目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
<18・記憶の重さ>

 前世の影響が出てしまう“物語”は少なくないらしい。凛音は涼貴の話を聞いて初めてそれを知った。それは単に人あらざる力を使ってしまい、他人と揉めてしまうばかりではない。前世の記憶に苛まれるということでもある。それこそ、涼貴の場合は記憶を取り戻す前からそういう傾向にはあったのだという。


「元々、暗い場所苦手だったんですよね」


 あの戦いから、数日後。もう怪我は大丈夫だから、と涼貴が言い張るので、療養もそこそこに二人でピーターパンの元へ向かっている最中だった。現在は駅のホーム。果たしてそこそこいい年のOL女と男子高校生の(しかも彼は下手をしたら中学生に見える外見だ)組み合わせは傍から見てどう映るのかどうか。

 うっかり援助交際か何かに見られませんように、と思う凛音である。勿論、凛音が買う側だ。悲しいかな、自分達には実年齢以上に外見年齢の差があるのである。

 ちなみに数日凛音の家にお泊りした涼貴だが、幸いなことに彼は高校に入ってから一人暮らしであるという。家が自営業で地元を離れられず、自分も自分でどうしても東京の学校に行きたかったのでこの年で独居を選んだのだとか。おかげで、数日見知らぬ女の家にお泊りしたせいで大騒ぎになる、という事態にはならなかった。元々やや放任主義な両親ということもあるらしいが。


「シンデレラの、継母に虐められていた時代。罰として狭いところに閉じ込めれるっていうの、テンプレートだったんですよ。それが存外堪えるものでして」

「そりゃそうだろ。真っ暗な中に一人って……」

「暗いのもそうですけど、狭いんですよ。立ったまま身動き一つできないくらい物でいっぱいの物置に押し込められるとか。手足を折りたたんで横にならないと入れない小さな箱に押し込められるとか。父が死んで、継母が来た当初は本当にそれで苦しめられました。あれは想像以上にきついですよ」


 これくらいの箱なんですよ、と涼貴は手でジェスチャーをしてみせる。

 父が死んで、継母に虐められるようになったのは八歳の頃だったと言っていただろうか。八歳の少女ならば相当小さかっただろうが、それでも涼貴が手で示したのは旅行トランクくらいのサイズしかない。それこそ、ミステリーで犯人が死体をぎゅうぎゅうに押し込めて持ち運ぶことがあるかな、くらいの大きさである。相当辛かったことだろう。

 異世界のこととはいえ、なんともまあ世の中には血も涙もないような人間がいるものである。ロリショタには優しくしろと学校で教わらなかったのだろうか。


「……有り得ない。本当に有り得ない!ロリにそんな酷いことをするなんて!ロリは可愛がってナンボだろ!!」


 思わず、オタク根性で拳を突き上げてしまう凛音である。それを見て、何故か視線をあらぬ方向に逸らす涼貴。そして。


「ああ、そうでしたね。凛音さんそういうご趣味があったんでしたっけ」

「ちょ!?そういうご趣味ってナニ!?誤解招くようなこと言うのやめてくれます!?」

「だってベッドの下から色々はみ出してたじゃないですか。ロリも多かったけどショタも多かったですよね。あれが児童ポルノに引っかかる時代が来ないといいですねえ……思いきりR18のシール貼ってあるの見えちゃったんですけど」

「ぎょああああああ!?」


 しまった、と凛音は外にもかかわらず頭を抱えたくなる。確かに、自分は掃除が苦手だし、とにかく見える場所だけ片付けておけばいいだろう精神でヲタグッズやらなんやらは大量にベッドの下やクローゼットに隠していたのは否定できないが。まさか、それが涼貴にしれっと見つかっていたなんて、想像もしていなかった。

 というかいつのことだろう。何度かぐったりしている彼を置いて買い物に行ったりはしていたけども!


「中身は見ていないのでご心配なく。というか、あんなピンクで破廉恥そうな絵のもの、表紙だけで十分すぎるほどドン引きなんで」


 視線が、合わない。

 あまり表情が変わることの少ない涼貴が、思い切り引きつり笑いに近い表情を浮かべているあたりでお察しである。


「あと、トイレ掃除もその、もう少し頑張った方が。上の棚に、見られたらまずいものをぽんぽん放り込んで整理もしないのはどうなのかと。……ティッシュを捜してトイレに入った途端、頭上からアレやらナニやら降ってきてフリーズした僕の気持ち、貴女にわかります?」

「……それを言われた私が今どんなに居たたまれないかもついでに想像してくれると助かりマス……」


 どうしよう、消えてなくなりたい。とりあえず今日のお出かけが終わったら、即効で家の掃除をしようと心に決める。というか、一部買ったはいいが行方不明になったままの同人誌やらグッズやらがどこから出てくるか心配でならないのである。今後、作戦会議もかねてどうしても自分か涼貴の自宅を使うことはあるのだろうし、その時またボロが出るようなことがあってはたまらない。

