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6章-8.復讐(5) 2022.5.18

 鮮血が舞う。ユミのチェーンソーは当主の左太ももを深く切り裂いた。

 それでもやはり当主は全く怯まない。アヤメと同じだ。腕を落とさなければ止まらないのだろうと思う。ワイヤーは瞬時に再展開される。本当に見事だ。この弱点となる2種のワイヤーが、もし優秀な人形に隠されたら、それこそ弱点が無くなり最強になりえただろうと思う。


 どうして最強の戦い方をこの場でやらなかったのか。不自然な点を考えると本当にキリがない。当主の思惑が明確に見えてきて嫌になる。だが、もうその思惑に乗るしかない。最後まで当主に付き合おうとユミは決めた。


 ユミは丁寧にワイヤーを切断し、少しずつ当主を刻む。刻む度に深く理解する。重要なワイヤーの隠し方や位置を。目を使わなくても分かるようになってしまった。

 そしてついにユミは当主の両手首を切り落とした。その瞬間、ふわっとワイヤーが緩んだ。当主の足は複数箇所を切りつけているため体重を支えられるはずがない。下半身はほぼ意味を成していない為、当主はそのまま仰向けで地面に倒れた。もう動くことは出来ないだろう。


「見事だ」

「……」


 手加減する気は無いなどと言いながら、手加減ばかりだった。これではただの指導だ。ユミを狂操家のワイヤー技術に慣れさせるためだけの指導だ。


「最期に言いたい事。聞いてあげます」

「私と最後に戦った5人の死体は、特に細かく刻んで欲しい。特に私の脳は必ず……」

「分かりました」

「私の心臓も、どうか君に食べて貰いたい」

「分かりました」

「それから……。あの子の子供……。もしワイヤーを使うのであれば君が使い方を教えてあげて欲しい」

「……」


 当主は子供と言ったか。ハルキだけではなく、カサネの事も知っているとでも言うのか。


「分かり……ました……」


 ユミの返答を聞くと、当主は目を閉じた。安らかな顔をしている。まるで自分の役目は終わったと安堵しているかのようだ。

 なぜ、こんな姿を見せられなければならないのだ。自分は復讐するために来たのに。こんなものを見るために来たのでは無い。心の底から後悔して苦痛に顔を歪めた姿を見に来たのだ。それなのにこれは何なのだ。思っていたのと全然違う。


「ご指導……。ありがとうございました……」

「あぁ」


 ユミは当主の首を一気に切り落とした。そして、心臓を抉り出しかぶりつく。咀嚼する。飲み込む。


 あぁ。美味しい。

 何で美味しいのだろうか。

 意味がわからない。

 本当に勘弁して欲しい。


「うっ……。あっ……。あぁぁぁあぁぁぁああっ!」


 食べ終えた直後心臓が締め付けられた。

 何故だ。当主と自分は何の関係もない。これはまるでギフトを受け取る時の症状だ。体が書き換えられていくような感覚がする。苦しい。


 ユミはその場に膝を着いて痛みを堪える。涙がぽろぽろと流れる。しかし、この涙は痛みによるものでも、自分の感情によるものでもない。これはアヤメの涙だ。アヤメの心が反応しているような気がする。


 そして、断片的な記憶が再生される。こんな記憶は当然ユミには無い。完全に知らないものだ。当主とアヤメの記憶だろう。霞みがかったようでハッキリとはしていない。しかし感情は流れ込んでくる。拒否などできない。


「ふざけるなっ! ふざけるなっ! ふざけるなっ!」


 こんなもの見せないでくれ。

 見たくない。

 知りたくもない。


 それでも無理矢理流れ込んでくる記憶でユミは知ってしまった。

 当主はアヤメを大切にしていた。アヤメは当主の姉の子だった。アヤメもアヤメの母親も救えなかった事を酷く後悔していた。アヤメに一族を背負わせようとしていた事を申し訳なく思っていた。それでも当主としてアヤメに愛情を表現する事は一切無く、淡々と一族の義務だと言い続け、冷たく接し続けたと。


「あはは……」


 笑えない。

 何なんだ。

 自分は復讐をしに来たのに。

 とんでもないものを託された。


 当主から貰ったギフトは狂操家の目を使いこなすための処理能力だった。目に加えて情報を処理する脳が必要だったのだ。ユミにはそのための特殊な脳が無かったために負荷が異常にかかっていたようだ。これで狂操家の目が使えてしまう。まるで自分はキメラの様だ。本当に笑えない。


