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第34話「幕間・優れたエージェント」

「くそっ、なんでバレたんだ!?」

「黙って応戦しろ、もうちょっとしたら増援が…あ゛っ!」

 都市の郊外、利用されなくなったショッピングモールの地下駐車場では、人知れず戦いが起こっていた。

「トレック、一人撃破だよお」

「プルイエ、ナイス! あと一人、さっさと決めるぞ!」

 因果律システム、そのメインコンピューターにクラッキングを仕掛けようとした反社会勢力…テロリスト認定された男二名は乗用車をバリケードに拳銃──無論海外から持ち込まれた違法な代物だ──で応戦していたが、その片割れはリフレクターガンで撃ち抜かれ、完全に脱力したかのように倒れた。

 その敵を撃った『プルイエ』こと南天音は駐車場内の柱に身を隠しつつ、エージェント専用パーカー…通称『タクティカルパーカー』に覆われた顔に温和な笑みを浮かべた。声音も普段と変わらないおっとりとしたもので、敵は拳銃を使っているというのに命の危険性を感じさせない態度だった。

 プルイエの隣に立っている相棒、『トレック』こと篠山修司はその活躍を快活な声で褒め、こちらもパーカーで覆った顔を余裕たっぷりに緩めた。一方で口元にはギラつく笑みが浮かんでおり、銃撃が止むタイミングをしっかりと計っている。

「…よし、突入する! 後ろから援護頼むぞ!」

「おっけ~」

 そしてこれまで小刻みに続いていた敵からの射撃が止んだことを察知した篠山は柱の陰から飛び出し、ほとんど目と鼻の先にあった車の後ろへと回り込む。着用している制服はもちろんのこと、パーカー自体にも防弾処理がされていることから、拳銃程度であれば最悪当たっても死にはしない。

 何より…彼らはCMCのエージェントである。こうした状況において縮こまるような人間であれば早々に研究所へと呼び戻され、場合によっては『修正』がされるかもしれないのだ。それを知ってか知らずか、篠山の動きに迷いはない。

「ち、畜生が…あがっ!?」

「ふー、任務完了…回収頼む」

「今日も簡単に終わったねえ」

 テロリストの銃は弾切れだったのか、篠山が車の後ろまで到達すると拳銃を捨ててナイフを抜いたが、戦闘要員ではないせいか何もかもが遅い。よって篠山は近接戦闘が始まる前にリフレクターガンを撃ち込み、最後の一人も完全に動きを停止した。

 南はその光景に何も思うところはないのか、相方が回収の報告をする最中も拘束モードに切り替えてワイヤーを放ち、流れ作業のようにテロリストたちの自由を奪う。

 二人とも息すら切れていなくて、エージェントとしては申し分ない実力を持っていることを物語っていた。

 そう、彼らは十分に優秀なのだ。だからこそ、自分の実力を過信していたのかもしれない。

「なあ、これが終わったらさ…今日も家で」

「ぎゃんっ!!」

「なっ…天音!!」

 南は捕縛対象を回収しやすいように駐車場の入り口付近まで移動させようとしており、報告を終えた篠山もその後ろに続こうとしていたときだった。

 篠山は『恋人同時のお楽しみ』を取り付けようとしていたところ、前方から新しい銃声が聞こえたと同時に恋人の悲鳴が聞こえ、軽く吹き飛ばされたかのように後ろへと倒れそうになる南の背中が視界に入った。

 予想だにしていなかった攻撃…敵の増援が来たことを刹那の瞬間に理解した篠山は後ろから恋人の身体を抱き、そのまま飛び退いて車の後ろに戻る。

「くそっ、敵の増援か!?…うわっ! なんであんなもんを持ってるんだ! バックアップ担当、応答しろ! 敵の増援、人数は1…2! 持っているのはアサルトライフル、プルイエが撃たれた! パーカーのおかげで生きているが、ダメージがでかい! すぐに援護を!」

 敵が増えたのならそいつらも無力化すればいい、そう考えて車の向こうにいる敵を撃とうとしたら、明らかに拳銃とは異なる威力と連射の銃弾が飛んできて、遮蔽物にしていた車体にも甚大なダメージが蓄積していた。それこそ、このまま隠れているだけでは車ごとすりつぶされるくらいに。

 そして篠山の目に映ったのは迷彩服を着た覆面の兵士…おそらくはテロリストの戦闘要員と思われる男が二人、アサルトライフルを構えてこちらを射撃している様子だった。それは拳銃に比べてあまりにも暴力的な威力を持ち、同時に入手が難しい…反社会勢力であっても調達は困難だと思われていた代物だ。

 撃たれてしまった南はナノテクノロジーを駆使した高耐久およびストレッチ性を備えたパーカーの防弾性能により、衝撃が分散されて銃弾が貫通した様子はない。一方で本来なら拳銃相当への防御を想定していただけあって、肋骨を折られたかのように腹部を押さえながらひゅうひゅうと弱々しい呼吸を繰り返していた。

(…クソが! なんで今日に限って監視役がいないんだ…!)