 いや、汚すぎる女の部屋に、いたいけな少年を招くようなことは全力で避けたいのだけれど。状況が状況なのだから贅沢は言っていられないのである。


「……まあ、小さな子に優しくするべき、というお考えは賛同しますし、真っ当なものだと思いますよ」


 そして、やや遠い目をしながらフォローされてしまう始末である。色々謝りたい気持ちでいっぱいだった。とりあえず、十八歳未満に見せちゃいけないイヤンアフンなエロ同人誌が、表紙だけでも目に触れてしまったのは紛れもない事実なのだから。


「……そのさ。過去のこと、きちんと思い出せてない時から影響が出るって。そういうのあるんだな。涼貴は記憶を取り戻す前から暗所恐怖症と、閉所恐怖症の気があったんだっけ?」

「正式な診断を貰ったわけではありませんし、全く耐えられないほどではないですけどね。それよりも、別のものの方が小さな頃から怖くて大変でした」

「別のもの?」

「大人、です」


 間もなく電車が参ります、のアナウンスが入る。凛音の自宅の最寄り駅は、涼貴の自宅最寄り駅と三つしか離れていなかったらしい。ついでに、ピーターパンが住んでいるという家も、少々長く電車には乗るものの同じ路線というから驚きである。涼貴の調査能力もさることながら、まるで引き寄せられているような気味悪さを感じるのは致し方ないことだろう。

 物語は、物語同士引き寄せある運命にあるのかもしれない。それが魔女の呪いのせいなのか、それ以外の要員なのかはわからないけれど。


「酷いことをしてくるのは、いつも大人の人でした。年の離れた姉はみんなほとんど成人と呼んで過言のない年で……いつも一緒に折檻したり、悪口を言われたりするばかりでしたから。それから……王子の元に言った時も。大人は怖い。力も強いし体も大きい。逆らうことができない。……復讐したことを後悔しないのはおかしいと、きっと他の皆さんは言うのでしょうけど。僕には……あの時の僕には、他にすがれるものなんて何もなかったんですよ」


 例え悪魔だとしても、と。消え入りそうな声が、やってくる電車の騒音にかき消されていく。


「わかってるよ。……シンデレラの選択に、最善なんてなかったってことくらいは。あるいは……酷い選択肢の中から、お前なりに最善を選んだ結果だったってことはさ」


 確かに、シンデレラの身に起きたことは悲惨としか言い様がない。悪魔に頼るのが悪だったというのなら、一体どうすれば良かったというのか。他に、どうすれば彼女は生き延びることができたというのか、それは誰にも分からないことだろう。彼女を非難するというのなら、その真っ当なもう一つの選択を提示できなければいけないはずである。


「大丈夫さ。……きっと、話せばわかってくれる。同じ物語で……同じように苦しんだ同志ってやつなんだからさ、私達は」

「そうだと、いいのですけど」


 ピーターパンにも、きっと事情はあるだろう。自分はまだ、ピーターパンの過去というものを知らない。罪というものに関しては殆ど想像もつかない始末だ。元の物語を考えるの考えるのならば、ロンドンに生きる少年少女達を強引に誘拐してしまってどうのこうの、というのが唯一予想できる範囲だが。自分が知っているのはやはり、聞きかじった程度の大御所長編アニメの話でしかないのである。あるいは、絵本。どちらも基本はハッピーエンドだった記憶しかない。

 だから、シンデレラの理解を求めると同時に、彼の物語や苦しみにも寄り添う必要があるだろう。また――例え前世がどうであっても。それは今の自分達と同じ存在ではないのだ、ということも。

 涼貴は、確かにシンデレラを背負っている。けれどそれは、今の彼ではないのだ。


「……しかしなあ。それ言ったら、私もかぐや姫のはずなんだけど」


 うーん、と伸びをする凛音。


「記憶は戻ったよ?自分の過去って認識もとりあえずはあるよ?でも、その前からなんか影響があったかというと……それは微妙なんだよなあ。自分の前世が御伽噺だったなんて聞いても、完全に眉唾だったしね」

「そうなんです?心当たりとか、そういうのは全然ないんですか?」

「うん、ほぼほぼないかなあ」


 唯一言うのだとしたら。剣道をした時――割と最初のうちから“そこそこ”型ができていた、ことくらいだろうか。しかしそんな程度のことが、かぐや姫の名残だったとは正直思えない。


――私が、いろんな武道やスポーツをとっかえひっかえしちゃったのも……なんか、理由があったのかな。


 扉が開く。そこそこの混み具合である電車に乗り込みながら、凛音は考える。


――そういえば、昔。指導の先生が……なんか引っかかることを言ってた気がする。なんだっけ……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?