対象 瀬藤欽也
ドンドンドン!
「あの、隣の者なんだけど、さっきかお宅から音が響いてうるさいんですよね。このアパートって壁薄いし、というかそれ以前に騒音レベルで大声出して騒ぐのはどうかと思......」
「――うるせぇんだよ!だったら耳栓でもすれば良いだろがぁ!邪魔してくんなクソガキがぁ!」
「だから耳栓とかそういう問題じゃなくて―――」
ビシャァ!
「黙れってんだクソガキィ!」
「っ...!お、まえなぁ...!」
「あ!?ガキが俺に向かってお前だぁ!?お前親にどういう教育受けてきたわけ?目上には敬語使えよ!さっきからタメ語使いやがって、ああ!?」
「お前に敬語使う価値は無い!隣人への配慮無しにうるさい声で騒ぎやがって!マナーを守れって言ってんだよ!いい年してそんなことすら出来ないのかお前は!!」
「あ”あ”!?」
――その後、殴り合いになろうかといったところで、他の住人たちに止められて通報されて、俺まで悪人扱いされるハメになった。確かに外で大声出してしまった俺にも非はあったのかもしれないが、元はと言えばいつもうるさい声で騒いでいたあのクソ隣人が悪いはずだろうが。
俺が大声出したのは今回が初めてだというのに、瀬藤と同列に扱われて、あいつの日頃の悪行はお咎め無し、両者ともただの注意に終わった。
それ以降も、右隣からはまたも大声が響いてくる。全く声量を抑える気はない。逆に俺が掃除とかで音出したら、壁殴って罵声浴びせてくる始末だ。それでまた隣人トラブルが起きて、また俺も奴と同列の悪者にされる。
何でだ?何なんだ?ここでも俺は誰にも味方されない。悪者であるはずのアイツが裁かれない。普通慰謝料とか取れるところだろうが。俺がそういう話に持ちかけたらなんか俺まで訴える的な流れに持っていきやがってどいつもこいつも。
アイツだけじゃない、ここの住人全員もクソだ。死ねば良い...!
瀬藤欽也――お前にはいつか相応しい罰を受けてもらう...!
*
帰宅して、家具を良い感じに設置してから、祝帰還のディナータイムを堪能したところで、スマホの時計を確認する。
時刻は20時。ブラック企業とかじゃく寄り道することがなければ、世の社会人の大半がこの時間には帰宅しているはずだ。
早速“透視”で壁の向こうを確認するとそこには......
「中年っぽいオッサンがいる。あいつは……………あァ面影があるな。あのクソッタレのゴミクズ野郎のなァ...!」
二十年以上経って大分老けたみたいたが、あの面は、ムカつくことに忘れはしない......クソ隣人の瀬藤欽也だ。
髭があって髪が薄くなってデブになってはいるが、その面を見ればアイツだってすぐ気付いた。念の為に“検索魔術”で対象人物の素性を明らかにしてみた。
間違い無く本人だ。俺が、絶対に殺そうと決めてた奴だ...!
嬉しいねぇ...今もそこに住んでいてくれて。捜す手間が省けて何よりだ!
「この現代世界での最初の復讐は、お前にしてやるよ。喜んで...目一杯苦しんで死ね」
早速右隣のドアの前に行き、錬成で合鍵を即作製、解錠。そして突入!同時に空間を完全に防音化とどんな衝撃でも耐えられる結界を展開。そして――
「“筋力操作”および“魔力操作” 対象は自身へ」
己に筋力と魔術の強さを操作して、わざと弱体化させた。そうした理由は簡単なことだ。今の俺が、全力でこの世界の人や生物を殴ったり魔術を放ったりしたら、即殺してしまうからだ。
そんなんじゃあ一瞬で復讐タイムが終わってしまう。それじゃあ面白くないだろう。
だから敢えて己を弱体化させる。せいぜい素手で体の部位を引き千切れる程度くらいには弱めよう...。
というわけで、突然自分以外の人間が部屋に入ってきたことに酷く驚いているその間抜け面に...!
