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6章-8.復讐(4) 2022.5.18

「すまないね。ここからは私達の我儘だ。ここに残っていた人間は全て舞姫を当主にしようとしていた人間だ。カズラを当主にすることを拒んだ人間達だよ。本当は皆、感情も意思もある。君にとっては倒しにくくなってしまうかもしれない。だが、最期だけは人間として戦わせてもらう」

「え……?」


 その瞬間だった。人形だと思っていた残りの5人から強烈なオーラが発せられた。

 それと同時に、当主につながれたワイヤーはそのままに、それぞれの意思で向かって来たのだった。


 その勢いは今までの比ではない。また、一気に戦闘のリズムが不規則になった。当主の意思だけではない。それぞれが意思を持って的確に隙を突いて襲ってくる。


「うっ……」


 さらに一撃が非常に重い。チェーンソーで瞬時に切断するのも難しい。また、それぞれが得意な種別のワイヤーを使っているようだ。そして当主のワイヤーの補助を受けて格段に攻撃の精度が強化されている。

 こんな連携は初めて見た。そこには一方的に操られるだけの主従関係ではない。完全に信頼関係が形成されている。だからこそお互いに身をゆだねながら強力な連携ができている。


「カズラはね。無理矢理当主になろうとしていたが、私から奪うのは諦めたようだね。狂操家という名前は完全に捨てて、ラックの元へ行ってしまったよ」


 要は、現在の当主に正式に当主の座を譲ってもらえない以上、奪おうとしたのだろう。奪うためには現在の当主を殺すしかない。だが、カズラでは現在の当主には勝てない。だから逃げていったと。そういう話だろう。

 狂操家の当主という肩書がそれほどまでに欲しい物なのだろうか。そのあたりの感覚はユミには分からない。名前という物はラベルのようなものだ。それだけで有利な部分があるのかもしれないなと思う。


「君は優秀なプレイヤーだね。今後が楽しみになるくらいに……。でも手加減をしてあげる気はない。我々にもプライドがある」


 手加減など一切望んでいない。全力で向かってきてもらわなければ困る。その全力を自分は叩きのめしたいのだから。

 それに、今の自分はプレイヤーではない。殺人鬼としてここにいるのだ。使命感も正義感もない。私利私欲で殺しに来たのだ。プレイヤーなどと言わないで欲しい。


 話を聞く程に、色々と嫌なものが見えてしまった。当主の意思。考え。人間性。正直聞きたくはなかった。知らずに殺してしまいたかった。そこに意思をもって生きてきた人間がいるのだと思うと急に心がざわつく。さらに、アヤメを本当に追い詰めた張本人達には逃げられてしまっているのだ。気持ちも揺らぎそうになる。

 それでも、自分は狂操家という家を潰すと決めた。この家は残してはいけない。狂操家の血を引くカサネの安全の為にも、今この場で、完全に潰さなければならない。

 そして、どんな理由があっても自分は、アヤメを死に至らしめた狂操家を許さないと決めた。だからこそユミは迷いなくチェーンソーを振るう。


 ここにいる人間は皆、カズラよりもアヤメを支持していたのだという。もしかするとアヤメが最後まで狂操家を皆殺しにするという選択を取らない理由がここにあった可能性もある。これらの人達の事を、アヤメは見捨てられなかったのではないだろうか。また、本当に狂操家の全てが心の底から嫌いだったのならば、皆殺しにするという選択をアヤメが躊躇うとは思えない。

