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<11・誰が為に幕は開く>

 このタイミングで来るのか!というのが凛音の本心である。確かに“沈黙の鳥籠サイレント・ケージ”は外側から、物語の力を使えば破るのは難しくないと先ほど聞いたばかりではある。もっと言えば、自分の技量は涼貴と比べてまだまだ未熟であるのは事実だ。より他の物語に悟られやすい状況であったと言われても頷けるところだ。

 とはいえ、まだまだ実戦で戦えるほどの技量かと言えば――自信がない、というのが本音であるというのに。

 自分達の頭上、高い場所でふよふよと漂っているそれは、誰がどう見ても“物語”のそれである。空に浮かんでいるだけで普通ではないのだが、何よりのその姿には非常に見覚えがあるものであったからだ。


「お、お椀ってさ、あれってさ……」


 思わず、言葉にしてしまう凛音。


「あれってやっぱり、あれだよね、あれ」

「アレアレ言ってるとボケたみたいに聞こえますよ凛音さん。まだ二十代じゃありませんでしたっけ?」

「う、うっさいわ!誰がオバサンじゃボケ!!」


 ちなみに、特訓の途中で呼び方を名前にして欲しいと伝えてはあった。岸田さん、ではあまりにも他人行儀だったからだ。勿論自分達は親しい友人という間柄ではなかったが、それでもこれから共に戦う仲間ではあるはずである。相応に距離を詰めたい、という気持ちは凛音にもあるのだ。幸い、向こうも特に拒否することなく受け入れてくれた。案外あれで、フレンドリーな性格であるのかもしれない。若干表情が動きにくいだけで(まあ顔が綺麗すぎてとっつきにくいというのはあるのだろうが)。

 そう、とにかくだ。自分達が見上げる先には――それはそれは立派なお椀が浮かんでいるのである。全体的に真っ黒に塗られており、あちこち金色の模様が刻まれているのが見えた。その上から身を乗り出すようにしてこちらを覗きんでいるのは、立派な藍色の和装を纏ったチョンマゲ姿の少年だ。くりくりとした大きな眼が大変愛らしくはある。そう、この状況でさえなかったなら、普通に“可愛い!”と歓声を上げていたところかもしれない。

 その姿が誰がどう見ても昔話の――『一寸法師』のものでなければ。


「……もう追いかけて来たんですか、一寸法師」


 馬鹿と刺客と煙は、本当に高いところが好きらしい。やや呆れ気味の凛音の隣で、涼貴が固い声を出す。


「既にお誘いは、きっぱりとお断りしたはずですが?そもそも、貴方は彼の……『七匹の子山羊の狼』の仇なのですけども」

「アハハ、そんな怖い顔しないでよお。アタシだって別に殺したくてやったわけじゃないんだよ?ただちょっとあいつの……偽善的っつー態度?それにムカついて力入っちゃっただけでさ。どうにか生き残ったみたいだし、まあ良かったじゃん。一生植物人間かもしんないけど?」

「…………」


 甲高い声でけらけらと笑う一寸法師。そのやり取りで、凛音は涼貴が覚醒するきっかけになった襲撃者――彼を助けた“狼”に瀕死の傷を負わせた人物が、目の前の存在であると知る。

 同時に。その喋り方からしてどうやら――一寸法師の物語の持ち主は、女性であるらしい、ということも。そう、涼貴の件で気づいたが、物語の力を開放して見た目と性別が変わったところで、実際の人格に変化があるわけではないのである。だから可憐なシンデレラの姿になっても涼貴の喋り方は少年のままだし、それならば逆も然りということになるだろう。まあ、一人称“アタシ”の男性が皆無だとは言わないけれど。


――それも、あの無邪気で生意気な態度……あれ、ひょっとして中身子供じゃない?


 深く考えると、気分が悪くなってくる。魔王の手下は全て、魔王に敗北して洗脳された“物語”だと聞いている。つまりこの一寸法師も、魔王に負けて傘下に下らざるをえなかった人間のひとりというわけなのだ。それがもし小さな子供などであるとしたら――性格が悪いとしか言い様がない。そんな人物に、同じ物語である人間を襲撃させて、無理やり攫うなりなんなりしようとしているだなんて。


「この間はちょっと頭に血が上っちゃってさあ。うっかりアンタのことまで殺しちゃいそうになったから撤退したんだけど。そろそろいい感じかなーって思って、参上してみた次第ですう~」


 チャラチャラとした喋り方で、罪悪感の欠片も見せぬ一寸法師。なるほど、前世と現世の性格が一致するとは限らないらしい――それを言ったら涼貴がシンデレラな時点でお察しなのだが。