「おっっっっっらああああああああ!!」
ベキィ...!!「――づあ”あ”あ”あ”あ”あ”!!?」
腰が入った左ストレートをぶち込んで、瀬藤をベランダ付近まで吹き飛ばした。勢いよく吹っ飛んで壁に激突したが、窓はビクともしていない。音はここでは大きく響いているが、この部屋以外には何も聞こえていない。震動の一つも起きはしない。誰もここでの騒ぎは認知できないようにしている。
つまりここは、防音防振動で密閉された処刑場だ!
「いっ...いでぇ!何なんだ、いだい”...!誰だテメェは!?俺の部屋に上がり込んで、何やってくれてんだ、ええ!?」
数秒した後に瀬藤はようやく起き上がって、俺に罵声を浴びせてきた。おお!壊れてない。丁度いいくらいまでの弱体化に成功したようだ。あれなら何発も拳を入れても壊れはしないよな?ククク、よろしい...!それよりもアイツまだ俺のこと気付いていないようだから、自己紹介から入るか。
「おっひさ~、瀬藤君?俺だよ俺。杉山だよ。二十数年前、お前の隣で住んでた男だよ。覚えてるー?俺とお前、何度かお前のうるさい声のことで揉めたよな?」
「ああ?二十年?..................そういや、それくらい前の年で、あの部屋で死んでたってことがあったな。まさか、あの!?孤独死したとか何とかって言われた...!」
「おお、それそれ。合ってるよそれで。この隣部屋で~お前がまたうるさく騒いでた時にー俺は力尽きて死んでましたーってね。まぁ色々あって帰って来られたけど」
「は?テメェふざけてんのか?二十年以上前に死んだ奴が、今になってまた出てきただ!?何かの悪戯で不法侵入してきたクソガキだろうが!!よくもいきなり殴りやがってェ!!殺す!!」
そう吠えた瀬藤が、俺に突進してきて、拳を振るってきた。なんとまぁ、腰が入ってない、遅過ぎるパンチだこと!ナニコレ?いくら素人とは言えここまで弱く映るものなのか?ゴブリンよりも弱い、超雑魚じゃん。戦闘力3しか無いんじゃないのかコイツ。欠伸が出るほどに余裕なので...
瀬藤「おらぁ!(ブン!)」
俺パシッ、ベキゴキッ
瀬藤「......ぎゃああああああああ!!?」
飛んできた拳を右手で止めると、そのまま力いっぱいに瀬藤の左手を握り潰してやった。手を開くと奴の左指全てがあり得ない方へ曲がり、血がたくさん出ていた。そのまま終わらせてあげる程に優しくない俺は、瀬藤の髪を掴んで、床に思い切り叩きつけた。
ドゴンともの凄い衝突音と鼻の骨か何かが潰れる音がした。なお叩きつけた際に、掴んでいた髪が千切れてばっちぃので捨てた。ホント気持ち悪い。
「あ、ぐあ...!」
「なぁ、俺が何の理由も無しにこうして部屋に入ってお前を殴って叩きつけたりなんかすると思うか?思い出せよ...あの時お前が、203号室に住んでた杉山友聖に何をしたのかを。お前の罪をさぁ!」
「ぐがっ!し、らねぇよそんなこと!テメーのことなんか知らねーし、俺をこんな目に遭わせやがって...!警察だ!テメーを今すぐに警察に...」
「はぁ、シラを切ってるのかホントに忘れてるというボケやらかしてんのか。口で説明すんの面倒くさいから魔術使うわ。ほらよ」
そう言って瀬藤の禿げた頭に手を翳して、記憶操作魔術で俺の記憶を流れ込ませる。そして、瀬藤本人に自分が俺に何をやってきたのか、俺はどういう過程でここに立っているのかの記憶を全て流し込んだ。これで少しは昔のことは思い出せたか?