 シュンレイがアヤメの言う事を聞いて、手を出さずにいた理由も、アヤメのそうした気持ちを汲み取っていた可能性がある。


 色々と考えてしまった。自分が考えたところで無駄な事なのに……。


 ユミは当主の周りにいた5人も順番に一人ずつ殺した。手首を切り落とし死体の利用もできないようにする。

 そして、ついに当主だけになる。使える人形はもういない。


「事情は色々あるのだと思います。それでも私は私のために、あなたを殺して狂操家を潰します」

「うん。君は正しいよ。おいで」


 当主は微笑んだ。まるで人間みたいに。


 そういう事をするのは本当にやめて欲しい。

 その微笑みはアヤメに酷く似ている。

 そんな姿を見たく等無かった。


 ユミは感情をぐっと堪える。


 当主のワイヤーが一気に展開される。ユミを殺すためのワイヤーだ。相手が逃げる事は無いと想定している形状だ。

 つまり、逃げたければ逃げろと。向かってくるなら殺すぞと。そういう意図のワイヤーの配置である。当然逃げるはずがない。向かう以外にはありえない。


 ユミが切りこもうとした時、当主は更にワイヤーを展開した。

 密度の高い配置。非常に精密でレベルの高いワイヤーの配置だ。


「これは……」


 ユミはそのワイヤーを見て思わず言葉を漏らす。

 このワイヤーの配置は、アヤメと全く同じではないか。

 なぜ当主がアヤメと同じ戦い方をしようとしているのか。

 理解できない。


「あの子に一匹狼で通用するワイヤーの基本を教えたのは私だよ。あの子のために私が考えた技だ……」

「やめてよ……」


 そんなもの知りたくない。見たくない。やめてくれ。ユミは再び涙が流れるのを感じた。


「あの子を愛してくれてありがとう」

「何それっ……」


 当主によるワイヤーの攻撃はアヤメと全く同じだった。こんなものどうやって攻略すればいいのか分からない。

 アヤメだって呪詛に蝕まれていたからこそ動きが鈍り、ユミの攻撃が届いたに過ぎない。万全の状態の相手では隙も弱点も一切見当たらない。


「君も……。あの子のように笑いながら戦うのだろう? 君は鼻歌も歌うのだったかな……?」

「よくご存知で」


 暗に鼻歌を歌って笑いながら戦えと。そう言っているのだろうか。

 この人もまた、ユミに泣くなと言いたいのか。戦いを楽しめと言いたいのか。


 そういう事であればお望み通りにしてあげよう。

 ユミは鼻歌を奏でる。そして目の前の敵を見据える。

 絶対に倒さなければならない。この場所へは自分のために来たのだ。

 殺人鬼として、皆殺しにするために。


 迷うな。忘れるな。ブレるな。突き進め!


「あははっ! あははははっ!」


 ユミは笑う。全力で殺戮を楽しむために。

 そして周囲のワイヤーを切断した。向かってくるワイヤー、要となるワイヤー、防御に必要なワイヤー、それらを的確なタイミングで正確に切断する。アヤメのギフトのおかげで瞬間的に判断し行動できる。基本的な能力が飛躍的に向上したのが分かる。


「君にはこのワイヤーは、7種類に見えているのかな? 実際には9種類ある。その目でよく見て見なさい。あと2種類がどこにあって、どんな機能なのか。その目があれば分かるはずだ」

「……」


 もう何も言わない。ユミは黙って言われた通り目を使った。

 特別に目を意識して使うと神経にビリビリと痛みが走る。相当な負荷がかかる物なのだと思われる。それでもその目で見ると、確かに当主が言う通り隠されていた2種類のワイヤーを捉えることが出来た。しかし、このワイヤーを見てユミは困惑する。


「どうして……。どうしてこんなものを教えたっ!!!」


 ユミは怒鳴り散らす。到底理解できない。しかし、当主は何も答えずただ穏やかに微笑んでいるだけだ。


「これが、一匹狼の限界だよ。だから狂操家は人形を使う。君ならこの隠された2種類も切れるだろうね」


 隠された残りの2種類のワイヤーは、明確な弱点だった。狂操家の目がなければ見つける事すら出来ないだろうが、見つかってしまえば簡単に破ることが出来る。それほどまでに重要な位置付けにあるワイヤーだった。

 当主はつまり、この2種のワイヤーを切断して自分を倒せと言いたいのだろう。どうしてこんな事を言うのか、今更確認する気も起きない。それが望みならば叶えてあげよう。それだけだ。


 ユミは容赦なく最も重要な2種のワイヤーを的確なタイミングで切断した。その瞬間、展開されていたワイヤーが一気に揺らぐ。明確な隙が出来た。ユミは一気に当主に切り込んでチェーンソーを振るった。

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