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第35話「戦闘訓練」

 先日、CMCエージェントの一人が任務中に負傷、現在は治療を受けているらしい。もしもこれが『移動中に足をくじいた』といった内容であれば、私たちもさほど気にしなかった。

 けれど、その負傷理由が『敵が所持していたアサルトライフルで撃たれた』というものであれば、さすがに警戒せざるを得ない。

 これまでも武器を所持していた敵を拘束することはあったけれど、そういった武器の大半はナイフなどの刃物、バットなどの鈍器、銃器であればせいぜいが密輸しやすい拳銃レベルで、ある程度大きく破壊力もある銃器はレアケースだった。

 それはつまり強力な武器を敵勢力が入手できること、さらにはそれらを私たちエージェントに向ける可能性があること、そして…死者が出る可能性も増したことを意味していた。

 もちろん、私は知っている。エージェントは重犯罪者と戦うこともあるため、死ぬ可能性は誰にでもあることを。今は日常の大部分を学生として過ごしているけれど、それでも私だってCMCのエージェントである以上、次の任務で命を落とす可能性は0じゃない。

 現に、毎年多かれ少なかれエージェントには殉職者も出ていて、そういった人たちを弔う慰霊行事も行われていた。こうした式典においては最愛のパートナーを失ったことで復讐を誓う人たちも多くて、もしかしたら研究所はこうやって士気を高揚させているのかもしれないな…なんてことを考えそうになってしまう。これも研究所への信頼が悪い方向で存在しているからだろう。

 だから、次は私が弔われる番かもしれない。それでも、CMCやエージェントとしての職務を放棄するつもりはなかった。その選択肢がないだけもしれないけれど、死が身近にあるという状況に達観し過ぎているのかもしれない。あるいは、今も現実として捉えられていないのだろうか。

 でも、はっきりしている意思もある。それは『私はともかく絵里花が死ぬことは絶対に認められない』というものだった。この意思を形にすると燃え上がる炎のように不定形で、それでも先端はカミソリのように研ぎ澄まされていて、大切な人の死という事実をすら塗りつぶすように真っ黒。

 もしも絵里花が任務で命を落とした場合、私は絵里花を殺した人間たちを皆殺しにするだろう。いや、それだけじゃ足りない。同じ苦しみを味わわせるため、そいつらの家族や恋人、親しい人間を全員集め、目の前でいたぶってから殺し、そして最後に実行犯を惨たらしく殺す。

 そして研究所の杜撰な任務達成プランで命を落とした場合であれば、私たちに実行を命じてきた人間も殺す。研究所を滅ぼせば因果律システムの維持ができず、この国はより一層酷い状況になるのは確実だけれど、そんなのもどうでもいい。

 絵里花がいない世界を私だけで生きていくなんて、それはもう私の人生ですらない。絵里花が死ぬことは私の中から一番大切な…因果、あるいは魂とも呼ぶべき『円佳でいられるもの』が欠如するため、どうなったって知ったこっちゃないのだ。

 だから私は…絵里花を死なせない。そのためにすべきことはなんだってやってやる。私のこの気持ちは愛情というには醜く褒められたものじゃないのだろうけど、それでも絵里花は私が隣にいると喜んでくれるから。

 その笑顔を見たい。お互いの寿命が使い切られて因果ごとこの世界から消えてしまうまで、絵里花には笑っていてほしい。この気持ちを引き出して「あなたが好きだよ」と伝えるのは今でも抵抗感があるけれど、それでも私は絵里花を守ることができるはずなんだ。

 だから私は…強くならないといけない。絵里花を守るため、絵里花の命を奪おうとする敵を殺すため、強く、強く、強く。


 *


「ふぅ、いくらあんなことがあったとはいえ…検査のついでに戦闘訓練もするだなんて、面倒が増えちゃったわね」

「だね…南さん、大丈夫かな」

 月に一回の定期検査に向かった私たちはいつも通りの検査を受ける際、抜き打ちの戦闘訓練にも参加させられることになった。

 原因は言うまでもなく先日の一件で、敵が想定よりも強力な戦力を有している可能性を考慮した結果、エージェントたちが対処に十分な能力を持っているかどうかの再テストが行われることになったわけだ。

