目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
<12・一寸法師の嘲笑>

 もう少し時間をおきたい相手であったが、仕方あるまい。襲撃してきてくれてしまったものに待ったをかけることはできないのだから。涼貴は凛音と顔を見合わせて頷き合うと、二人揃って力の開放する。


「“異説転装いせつてんそう・シンデレラ”!」

「“異説転装いせつてんそう・かぐや姫”!」


 正直に言おう。かぐや姫、の凛音の姿はなかなかカッコいいものだと思う。同じ女性型の物語だとしても、自分がそっちだったらまだマシだったのに、と涼貴も思わずにはいられない。どうしてこう、よりにもよって男子高校生のはずの自分が“シンデレラ”なのか。キラキラドレスを来た魔法少女っぽいお姫様とか、どう考えてもチョイスミスだとしか思えない。

 まあ、何故シンデレラが転生先に異性を選んだのか――については、おおよそ想像がついてしまうだけに何も言えないのだが。

 前世と現世の性別が変わるケースは時折があるが、大抵のケースは前世でのなんらかの後悔が影響しているとされている。シンデレラは、女としての己を心の底から悔やんでいた。自分が男だったなら、と思わずにはいられない人生だった。それは、彼女の記憶をもっている涼貴には痛いほどわかることである。自分と彼女の意思は全て繋がってはいないし、今の自分が別にいたら説教したくなることもないわけではないが。それでも、彼女もまた自分の一部だから――一番に分かってしまう気持ちがあるのもまた事実なのだ。


「二人かかりならアタシに勝てると思ってるう?思ってるよね?」


 ケラケラと笑いながら、一寸法師が言う。そして。


「バッカじゃないのおお!?」


 その姿がカッと煌き、周囲に何かが撒き散らされた。宙にバラ巻かれたそれは太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

 ゲッ、と凛音が声を上げるのが分かった。その正体に気づいたのだろう。


「は、針……!」

「せーかい!行っちゃうよお、“剣山藍雨けんざんらんう”!」


 この技は、前にも一度見ている。大量の針を操り、敵に向けて集中的に浴びせるのだ。一発一発の威力はさほど高くはないが、大量の針の雨に襲われるなど想像するだけで恐ろしいことだろう。雨嵐となって襲いかかる針は一陣の風となって敵を派手に引き裂いていく。――自分を助けたあの人が、それで瀕死の傷を負わされたように。


「“硝子障壁ウォール・オブ・グラス”!」


 素早く弓を引いて矢を地面に打ち込み、自分と凛音の周囲に硝子のドームを作り上げる。水色の光を纏った透明な壁が築き上げられ、二人を囲んで攻撃から身を守った。次の瞬間、硝子にぶつかる針達がキンキンと甲高い音を立て始める。一気にドームの中に満ちる、耳障りな騒音。


「涼貴すご……技が豊富だな」

「お褒めに預かりどうも。……その代わり、一つ一つの威力があんまりないこととか、僕自身の体力がないとか紙耐久とか、いろいろ問題はあるんですけどね。このドームもそう長い時間保つわけではないですし」

「ヤバイだろそれ!?」

「ええ、ヤバイんですよ」


 一寸法師――あまり相性の良くない相手である。彼も一発一発の威力が高い“一撃必殺型”ではないが、その代わり広範囲に力をバラ蒔くのは非常に得意だ。だからこそ、このまま野放しにしておくわけにはいかない相手であるのだが。


――今は鳥籠が効いているからいいですけど。……彼は絶対、鳥籠が解除される時間になっても平気でバトルを続行してきそうなんですよね。


 はあ、とため息の一つもつきたくなる。鳥籠が解除されるまでに、そして自分の守りが効いている間に勝負を決めなければいけないなんて。

 元より涼貴は、基本マイペースであまりせかせかと行動するのが得意ではないタイプだった。前世の力を纏っていたところで、現世の人格に影響が出るわけでもない。時間制限がある戦いというのは、それだけで正直ストレスだった。


「今のうちに作戦を考えないといけないってわけだな。……あいつ、もしかしてずっと空飛んでるのか」


 針の嵐は、台風のように渦巻いている。周囲は嵐のせいでまるで視界がきかないが、台風の目にあたる真上の空は綺麗に晴れていてお椀に乗って飛んでいる一寸法師の姿が見えていた。彼はニヤニヤと笑いながら、困っている自分達を楽しげに見下ろしている。


「もしかして、ずっと地面に降りてこないタイプ?セコくない?」

「まあそういう性格なんでしょうね。前世の力だけじゃなく、現世の本人の性格もだいぶ技に影響出てくるみたいでしょうから。例えば僕が超体育会系男子だったら、シンデレラの力をもっていても物理攻撃ばっかり覚えてたかもしれませんし」

「そ、それは想像したくないような、ちょっと見てみたいような」

「しなくていいです、すみません忘れてください!」


 うっかり、ムキムキマッチョ男がシンデレラのドレスを着て戦っているところを想像してしまった、とは言えない。いや、性転換する前の自分がドレスを着ていても正直似合うとは思えないし、結構キツいとは感じるけども。


「前に戦った時は、あいつがナメくさって地面に降りてきたところを攻撃して不意打ちしたので、なんとか追い払うことができたんですけどね。その経験があるから、多少挑発した程度では彼も下に降りてくるなんてことはないでしょう」


 典型的な臆病者の戦い方である。安全圏から技を放って、敵をタコ殴りにするのが大好物だなんて。


「挑発に乗りやすい性格なのは見ての通りなので、全く不可能ではないでしょうがね。ただ、空を飛んだままだとそうそう攻撃が当たらないのは事実です。僕の魔法は遠距離での攻撃は可能ですけど、まだ訓練中なのでさほど発射速度が速くないですし。でもって、凛音さんの技はまだ数が少ないし、基本は近距離物理攻撃でしょう?」