 ユミはゆっくりと立ち上がる。ユミにはまだやらなければならない事かある。死体を細かく刻まなければならない。


 泣くな。

 泣くな。泣くな。泣くな。

 笑え。


「あははははっ!」


 ユミはチェーンソーのエンジンをかけ、当主の死体を切り裂いた。これでもかと言うくらい何度も何度も切り刻む。

 返り血でセーラー服は更に真っ赤に染る。全身血まみれだ。

 それでも止まる訳にはいかない。全てをぐちゃぐちゃに。細かく細かく刻むまでは。終われない。終わる事は許されない。


 ただ死体を細かく機械的に切り刻む自分は、まるでシュレッダーだ。

 真っ赤な真っ赤なシュレッダー。


 そう。私は……。

 血まみれのシュレッダー。

 ただ死体を粉々に切り刻む、血まみれのシュレッダーだ。


「あははっ! あははははっ!」


 狂っていなければ到底耐えられない。こんなもの受け止められるわけが無い。


 ユミはひたすら死体を刻む。笑いながら刻む。狂ったように刻む。

 どこまで細かくすれば許されるだろう。分からない。もう何も分からない。

 ぐちゃぐちゃと音を立てるそれらが何なのかも分からない。


「あははははっ!」


 降り注ぐ静かな雨ではこの血は流せない。赤く赤く染まった自分は、また返り血を浴びて赤く染まるだけ。赤に赤を重ねていく。

 ユミは、わけも分からず笑いながらチェーンソーを振るい続けた。


*** 


「ユミさん。もう大丈夫でス」

「……」

「帰りましょウ」

「……」

「もう、十分ですかラ……」


 どれほどの時間が経ったのだろうか。ユミはシュンレイの声にはっとして、ようやく手を止めた。放心状態で立ち尽くす。

 もう何も考えたくない。何もしたくない。こんなはずじゃ無かったという思いがぐるぐる回る。


 右手に持っていたチェーンソーをシュンレイに奪われた。エンジンを切ってくれたのだろう。顔を上げることすら今のユミはしたくない。打ち付ける雨の水滴が、前髪を伝って赤く染まりぽたぽたと落ちていく様子をただ見つめる。


 バサッと音がして、肩が暖かくなった。どうやらシュンレイが着ていた上着を肩に掛けられたようだ。汚れてしまうのにと思う。その上着からはふわりと5番目の香水の匂いがした。妙に落ち着くこの匂いにユミは目を閉じる。荒れ狂った心が少し落ち着いた気がする。やっと冷静に何かを考える事が出来そうだ。


「ユミさん。お疲れ様でス」

「はい……」


 頭上が少し暗くなって、雨が遮られた。傘だろうか。ユミは背後に立つシュンレイを見上げた。シュンレイが傘をさして自分を見ている。


「え……。誰……」


 ユミは思わず呟いた。思っていたシュンレイの姿とは全く異なっていた。


「酷いですネ。分かっているくせ二」

「だってその格好には流石に驚きますよ」


 シュンレイは黒いスーツを着ていた。上着はユミの肩にかけられているため、白い長袖のシャツにネクタイを締めた姿だった。いつものチャイナ服ではない。さらに髪をオールバックにしており随分と印象が異なる。


「これはかつて、私がプレイヤーをしていた時の格好でス。今日はここへプレイヤーとして仕事をしに来たと自分に言い聞かせるためでス」


 ユミが殺人鬼になるために制服を着たように、シュンレイもまた、プレイヤーとして気持ちを切り替えるためにスーツを着たのかもしれない。


「シュンレイさんは、何を着てもカッコイイですね」

「ありがとうございまス」

「私の中のアヤメさんが歓喜してます」

「そうですカ」


 少し嬉しそうな顔をしやがって。


 ユミはシュンレイが持っていたチェーンソーを受け取り自分で持つ。


「帰りましょウ」

「はい。帰ったらbarのキッチン使っていいですか? お腹が空きました」

「えぇ。良いでしょウ。私も食べまス」


 ユミはシュンレイがさす傘に入れてもらう。そして、2人でゆっくり歩いて家へと帰って行った。

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