 援軍に関してはまだ想定できる。しかし、拳銃を超える火力を持つ兵器については予想外でしかなくて、これほどまでの脅威であればエージェントの中でも『実行部隊』と呼ばれるチームが対処するはずだった。

 つまりは研究所側も敵の戦力について見誤っていた可能性が高く、そのしわ寄せは末端…現場で戦うエージェントへしわ寄せが来る。篠山を含め、エージェントたちは現代兵器の扱いについても学んでいることから相手の銃器を奪取できれば逆転の可能性はあるものの、パートナーが戦闘不能になった現状ではそれも厳しい。

 さらに、今日は偶然にも二人の監視役が不在の状況で任務へ挑むことになったため、万が一に備えて回収班の護衛についている『バックアップ担当』に頼るしかない。そして担当者に関する情報は知らされていなかったことから、こんな状況でも打破できるかどうかは期待できなかった。

(…ふざけるなよ…いざとなったらあいつらの銃を奪って、ここにいる奴らを殺してでも天音を守ってやる…!)

 今も呼吸を繰り返すことで精一杯の南を見下ろしながら、研究所の甘い見通しに篠山は激怒していた。敵は今も黙りこくって絶え間ない銃撃を繰り返してきて、まもなくバリケード代わりの車もその役目をこなせなくなる。

 そうなったら…ここを飛び出し、一発食らうくらいは許容して、『あれ』を奪って逆にあいつらを撃ち殺せば…!

 パーカーの防御力を考えれば一発耐えるのが限度、否、それすら動ける程度のダメージで済むかどうかは疑わしい。現に南のパーカーは撃たれた部位が破損し、仮に同じ場所に着弾すれば今度こそ貫通するだろう。

 だから、本当にチャンスは一度きり…そう信じて篠山は飛び出そうとした。


「おっ邪魔しまーす! そっちの人、恋人を守るように伏せててねー!」


 しかしそれを実行に移す直前、駐車場には状況に似つかわしくない脳天気で高い声が響き渡る。

 ジリジリと車に近づいていた敵二人はすぐに入り口へと振り返ろうとしたら、自分たちの足下に転がってきたものが破裂し、あたりは煙に包まれる。それがスモークグレネードであることはすぐにわかったものの、塞がれた視界をどうにかすることはできない。

 対して篠山はその言葉が『バックアップ担当』であることを本能的に理解し、煙が出る前から南に覆い被さって伏せる。今はただ、自らの身体で恋人の弾よけになるのがベスト…そう判断できた彼は、やはりエージェントとして有能だろう。


「はいっ、お仕事しゅーりょー! うーん、煙はまだまだ晴れないね…悪いけれど、もうちょっとだけ待っててね?」


 しかし、このバックアップ担当はそんな篠山たちをしのぐほど優れていたのだろう。

 煙に包まれながらも入り口の方角に弾幕を張っていたテロリストたちだが、そんな銃弾をかいくぐりながら正面突破してきたのではないか…そうしたあり得ない想像をしてしまうくらい早く、乱入者は自分たちの前に現れたのだ。

 無論その距離であればすでに遅く、篠山たちと同じパーカーを着たエージェントが両手に持ったリフレクターガンを敵二人に向けて同時に発射、圧倒的な破壊力を持っていた敵は完全に無力化された。

 それは突入から10秒も経過していないのではないか、いくら煙幕があったとしても撃たれてしまう危険性も高かったはずだ、篠山は煙が晴れるまでずっとそんなことを考える。もちろんそうした思考に集中できるのも敵の気配がなくなったからであり、彼はただ「天音、もう大丈夫だからな…!」と恋人を抱きしめながらその頭を撫で続けていた。


「ヨシッ、煙も晴れた…ごめんね遅れて! ここに来るまでにも何人か危ないものを持っていた敵さんがいてさぁ、そっちを無力化しながら来たから遅くなって。でも大丈夫、あたしもいるし、回収班の人も急行してるからね?」


 煙が晴れた直後、篠山は恋人を助けてくれたお礼を言うべきか、それとも到着が遅れて恋人が負傷したことに文句を言うべきか、一瞬だけ悩んで…それでも自分たちの元に来たエージェントの、パーカーのフードを上げた姿を見たら、どちらも口にできなかった。