「あーうん……そうだね、近づかないと届かないな」


 凛音が悔しげに一寸法師を睨む。一週間、仕事がある日は仕事終わりの時間を使って(多少頑張って残業を減らして貰ってはいたのだ)訓練を重ねてきた彼女だ。まだ完全に使いこなすまでには至らずとも、己の技の特性や射程距離くらいはおおよそ理解できた頃合だろう。

 彼女の技は、竹を使っての攻撃と、刀での必殺技が主となっている。威力はなかなかのものがあるし、本人の身体能力も涼貴の遥か上を行くが――だからといって、あんな高いところまで飛んでいる相手を貫く手段は無きに等しい。どうやら、一寸法師を仕留めるには相当自分達も頭を使わないといけないようだ。


――方法は、必ずあるはずだ。……こんなところでやられるわけにはいかない……あの人の想いを、無駄にしないためにも!


 そしてもう二度と、あのような犠牲者など出してはなるものかと誓う涼貴。魔王を、そしてその手下達を野放しにするということはつまりそういうことである。




『魔王様は、そんなの全然気にしなくていいっていう“許し”をくれるんだよねえ。アタシ達は魔王様の許可の元、好きなだけ力を使えるの。この力をどんだけ暴走させてもいい、人前で見せてもいい、殺したい奴をこの力で殺しても構わない……むしろどんどん使って、世界を滅茶苦茶にしてもいいんだって!そうして欲しいんだって!この世界そのものを、誰も真似できないような……怖くて、強くて、キュートでビューティフルな最高の“物語”にするために!』




――させない……させるものか!そんなこと、絶対に許すわけにはいかない……!


 この世界の全てのために、なんて高尚なことなど考えられない。

 それでも猟奇にも家族がいて、友人がいる。目に見えるほんのひと握りの人を守るために、この世界を守るのだ。きっと多くのヒーローがそうやって敵と戦って来たように。


「うーん、存外しぶといなあ。意外ど固いんだね、その守り」


 やがて、膠着した状態に飽きてきたのか、一寸法師が頭を掻いて言う。


「じゃあ、こういうのはどうかな?もうちょっと強烈なヤツ、お見舞いしてあげる!」

「!」


 ぐわん、と一寸法師が乗っているお椀が傾いた。その縁に座る少年。やはりお椀と体を自由にくっつけられるのか、明らかに不自然なほどお椀が傾いても彼が落下する気配はない。

 その手にきらりと光るのは、巨大な針を模した剣だ。一寸法師といえばやはり、針の剣で鬼を退治したエピソードが有名である。原典の一寸法師にも、そのエピソードは実在していたのかもしれない。


「確かにアタシは非力な方だけどー。一点集中すればそれなりってなもんなんだよねえ。そんな硝子のドームなんか、一気にブッ刺して粉々に壊してあげちゃう!」


 剣先に集まる、グレーの光。強烈な力の集約を感じて涼貴は焦る。あれは、このドームでは受けきれないかもしれない。剣山藍雨が解除されたのか、周囲を舞っていた針の雨が溶けるように消えて、一寸法師の剣先へと吸い込まれていく。

 強烈な一撃が、来る。


「“堕天一擲だてんいってき”」


 涼貴が硝子のドームに力を注ぎ込んだ次の瞬間、凄まじい衝撃が全身を襲った。ドーム全体を揺らがす、まるで雷にも打たれたような地響き。


「が、硝子の壁が……!」


 凛音が驚きの声を上げる。眼で追うこともできなかったが、どうやら一寸法師が針を真下にして、一気に空中から落下攻撃を仕掛けてきたということらしい。天井が割れたドームの上に乗っかり、ニタリ、と悪意に満ちた笑みを浮かべる一寸法師。


「あーん惜しい!貫通して中身にもダメージ与えるつもりだったのになあ!でもまあ……次は避けきれないよね?」


 再び、お椀に乗って一気に急上昇する彼。全くその通りだ。もう一度壁を張り替えることはできるが、一度破られた技を修復するには時間がかかる。

 一寸法師が攻撃を仕掛けてくる方が――間違いなく、早い。


「殺してあげるよ!まずはそうだなあ……そっちの、新しい仲間からヤッてあげる!ムカつくし!」

「!!」


 その時、涼貴の脳裏に蘇ったのは――最初に一寸法師の襲撃を受けた時の、あの光景だった。異説転装し、真っ黒なオオカミの姿に変わった陣は。一寸法師が放つ針の雨から巻き込まれた涼貴を庇うため、とっさに覆いかぶさって来たのである。

 針の嵐に貫かれ、引き裂かれた彼の血を浴びて――涼貴はただ、呆然とするしかなかった。血だらけで、苦痛に顔を歪めながらも笑った彼の姿が今でも忘れられずにいる。




『ごめんな。……お前には、普通の人間として……幸せに、生きて欲しかったんだけどな』




――もう、嫌だ。


 一寸法師が飛ぶ。椀を傾ける。邪悪な笑みと、眼が合う。


――もう、あんな想いをするのは……あんな風に、誰かが僕のせいで傷つくのを見るのは!


「“堕天一擲だてんいってき”」


 恐怖。そして――強い強い、使命感。

 涼貴はその瞬間何も考えられず、本能が導くまま行動していた。


「りょ……」


 突き飛ばされた凛音の、驚愕に満ちた顔が見え、そして。

 涼貴の意識は全身を襲った激痛と共に、ぷっつりと途絶えたのである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?