 そしてこういう訓練が苦手な絵里花は露骨に顔を歪めていて、まずは身体能力テストのための衣装に着替えていた。といっても研究所でしか使われない運動着ではなく、私たちが学校の授業で着用している体操服なのだけれど。こちらもぱっと見は一般の生徒と同じものだけど、いざという場合に備えて防刃防弾が施されているのは説明するまでもない。

 今日の更衣室には私たち以外のCMCも多く、それだけ戦闘訓練を受ける人が多いことを物語っていた。

「…まあ、私たちの服なら高火力の銃器でも一発は耐えられるだろうから、大丈夫だと思うわよ。心配なら後でお見舞いに行く?」

「そうだね、行こうか…と言いたいところだけど、篠山くんがつきっきりらしいから邪魔はしないでおこうか」

 今回負傷したのは先日のデートで私たちと遭遇した同僚こと、南さんだった。彼女もまた学生CMCでエージェントになれるくらいだから十分な実力があったのだろうけど、想定外の火力で不意打ちされてはたまったものではない。

 正直に言うと彼らに対してよいと言える感情はなかったのだけれど、やっぱり同じCMCである以上は多少心配になるし、早く元気になってもらいたい。そんな状況をどうやってくぐり抜けたのかは聞いてみたいけれど、そういうのもいずれ美咲さんや主任から教えてもらえるだろう。

(…にしても、もしも私たちが代わりにその任務に参加していて絵里花が撃たれていたら…多分私は、自制できなかっただろうな)

 絵里花の言う通り、一発なら私たちの服でも耐えられるだろう。つまり命だけは守られたということで、模範的なエージェントならそんな危険な敵を捕縛しないといけないのだと思う。

 でも、絵里花に深い傷を負わせて…あまつさえ殺そうとしてきた敵なのだから、抵抗力を奪うだけで私が満足できるとは思えなかった。

 …私、絵里花以上にエージェントに向いていないかも…。

「円佳、どうしたの? やっぱりこういうことがあると不安?」

「…ん、まあ。もしかしたら敵がもっと厄介な兵器を手にしている可能性もあるし、こういう訓練も頑張らないとって気を引き締めてただけ」

 お互い体操服に着替え、ロッカーを閉じた直後、絵里花と目が合う。ややつり目がちの双眸はいつも私を気遣ってくれていて、不調があればすぐに発見して休ませようとしてくれる。それをじっと見つめていると自分の中で敵をいたぶっていた『私』も落ち着いて、大切な人…絵里花は生きてくれているのだと理解できた。

 やっぱり私には、この子が必要だ。因果があるかどうかとか、そういうのも込みで私は物騒なことを考えているのかもしれないけれど、そんなのがどうでもよくなるくらい…そばにいて欲しい。

 絵里花がいなくなると考えるだけで私の心は戦闘態勢になり、絵里花がいてくれると思うだけでもう一人の私は昼寝を始めたかのようにおとなしくなる。

「そうね、私も…弱いなりにあなたのこと、命がけで守るわ。だから…私よりも、一瞬でもいいから長生きして」

「…あはは。考えること、同じだね」

 私の着替えが終わったことを確認した絵里花は当たり前のように私の長い髪をまとめ始め、運動しやすいようにポニーテールにしてくれた。絵里花が「円佳の髪、長くてきれいね」と褒めてくれるからそのままにしているだけであっても、こうして触れられると…長いままでよかったと思えた。

 そのくすぐったい喜びは絵里花の言葉にほろほろと反応して、表情が変化しにくいとよく言われる私でも笑っていた。そして髪のセットをしてもらったら、私は振り返って両手で絵里花の手を握る。

「絵里花、絶対に死なないで。あなたは何があっても私が守るから」

「…う、うん」

 こうやって触れ合いながら気持ちを伝えるとき、絵里花は大抵顔を真っ赤にする。こういう機会は恋人同士だけあってそこそこ多いのに、やっぱり照れてしまうのは変わらないらしい。

 それでもまったく離れようとしない彼女に私は再度笑って、自分の強さを示すべく訓練へと挑んだ。


 *


 絵里花の名誉のために言っておくと、実は彼女の身体能力は低くない。何なら、短距離走においては私よりも早かった。

(絵里花、やっぱり足が速いな。走るフォームもきれいだし、ゴールデンレトリバーが駆け抜けているような感じで…可愛いかも)

 研究所の検査や訓練に使う棟では身体能力を測れる様々な機器があるけれど、ルームランナー──これも言うまでもなく最新のマシーンである──で大型犬のように走っている様子は速く美しい。