「…女の、エージェント…?」

「ん? あたし女の子だよ? ちょっと今日は格好良すぎて王子様に見えちゃったかな?」

 それは自分たちと変わらない年齢の、女性エージェントの姿だった。

 アッシュグレーの長い髪の片側からフレンチ編み込みを入れて、途中でポニーテールにまとめるというやや手間のかかった髪型だった。結び目には髪を巻き付けてそれを隠すという、いかにも時間がかかるセットだ。

 顔立ちはまさしく美少女、小悪魔を感じさせる形状の双眸にはアクアマリンの光が輝いていて、口元には大胆不敵な笑みが浮かんでいる。それは篠山たちを馬鹿にしているわけではなく、ただ単に…その顔しかできない、どこか張り付いたような硬質さもあった。

「あ、いや…声から女だとはわかっていたんだが、あんな一瞬で制圧するなんて信じられなくて…それに、ここに来るまでにも敵を倒してきたんだろ?」

「そだよー? まあエージェントも男の子のほうが身体能力は高い子が多いけどさ、あたしくらい優秀になるとそんじょそこらの相手には負けないよ? じゃないと『広域バックアップ担当』なんて押しつけられないし? 危険な任務に派遣されては仲間を救う、さながら因果律が生み出したヒーローってところかな!」

 白い歯を見せ付け、少女は両手に持っていたリフレクターガンをパーカーに収納する。よく見るとアサルトライフルを持っていた敵たちも拘束を終えていて、何もかもが鮮やかで早い。

 そして篠山は、そんな光景を見たことがあった。この少女を見たのは初めてなので、それは別人なのだが。

 だとしても、目の前の相手の戦いぶりを見ていたら…どうしても、彼女を思い出してしまうのだ。

(…こいつといい、三浦といい…最近の女エージェントっておっかないな…)

 研究所で幾度となく行われる『ターゲット捕縛訓練』において、凄まじい射撃精度と正確な拘束を機械のように実践していた、その少女。

 つい最近も偶然デート中に遭遇し、パートナー以外に対して何の感情もこもっていない目を…それこそ同郷とも言える自分に対しても無関心な視線を投げつけてきた、三浦円佳。

 篠山は体術や身体能力においては決して引けを取らないと自負していたが、それでも射撃では一度も勝てなかったことを今になって思い出していた。

「…それにしても、君は本当にパートナーが好きなんだね? うんうん、因果の相手を大事にするのってポイント高いよ!」

「…あ、ああ。天音は、その…ちょっとぽけーっとしているけど、可愛くて、一緒にいて楽しくて…俺、本当に好きなんだ。天音に何かあったら、捕縛とかやめてあいつらをぶっ殺してた…」

 目の前の援軍に対して畏敬に近い感情を抱き始めた篠山に対し、少女は今も横たわる南を抱きしめる姿を楽しそうに評価する。その態度もともすれば挑発的に思えるのだが、南が助かったことで篠山の怒りは燃え上がる様子は見られない。

 同時に、動けなくなったテロリストたちをじろりと睨む。因果律で結ばれたカップルは基本的に強い絆で結ばれるが、それは同時に『恋人を守るためなら手段を選ばなくなる』という傾向も見られ、研究所はそうした不安定さもコントロールできるように教育しているが…強い結びつきがあるカップルだからこそ、そこまで割り切れない。

 そして少女もそんな発言に満足そうに頷き、ややトーンを落とした声で「助けられてよかったよ、ほんと」と柔らかに口にした。

「…なあ、あんた名前は? 俺は篠山…コードネームは『トレック』なんだけど」

「ん? あたしはね…」

 少女の言葉に駐車場の緊張感は今度こそ消え去り、篠山は南の頭を撫で続けながら名前を尋ねる。それは沈黙に耐えられないからなのか、あるいは何か話さないと不安なのか、それはわからなかった。

 対する少女は「待ってました!」と言わんばかりにその場でくるりとターンをし、長い髪がふわりと揺れる。同時に、前が開かれたパーカーから覗く胸元は豊かで、篠山は恋人に悪いと思いつつも魅惑の揺れ幅から目を離せなかった。


「あたしの名前は『早乙女莉璃亜さおとめりりあ』! コードネームは『スプリット』だよ! まだパートナーは決まっていない可能性の塊だけれど、もう恋人がいる人はあたしに惚れちゃダメだよ☆」


 きれいなターンを終えたら軽く両足を開いて立ち、目元で横向きにピースを作ってウインクをする。そして少女…莉璃亜は舞台の千秋楽のように声を張り上げ、自らの名前を叫んだ。

 その姿には不覚にも一度だけ胸が高鳴った篠山だが、すぐに苦笑を浮かべて「惚れねえよ」と返事をし、それ以降はずっと南にだけ視線を注ぎ続けた。南は苦しげではあったものの、篠山に手を握られるとわずかに呼吸を楽にしていた。

 莉璃亜は回収班が到着するまで、その光景をずっと楽しげに見つめていた。

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