっと抱きしめ、アネモネの香りのような自然で控えめな声で語りかける。美咲の背中には結衣の鼻が押しつけられ、ふっふっと小さな笑い声が全身を駆け巡った。

「美咲のお仕事は不安定だし、むしろ私が働いて美咲が産むほうがよくない? それに子供を産んだら母親らしくなって、今みたいにふらふらどこかに行きそうになっているのも直るかもでしょ?」

「…私は、母親なんて柄じゃありませんよ。円佳さんと絵里花さんだってそうです、私のことはせいぜいが『女好きの売れない作曲家』くらいにしか思ってませんし、母親はおろか、お姉さんにだってなってあげられない…」

「…美咲、そういうのはよくないよ。円佳ちゃんも絵里花ちゃんも、美咲のことは絶対大事に思っている。美咲が何かあれば二人を助けに行くように、この子たちも美咲のためなら絶対に力を貸してくれる。君ならそれをわかっているのに、そこからも目を逸らすのは…やめてよ。私の恋人はそういうところにちゃんと気づける、とても優しい人なんだから」

「……ごめんなさい、結衣お姉さん」

 結衣の手は美咲の胸元に伸び、子供を寝かしつけるようなペースでぽんぽんとし始める。それは大人子供関係なく夢へいざなうような安穏としたペースであるはずなのに、美咲の心音は一段と速くなった。

 結衣お姉さんは、どうしていつも…本当のことしか言ってくれないのでしょう?

 美咲は恨みがましくも、同時にあふれる歓喜に身を任せ、結衣の手を握ってしまった。結衣は握られたまま同じように胸を叩き続け、美咲は胸中で芽吹くぬくもりを何度か吐き出してから、寝返りを打って結衣に向き直った。

 二人は、笑っていた。美咲は深海に浮かぶ月を見つけたように、結衣は空にきらめく川へ手を伸ばすように。

「んっ…」

 余りに美しいものを見つけてしまった二人は、自然とキスをしていた。何度も何度も重ねてきた唇は、今日もそこで待ってくれている。変わらないぬくもりと、柔らかさをたたえながら。

 いつしか二人は唇だけでなく両手を握り合い、指を絡め、小さな呼吸を繰り返しながら心がつながっていく。美咲は自分の中にあった未来への不安も、宿命から逃れられない自分への自嘲も、そのすべてが結衣に吸い上げられるような多幸感に支配されていた。

 結衣もまた美咲の全身に隠された秘密が自分へと伝わってくるように感じて、その詳しい内容は未だに鍵付きの宝箱に入れられているのを理解しつつも、いつかここを開けられるのは自分だけなのだと確信して…そのときが来たら、この人の子供を産みたい。無性にそう思えた。

「…あっ…ちょっと、美咲…」

「…ごめんなさい、結衣お姉さん。声、ちょっとだけ我慢してくださいね…」

 子供が欲しい。未来を紡いでいきたい。

 それはあまりにも尊く人間らしい感情である反面、性別関係なく備わった『欲望』を目覚めさせるには十分な衝動を伴っていた。

 そして美咲は結衣の変化に気づいたかどうかは定かではないものの、自分を支えてくれて、そしてこれから先の人生にもいてくれるであろう愛しい人への情念が抑えきれなくなり…その左手は結衣の内ももへ、右手は胸へと伸びていった。

 さらに美咲の唇は頬から首筋へと伝い、結衣の中の『未来への渇望』はさらに熱を帯びた。

「だ、ダメだって…円佳ちゃんと絵里花ちゃん、起きちゃうっ…!」

「…大丈夫ですよ、今日のお二人は疲れていますから…結衣お姉さんが大きな声、出しそうになったら…私が塞ぎます。こんなふうに」

「ちょっ…んんぅ…」

 口と理性は間違いなく拒絶しているはずなのに、結衣の身体にはまったく力が入らない。それどころか足は無意識に美咲の身体へと絡みついていって、結衣の中で燃えさかる炎は相手にも燃え移っていた。

 恋人たちが燃やし続ける炎の中、美咲はせめて結衣が危惧する事態…妹分たちが目を覚まさないように、そろりと唇をキスで塞ぎ、つるっと舌を差し入れた。

 結衣は美咲が自分の中へと侵入してきたことで、もはや自分も相手も止まれないことを察して。

 せめてあの二人には聞こえないで欲しい、心からそう願って美咲を受け入れた。

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