 今日は運動をするということで私と同じくハニーブロンドの髪をポニーテールにしているけれど、これがまた犬の尻尾みたいで可愛い。もしもここにたくさんのCMCがいないのであれば、思わず近づいて頭の一つでも撫でたくなる。

 それ以外にも反射神経や垂直跳び、エージェントとして必要であろうあらゆる能力を測定したのだけれど、やっぱり身体能力に関しては私と大きな差はない。これならば『別のパートナーにすべきだ』というふざけた意見も出ないだろう…なんて思っていたら。

(…あの子、すごいな。ほとんどのテストで最高レベルの結果を残してる)

 ざわめく…ほどではないにせよ、訓練場の視線を集める存在がいた。

 その子はアッシュグレーの髪をサイドフレンチで編み込んでいるポニーテール──訓練をするだけであれば手間が多すぎる髪形だ──にしていて、顔立ちは同性からも「あの子、めちゃくちゃ可愛くない?」と言われるくらいには美少女だった。いわゆる小顔で目が大きく、鼻は小さくてリップが塗られた唇はつややかだ。

 今は体操服という比較的野暮ったい服装だけど、それでは隠し切れないほどスタイルがよく、美咲さんほどじゃないにしても胸が大きい。これほどまでに目立つ容姿をしていればいくら私でも覚えていそうだけれど、自分の中にある記憶の書庫を漁っても該当文献は見つからなかった。

「…?」

 自分の番までやることがないのでぼんやりとそれを眺めていたら、走り込みを終えた少女はくるりと振り返ってこちらを見る。いや、ここにはたくさんの人がいるのでもしかしたら違う人を見ていたのかもしれないけれど、それでも私と目が合ったような気がして。

 すると彼女はにぱーっと人懐こそうな笑顔を浮かべ、腕を上げてぶんぶんと振る。奇妙なまでのフレンドリーさに私は本当に自分宛なのかどうかわからなかったけれど、右手だけ軽く挙げてフリフリと振り返してみた。すると、もう一度ぴょんぴょんと跳びながらまた振ってきた。

「円佳、あの子知り合いなの?」

「ううん、知らない子…だけど、なんだろう」

 ちょうど自分のテストを終えて戻ってきた絵里花は私の仕草を見て不思議そうに尋ねてきて、私もそれに負けないくらい不思議な気持ちで首をかしげつつ返事をする。

 そう、あの子のことは知らない。興味もない…とは言わないにせよ、少なくとも私が関心を持つ要素はないはずなのに。

「…もしかしたら、あの子ともなにかの因果があるのかな。いやじゃないというか、どこかで見たような…懐かしい、わけじゃないんだけど」

 因果というのは人と人の出会いを司るもの…だけど、実際はそれだけとも言い切れない。

 そもそも人生というのは誰かとの出会いによって大きく変わるもので、となると因果は『出会いだけでなくその人の人生にも影響を与えているもの』である。さらに因果は遺伝子として受け継がれていくものでもあるから、チープな表現をするのなら『前世で会ったことがあるのかもしれない』みたいな気がした。

「……ふーん」

 私へ手を振り終えた少女はどこかへと消えて、ふと絵里花から聞こえてきた不機嫌な声音に振り向く。

 その声音よろしく、絵里花の眉は厳しく釣り上がっていて、細まった目はよりつり目が強調されて見えた。

「え、絵里花? あの、なんか怒ってる…?」

「…別に。ただ…あなたの因果の相手は、わ、私…だから。訓練、頑張って」

「…あ、うん…」

 絵里花は怒りっぽくもあるけれど、なんだかんだで私に怒鳴ることはほとんどない。だからこそ急に現れた喜怒哀楽の怒に対し、私はどんな感情でもって応答すべきか悩んでいると。

 絵里花は運動後の火照った頬へわずかに赤色を混ぜて、私に対して当たり前のことを主張してきた。それだけを伝えるとぷいっと首を背け、私も自分の番が訪れたのでテストに向かう。

(…あれ? もしかして、今のって…やきもちを焼かれた?)

