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6章-9.追憶(2) 2022.5.18

 ユミは涙を流しながら、アヤメとの思い出を大事に思い出して反芻する。


 本当に大好きだった。

 本当に大切な人だった。

 失うなんて思いもしなかった。

 今後もずっと一緒にいられると思っていた。


 いつかは一緒にお酒を飲みながら恋バナしたかった。

 カサネが成長したら可愛い子供服を選びに、一緒に買い物へ行きたかった。

 クリスマスだって次はプレゼントまで用意してもっと豪華にして部屋も飾り付けして、アヤメを喜ばせるつもりだったのに。

 一緒にやりたいことが山ほどあったのに。

 どうしてこんなに早くいなくなってしまったのだろう。


「早すぎるよ……」


 まだ、アヤメは25歳だったはずだ。

 ユミと出会って、たったの2年も経っていない。

 それでも、ずっと一緒に生きてきた姉のような存在だった。

 こんなに心を通わせた人は今まで居なかった。

 本当に大事な人を失ってしまったのだと改めて感じた。


 しばらく泣いて、泣き疲れた頃。

 ユミは目を閉じ深呼吸した。

 思いっきり泣いた事で少し落ち着いたようだ。


 ふとシュンレイを見ると、とんでもない量のお酒を飲んでいた。

 日本酒の瓶も数本開けている。至死量を超えているのではないかと不安になる。

 体が大きい分平気なのかもしれないが、さすがに飲み過ぎだと思う。


「もし可能でしたラ、アヤメさんの話を聞かせて貰えませんカ?」

「え?」

「ユミさんに見せていたアヤメさんの姿を知りたいでス」


 シュンレイは目を合わせず彼方を見ながら、どこかぼーっとした様子でそう言った。

 少し酔っているのかもしれない。


「分かりました。かっこよくて可愛くて強くて素敵なアヤメさんの話。私が憧れたアヤメさんの話。とっても長いですからね。覚悟してください」

「えぇ。お願いしまス」


 ユミはシュンレイのリクエスト通り、アヤメの話をゆっくりと始めた。


 大好きなアヤメの話を、これでもかと。

 どんな顔で何を言っていたのか。

 可愛い仕草も漏らすこと無くシュンレイに力説する。


 シュンレイはユミの話に、静かに頷いて聞いていた。

 その様子は、ほんの少しだけ、幸せそうに見える。


 そして、しばらくユミがひたすら夢中で話していると、シュンレイはウトウトしていた。非常に珍しい姿である。

 これだけ大量にお酒を飲んだのだ。当然だろうと思う。

 もうユミの話は聞こえていないだろう。記憶の中のアヤメを思い出して夢を見ているのかもしれない。


 ユミは鼻歌を奏でた。

 気持ちよく眠れる鼻歌を。少しでも心を癒して、幸せな気持ちになれるような鼻歌を。


 こんな日くらい、さっさと寝てしまえと思う。


 流石にシュンレイも、ユミの鼻歌には抗う事は出来なかったようだ。

 直ぐにテーブルに突っ伏して寝てしまった。


「お疲れ様です。いい夢を見てください」


 ユミは立ち上がり、テーブルを片付ける。

 食べ残したものは殆ど無かったが、少し残ったものはラップをかけて冷蔵庫へとしまった。


 バックヤードから毛布を持ってきてシュンレイの肩にかける。

 本当にぐっすり眠ってしまったらしい。全く起きる気配がない。


 よくよく考えるとシュンレイが寝ている姿は初めて見た。ユミに隙を見せるような事は今までになかったように思う。

 それ程アヤメを失った事は、シュンレイにとっても大きなことだったのだろうと察した。

 飲まなければきっと耐えられない程に。こんな事が無ければ、酒に酔って人前で寝るなど、絶対にありえないだろうと思う。


 一通り片付けが終わったため、ユミはまたシュンレイの正面の席に座る。

 このまま眠った人を放置する訳にもいかない。眠ったシュンレイを担いで移動など、さすがにユミには不可能だ。体格差がありすぎる。

 近くまで引き摺るくらいしか出来そうにない。ほぼ強制的に寝落ちさせてしまった以上、責任をもって起きるまでは見ておこうと思う。


 ユミはスマートフォンを取り出した。そしてカメラロールを開く。

 そこにあるのは沢山の思い出の写真だ。アヤメの笑顔が沢山ある。


 本当にアヤメは可愛くて綺麗だ。たくさんの思い出が詰まっている。楽しそうな写真ばかりで見ていると笑みがこぼれる。

 順番に見ていくとザンゾーの写真もあった。ザンゾーは今頃、何をやっているのだろうか。こんな時にいないなんて本当に酷い奴だ。こんな時こそ寄り添って欲しかった。甘えたかったなと思ってしまう。


 相変わらずメッセージの画面は既読すら付いていない。生きているのか死んでいるのかも分からない。本当に困った人だ。


 ユミはスマートフォンを静かにテーブルに置いて目を閉じる。


 もう心が疲れてしまった。

 ぽっかり空いていた穴はどんどん酷くなっていくようだ。

 それでも踏ん張らないといけない。

 沢山の事を託されてしまったのだ。

 立ち止まっている時間などない。

 託された事はちゃんと成し遂げたい。


 そのためには、まずは自分が元気になる事だろうか。ユミは成りたい自分を明確に思い描く。

 やはり、どんな時でも自分らしくいたい。自分らしく笑っていたいと思う。

 アヤメはどんな時でも自分らしさを貫いていた。最後の最期まで、アヤメはアヤメらしく楽しそうに舞っていた。

 本当に憧れる。カッコイイと感じた。自分もそうなりたいと心から思う。


 アヤメは最期の時、どうしてあそこまで自分を貫く事が出来たのだろうか。

 死が怖くない訳が無いのだ。唐突に死まで10時間という現実を突きつけられた時、アヤメはどんな心情だったのか。想像するだけで胸が締め付けられる。

 怖かったはずだ。唐突に終わる人生を目の前に、絶望したに違いない。


 それでも自分を見失わない精神力、やれる限りを尽くした行動力、本当に凄い人だなと思う。

 そんなアヤメを見たからこそ、そんなアヤメに魅せられたからこそ、自分もどんな時だって自分を貫きたいと思ってしまう。

 アヤメのように、まわりの人間を照らす太陽のような存在でありたい。


 自分にできるだろうか……。

 アヤメは言っていた。ユミの笑顔が好きだと。その笑顔があればみんなが元気になると。自信を持って欲しいと。


 その言葉を信じようと思う。

 アヤメが言ったのだから間違いはないだろう。

 自分が自分らしく笑顔でいれば、どんな時でも自分を貫くことが出来れば、きっと皆も元気でいてくれるだろう。

 だから、どんな時でも自分らしさを絶やさないようにいようと。


 ユミはそう決意し力強く微笑んだ。

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