対象 井村遼
「青山の奴と、こうしてまた会うことになるとはな...」
運転しながら感慨深げにそんなひとり言を呟く男――井村遼は、携帯で時間を確認する。
約束の時間まであと10分はある。目的地までは次の信号を通過したらすぐだ。余裕持っての到着になりそうだと彼は安堵する。
井村は、新卒で大手の建設会社に就職し、35歳にして会社から独立、自身の建設会社を立ち上げた。まだ目立った業績は上げてはいないが、ある会社と連携して近々大きなビジネスを狙っている。
連携先の会社に中学時の旧友がいるとのことで、そこと契約して上手くやるようになった。そして今、それぞれの社長が面と向かって仕事の話をしようとのことで、井村はこうして話をする場所...連携先の建設会社へ向かっていた。
そこの会社の現社長が、旧友の青山祐輝である。彼とは今も連絡を取り合う仲だが、直接顔を合わせることは滅多になかった。こうして直接再会することに井村は楽しみに思っていた。
「仕事の話が終わるころには退勤時間になるだろうし、そしたらアイツと飲みに行こうかな。中学の時の話とかまたしようか...」
中学で出会った彼とは気が合い、部活でも仲が良かった。クラスで一緒になった時はよく雑談もしていた。そして青山が面白がっていたことに悪ノリもして――
「......今にして思えば、あいつには悪いことしてしまってたな…。会う機会があればあの時のこと、謝るとしよう」
そんな、ある男に対する申し訳なさが過ぎったが、目的の場所に到着するとすぐに仕事モードに切り替えて会社に入る。
エレベーターで目的の階に降りて部屋の前に立つ。ノックしようとしたが――
(......?何か、鉄臭いな...。それに人の声も、何の音もしていない。誰もいないのか...?)
扉の前からでも分かる異臭と無音に不審に思う井村だが、とりあえずノックをした。
「井村建設会社から来た井村遼です!本日は仕事の話で訪問致しました!」
ノックと挨拶をするも、扉の向こうからは何の反応もしない。本当に誰もいないのかと、いよいよおかしいと思い始める。今日会う約束をしていたはずなのに、まさか忘れてるわけではあるまい。上着ポケットから携帯電話を取り出して青山に連絡を取ろうとしたその時――
「開いてるから、入って来いよ」
「っ!?」
突然部屋の中から声がして僅かに動揺した。若い男の声にさらに訝しげに思いながらも、言われた通りその扉を開けて部屋に入る。
そこには―――
「な......んだ、これは......!?」
部屋のあちこちに散らばっている肉塊、赤い血で真っ赤に染まっている壁、壊れてしまっている大きな机など......テロでも起きたかのような惨状があった。
「よう~~~~~~こそ!井村遼!!わざわざご足労いただきありがとう!」
そして...入室と同時に、先程の若い声が井村にかけられた。声がした方に目を向けると――
「――二十数年振りだなぁ。杉山友聖が、この腐れ糞社長に変わってお相手いたしまーす...!」
悪魔を思い浮かべるような笑みを浮かべた男が、こちらを見ていた―
*
青山祐輝を殺した俺は、その死体をある程度損傷させて死者の冒涜を存分に行った。気が済むまで死体をぐちゃぐちゃにした後、社長机の中を調べてみた。そこで偶然にも面白い発見をした。
「へぇ~!?こいつ、あの井村遼と連携しているのか!しかも今日ソイツがここに来るのか。これはラッキー。捜す手間が省かれる。ここで待っていれば、何も知らない馬鹿がノコノコやって来てくれるんだから」
あの時のことを思い出して、青山と同時にあのゴミカス野郎もぶち殺したいって丁度思っていたところだったんだ。今すぐ殺したい奴が来てくれるなんて、今日はツイてる!
「アイツが来るまで、どうやって甚振って苦しめるかを考えていようかぁ。あー楽しみ楽しみ...!」
「いや~~~、そのキモいくせ毛は相変わらずか~。おいそのデブなお腹は何だよ?中学の時も若干デブ体型だったが、今は完全にデブだなお前」
呆然と俺と部屋を見ていることしかできないでいる井村を嘲笑うようにそう吐き捨てる。そして井村に見えるように、あえて消さないでおいた青山祐輝だった汚物を浮かび上げて見せた。それを見た井村はひどくショックを受けた顔になる。やがて怒りの表情も浮かんでいく
「おいそれ......青山の、顔か...?お前!ここでいったい何を!?」
「お前じゃない、杉山友聖だって。何ってそりゃあ...あの時の恨みを晴らすべくの復讐だよ。この粗大ごみはその結果だ。ほらよっ(ブンッ)」
軽いノリで、井村に向けて浮かべていた青山の死骸を投げつけてやった。咄嗟のパスに反応できなかった井村はソレをべちゃっと落としてしまった。
「あーもうお友達をそうやって落っことしちゃってぇ。ちゃんとキャッチしてあげなきゃダメだろうが。かわいそうになぁ、青山クソ野郎君w」
「お前、杉山......何てことを!!!自分が何してるのか分かってんのかぁ!?何でそんなお遊び感覚でこんなことを...!青山を!?こんな...!何でお前は笑ってられて...!」
ケラケラ笑う俺にたいそうご立腹した井村が怒鳴りつける。その言葉を聞いた俺は、突如笑うのを止めて、「はぁ?」とわざと大きな声を出して、
――ドガッッッ!!「ごぉ...!?」
井村の腹に机の破片を投げつけて悶絶させた。膝を床に着けて苦しんでる奴のもとへ近づいて、「何言ってんの?」と話しかける。
「中学の時も、お前らはそのお遊び感覚で笑いながら、俺を辱めて虐げてただろうが。俺はお前らと同じことをしたに過ぎない。それのどこがおかしいんだよ、なぁ?」
「な......!?」
俺の返事内容がよほど衝撃的だったのか、井村はしばし絶句した。が、すぐに反論してくる。
「あ、あの時と今の惨状を一緒にするつもりか!?確かに、俺たちはあの時お前に酷いことをしてしまったのかもしれない。だけどここまでのことはしなかったはずだろう!?人殺しだぞ!?中学生間の虐めとはワケが違い過ぎる!!全く同じじゃない!!」
「うるせぇ!! “本質”は同じだろうが!?軽い気持ちで、お遊びで、人を理不尽に虐げて、しかも笑いながら!かつてのお前らも、今の俺も!やってることの“本質”さは全く違わねー!!ただ行為の程度が違ってるだけだ!本質自体は何も変わっちゃいない!」
「だからその行為の程度が問題だと言ってるんだ!命を奪うのは明らかにやり過ぎだ!!虐めで受けたお前の傷と死んだ青山の傷......どちらが重いかなど、考えるまでもないやろーが!!俺の、旧友をよくも...!」
途中大阪訛りになりながら俺を悪し様に非難する井村に、俺は心底の呆れを示した。このカス、全く分かってねーな。こっちはお前の心情は手に取るように分かるのに。