対象 谷里優人
きっかけは、奴…谷里が一方的に絡んできたところからだった。意味不明で理不尽な、くそ下らないちょっかいだった。
全校集会に行く途中、谷里がいきなりヤンキーが絡んでくるみたいな顔でこっちに近づいて来た時のことだ。サッカー部所属で側頭部を刈り上げた男だった。
「おい!何睨んでんねん!?」
「はぁ?お前が変顔しながら近づくから思わず顔を顰めただけやけど?つーかお前がそんな悪ふざけしてくるのがアカンのちゃうんか」
「おい......イキってんじゃねーぞゴラ」
「イキってんのはお前の方やろ。しかも普段から、授業中教室から出て騒いでんのはどこのどいつでしたっけー?話す時はちゃんと言葉選んでからにしましょうねー?」
「イキってんじゃねーぞ!おいゴラ、ボケぇ――!!」
そうして谷里からつっかかってきて、殴り合いになろうかってところで教師に止められてその場は鎮火した。明らかに谷里だけが悪いはずが、挑発するようなことを言った俺まで悪い奴扱いされた。事実言っただけなのに、授業妨害してるようなクズのアイツを、ここでも庇う馬鹿どもがたくさんいやがる。ホントに俺に味方はいねーのかって話だ。
もちろんあのまま終わるわけがなく、谷里は昼休みに俺がいる教室に乗り込んできて俺を潰しにかかった。俺も殴り合いに応じてその場で争ったが、この時は谷里に殴り合いで負けてしまった。
顔面腫らして腹に何発か蹴りが入って激痛で蹲り、奴に見下された。近くにいた前原や青山は、そんな俺をゲラゲラ笑ってやがったな...。さらには教室で野蛮に喧嘩起こした俺の評判がここで一気にガタ落ちして、カースト底辺に落ちてしまった。
普通ならここまで下落することはないはずだが、やっぱりそういう運命なのかって......俺は人望に恵まれず、常に敵ばかり増えて味方になる奴はいない、みたいな人間だからこうなるんだろうなって、後からそう思った。
考えてみれば、あの時をきっかけに俺は孤立して理不尽な虐めに遭うようになったっけ。中学校での本格的な虐めの口火を切ったのは、谷里だった。アイツのせいで、俺は最低な毎日を送るようになったんだ...!
「ゴラぁ!!イキんなよ杉山ぁ!俺に負けたくせに、まだ逆らう気か?底辺陰キャラのボッチ杉山が、俺らにそうやってキモい態度取りやがって!!お前の存在キモいんじゃ!!」
「ごぉ...!お、前の存在の方が、キモいわクソ野郎...!性格クズのクソ野郎っ!!」
「――そういうのがっ、苛つくっつってんだよクソがぁ!!」
あれ以降も谷里は俺を虐めの標的にして、本山や中林、前原らと一緒になってリンチしてきた。3年間もだ。時にはサッカー部の先輩である下田も呼んで俺を虐げてきた。
3年生に上がると、部活で筋肉をつけた谷里の力はさらに重くなった。酷い時は骨にヒビが入って炎症を起こしたこともあった。集団暴行でいちばんダメージが入ったのは谷里の攻撃だった。
「ひゃははは!痛ぇか?なぁおい、俺のパンチと蹴りは痛ぇかよ?このまま死んでみるかよおい!?ぎゃあっはははは!!」
殴られ蹴られ、砂や泥をかけられて、汚水もかけられて......アイツからも散々虐げられてきた。しかも奴には――
「...お?ミズキからだ。おう......おおそっか!後で行くわー!」
あんなクズでキモい面してるくせに、奴には年下の彼女がいた。顔は見たことないがその学年では人気者の女子らしい。何でこうして人を虐げてるクズが、異性交遊なんかしてるのか、意味が分からない。こんなにクズで悪い意味でのイキりで、生きる価値無いゴミクズなんかが、そうやってリア充しているのは、おかしいだろ?
高校へ進学してからは、谷里とは会わなくなり虐められることはなくなったが、あの3年間のことは今もフラッシュバックしてきて思い出してしまって、今も腸が煮えくり返る思いをしている。奴のせいで酷い虐めが始まったようなものだからな。
絶対いつか奴には不幸に遭って絶望の淵に沈んで、地獄に落ちてほしい、と願っていた...............それは間違いだってことは、死んで転生して帰ってきてから気付いた。
(そういう願いは、自分の手で...力で、叶えるべきなんだ...!)