 ルームランナーに乗る直前、私は絵里花の言動からその反応の正体を検索してみたら。

「…んふっ…」

 鼻を小さく鳴らすように、時間差攻撃に耐えかねた私は笑みを漏らしてしまった。

 私の恋人は絵里花で、それは因果律でも認められていて、つまり他人が入り込む余地なんて微塵もないのに。

 恋人のあまりにも可愛らしい自己主張に私は緩んだ顔のまま測定を受けることになって、担当の人に「何かおかしいことでもありましたか?」と聞かれる羽目になった…。


 *


 身体能力の測定が終わったら、いよいよ実践的な訓練…つまりは戦闘に直結する測定を受けることになった。

 私たちエージェントのメインウェポンと言えばリフレクターガンで、こちらを使った射撃訓練はもちろんのこと、それ以外にも『通常火器』を使用した訓練も今回は力が入っていた。

 昔からハンドガンやアサルトライフルといった火器についても扱えるように仕込まれていたけれど、今回の一件があったせいか『いざとなったら相手の持っている火器を奪っての突破』も意識するようになったらしく、私もリフレクターガンとは異なる武器を使って射撃場の的を撃ち抜いていた。

(…やっぱり、絵里花はこういう訓練は苦手なんだな。苦しんでいないといいけど)

 絵里花の後ろに立ち、彼女が様々な武器を使って的を撃ち抜く様子を眺める。相手は物言わぬ的であるため躊躇の必要はないし、絵里花も迷っているわけではない…のだけど。

 銃を使った攻撃にせよ、格闘術での制圧にせよ、絵里花は『誰かを傷つけるもの』を使うのがいやなのだろう。先ほどの身体能力測定とは裏腹に、銃の成績は平均ギリギリ…いや、それよりちょっと上といったところか。

「…格好悪いところ、見せちゃったわね」

「ううん、そんなことない。クリア基準は満たしているし、前よりも上手くなってる…よく頑張ったね、絵里花」

「ん…」

 射撃を終えて戻ってきた絵里花は日が沈んだ森のような声で自嘲し、私からかすかに目をそらす。でも私は自分以外に視線が向くのがいやだったから、ぶらんと垂れ下がっていた手を握って笑顔を浮かべる。すると、すぐに彼女の視線は私に戻ってきて、もう一度太陽が昇るように口元だけ緩めてくれた。

 以前の私なら「全部私がやるから気にしなくていいよ」とでも言いそうだけど、それじゃあダメだ。さすがに私も学習していて、恋人の決意をなんとか尊重できた。

 絵里花は私といるため、自分のやるべきこととやりたくないことの妥協点を探してくれている。やらないという選択肢がなかったとしても、それでも選ぶことから逃げない恋人が…本当に、愛おしい。

 そしてレーンに向かう前に二回くらいきゅっきゅと指を絡めて手を握り合ったら、これ以上は名残惜しくならないようにぱっと離して射撃に向かう。

(私、射撃自体は結構好きなんだよな…人を撃つのは好きじゃないけど)

 絵里花にも誰にも言ってないことだけど、私は射撃は好きなほうだと思っていた。銃を握って集中するとほかのことが気にならなくなり、しんと静まり返った状態で引き金を引き、狙った場所に当たると…絵里花と手をつなぐほどじゃないにせよ、高揚感が得られた。

 リフレクターガンでもそれは同じだけど、やっぱり電磁パルスは命中したときの手応えが感じにくくて、こういう機会でしか撃てない銃器は私に確かな命中を知らせてくれる。

 だから、だろうか。

(よし、全弾命中…腕は鈍ってないな)

 ハンドガンを構え、狙いをつけて引き金を引く。するとレーンの先にあった的に次々に命中し、いわゆるど真ん中や心臓部分、眉間といった部分にも結構当たっている。

 使う機会があるかどうか不明瞭な技能は高水準で維持されているらしく、撃ち終えたハンドガンを置いて次の銃器に手を伸ばした。

「…おお…」

 思わず間抜けな声を漏らすような光景が、隣のレーンで起こっていた。

 先ほどの目立つ少女もハンドガンで次々と的を撃ち抜き、私に並ぶほど…つまりはトップクラスの成績を叩き出している。身体能力の高さといい、もしかしなくても相当優秀なエージェントかもしれない。

 なんて思っていたら相手もハンドガンを撃ち終え、次の銃を持とうとする刹那。

 私のほうを見て、どこか挑発的に笑った。

(…負けないよ、私も)

 別に、競い合うのもマウントを取るのも好きじゃない。

 だけど、私には守りたい人がいる。その人のために強くなりたいから。

 だから私には珍しいことを考えつつ、次の銃であるアサルトライフルでも負けないように気を引き締めていた。

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