「で、そっちもそっちで頭冷えたかなって。新しいお仲間も見つけたみたいだし、二人揃ってどうかな?魔王様の配下になる決意はできましたあ?」

「何日置かれても答えは変わりませんよ。僕達は、貴方がたの仲間になる気はサラサラありませんので」

「ええ、なんで?わっかんないなあ。魔王様の手下になるのって、イイコトづくしなのに!だって、好きなだけ“物語”の力を振り回せるんだよお?」


 ぐるん、とお椀を一回転させてみせる彼(中身は彼女かもしれないが、今の外見は男の子なのでそう表現しておくこととする)。ぴったりとお椀に体がくっついているのか、落ちる気配は微塵もない。重力を自在に操るとか、そういう類の能力だろうか。

 いや、それよりも。好きなだけ物語の力を振り回せる、とはどういうことなのか。


「あ、意味わかんない?アタシ親切だから教えてあげちゃう!」


 凛音の疑問を察してか、一寸法師はニコニコと告げる。


「アタシ達、物語としての前世と凄い力があるのにさ。こーんな鳥籠使って場所を隔離して……迷惑かけないようにしないと満足に力も使えないし。ムカつく相手がいても、一般人相手に力をおちおち力をぶっぱなしてブン殴るってこともできないでショ?それめっちゃタルいと思わない?法律とかさ、世間体とかさ、ほんとこの世界って退屈なくせにがんじがらめで面倒くさい。アタシ達は選ばれた物語の、その転生者だってのにさ!なんで普通の人間達と足並み揃えて、くっだんねえ日常に紛れないといけないわけ?」


 だからね、と。彼は両手を広げて演説する。さも、自分は素晴しい思想を広めているのだと言わんばかりに。


「魔王様は、そんなの全然気にしなくていいっていう“許し”をくれるんだよねえ。アタシ達は魔王様の許可の元、好きなだけ力を使えるの。この力をどんだけ暴走させてもいい、人前で見せてもいい、殺したい奴をこの力で殺しても構わない……むしろどんどん使って、世界を滅茶苦茶にしてもいいんだって!そうして欲しいんだって!この世界そのものを、誰も真似できないような……怖くて、強くて、キュートでビューティフルな最高の“物語”にするために!」

「なんだって!?」

「ふふふ、アタシ達の前世の物語がノンフィクションなら、この世界だって新しい伝説の物語になりうるでしょ?そうすればいずれ、この世界そのものを魔女の本棚に並べて貰うこともできるってわけだよねえ。魔王様は、それがお望みってわけ、理解した?だから今、それができる“物語”を、一生懸命アタシ達で集めてるの。君達もおいでって。こっち側は……すっごく爽快で、楽しいよお?」


 ああ、そういうことなのか。凛音はやや気が遠くなりそうな心地を覚えながらも、状況を理解した。魔王が何故、魔女の書架に並べられる新しい物語を作りたがっているのかはわからないが――そのやり方は、あまりにも強引かつ滅茶苦茶すぎるものである。自分達の力は、何の抵抗力もない一般人に向けて許されるような代物ではない。そんなことをすれば一気に世界そのもののバランスに罅を入れてしまうことだろう。それを、周囲の目も柵も気にせずに振り回すことが許される世界を作る、なんて。そんなこと、認められるはずがないではないか。

 そうやって破壊される世界に巻き込まれ、犠牲になる者の中には。凛音の友達や家族、大切な人だって含まれているかもしれないのだから尚更に。


「……ガキの考えだな」


 だから、凛音は。敵への“恐怖”を、その瞬間忘れていた。言うべきことを言わなければならないという使命感と――目の前のふざけた理屈に対する怒りで、全身がみなぎっていたからだ。


「そうやって全部壊して、後には一体何が残るっていうんだ。気に食わないからって殺していったら、最後には独りぼっちになるだけだろ。そんなもんが伝説的な物語になるだなんて?寝言は寝て言え、今時C級のアマチュア作家だってそんなハナシは書かねーよ。一人でチラシの裏にでも落書きしてたらどうなんだ」

「なんだと?」

「涼貴が言った通りだ。私も同じ。仲間になる気なんかさらさらないね。……文句があるってんなら、四の五の言わずにかかって来いや、そんな高いところから見下ろしてないでよ!!」


 中指を立てて挑発した直後、隣から視線を感じて我に返る。しまった、つい思ったことを全部ぶっちゃけてしまった。今のは完全に田舎のヤンキーである。涼貴のまんまるくなった目に気づいて慌てて視線を逸らす。いい年した女がやるような所作ではない――ドン引かれただろう、絶対に。


「ふ、ふふ……まだ目覚めたばっかりだってのに、随分と強気なんだあ?いいねえ、アタシも実はそっちの方が得意だからさあ……」


 やがてこめかみに青筋を立てた一寸法師が、ニヤリ、と笑った。


「言う事聞かないで抵抗する悪い子は、殺しちゃってもいいヨって言われてんだよねえ!魔王様の手下にならないような物語は邪魔なだけだし!今度こそ殺してあげるよ、シンデレラにかぐや姫ぇ!」


 そして、凛音にとっては初陣とも呼べる戦いが、幕を開けたのである。

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