そう...今の俺にはそういうことが出来る力が、術がある。だから決行する。叶えに行く。
自分が為したいと考えてきたことを、全て実行しに行くぞ...!
*
時刻は夕方の7時。場所は谷里宅。間取りは3ⅬⅮKのマンション部屋だ。家族構成は四人でうち二人は子どもだ。長男20才と長女12才といったところだ。
現在谷里家は、長女...
その最中、玄関から「ただいまー」とやや野太い声がして、明里は笑顔で玄関に向かって行った。この年になっても父親に対する反抗期はまだきていない。
「おかえりーお父さん!」
「おーう明里~今日は何が何でも仕事を終わらせてきて約束通りの時間に帰ってきたぜー!」
愛娘の出迎えに、
「おかえりなさい。もうちょっとかかるからお風呂済ませてきて下さいな」
「ああ分かったミズキ。楽しみにしてるぜ~」
妻の
旧姓は植田、中学時代から二人は交際していて、大学卒業と同時に結婚した。二人の仲は今も変わらず睦まじい。
まさに今が、幸せの絶頂期と言えるだろう――。
谷里が風呂から上がると明里はリビングでアルバムを開いていた。
「明里、そのアルバムは......」
「うん、お父さんとお母さんの。中学生くらいの頃だよねこれって」
「おお......懐かしいなぁ。どうだ?お父さんこの時から中々ハンサムやったろ~?」
「えぇ~~そうかなぁ?お母さんは可愛いかったけどな~」
そう言い合いながら二人は谷里の中学時代のアルバム写真を眺めていた。谷里自身も当時を懐かしみながらページをめくっていく。
「4月になったら明里も中学生やなー。楽しみにしとるかー?」
「うん!私部活したいなー。お父さんは、中学校生活どうだった?」
「俺か?そうだな......サッカー部に入ってて、あー......授業はあんまり真面目じゃなかったっけなーははは」
―――ぎゃあっははははは!イキってんじゃねーぞ〇〇!!陰キャラが調子に乗ってんじゃねーぞボケ!!
ふと、当時は裏ではとある生徒を虐めていたっけと、この時谷里は思い出してもいた。だが娘にそういう暗い部分を明かすわけにはいかなかった」
「俺はこの頃はけっこう......やんちゃしてたっけなー」
「へ~~見たまんまだねーあははー」
そんなことを言いながら笑い合っていると、瑞希が準備できたよと呼ばれ、全員テーブル席に着く。
「明里、プレゼントはケーキと一緒に出してあげるから、楽しみにしてろよ~」
「俺も用意してるからな明里!」
「お父さんお兄ちゃんありがとー!」
「良かったわね明里」
二人の誕生日プレゼントにワクワクする明里を見て瑞希は穏やかに微笑んだ。因みに彼女は既に明里にプレゼントを渡してある。明里が今付けているヘアピンだ。
そして全員グラスにそれぞれ飲み物を注いでそれを手にして乾杯しようとしたその時―――
「...?地震...?」
ふと強い揺れを感じて動きを思わず止めてしまう。テーブルの料理などは無事な程度の揺れだったが、この国は過去何度も大規模な地震の被害に遭っている。すぐに避難できるよう谷里は玄関ドアを開きに行く。
「え...?何だか、寒い...凄く寒いわ」
「おかしいな?エアコン切れたのかな......だとしてもいきなりここまで気温が下がることないはずだけど。これじゃあ外と変わらないじゃないか...」
強い揺れの次は室内の急な温度低下。あっという間に外気温と同じになった。明らかな異常現象に誰もが不気味に震えていると......
「あー悪い悪い。俺の殺気で温度かなり下げちゃったかな?ほい、これで少しはマシになったかな」
「な――!?」
いつの間にか、リビングには家族四人以外の人間が一人、紛れ込んでいた。年若い男性が、不気味な笑みを浮かべて谷里を見ている。玄関のドアは閉められていた。
「ああさっきの揺れも、俺がやったことだから気にせんでいいよー。家具が倒れたりはないから。まぁ......お前らの無事は、保障できひんけどなァ」
青年......杉山友聖は、今度は射殺すような目を向けて、四人にそう告げた――。