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6章-8.復讐(3) 2022.5.18

 ユミは周囲のワイヤーを次々に切り刻んでいく。迫って来るワイヤーには、一切の容赦がない。息継ぎをする隙も無いくらいの密度で迫り来る。

 この攻撃の精度を見ると、流石は当主だと感じてしまう。

 また、ワイヤーの構成が非常に美しい。アヤメを思わせるような隙の無さだ。

 そして周りの人間も一気に襲ってきた。よく観察すると周りの人間はワイヤーで吊られている。動きが少し不自然だ。だが、その人間達もそれぞれワイヤーを操っている。


「まさか……」

「そうだよ。私にはここにいる人間の分だけ腕がありワイヤーを動かすことができる」

「っ……」


 これはまずい。ここにいる全ての人間の統制が正確にとれている。全員操り人形とされることを許容しているとでもいうのか。ユミに切り殺される人間は、捨て駒にされることを許容しているとでも言うのか。到底理解ができない。これが狂操家の戦い方なのか。


「舞姫とは随分ワイヤーの使い方が異なるからね。戸惑うのは無理もない。カズラの方がもっとえげつないよ」


 よく見ると当主以外の人間は、ヘーゼル色の瞳ではない。狂操家の特徴というヘーゼル色の瞳の人間は殆どいないのではないだろうか。


「ヘーゼル色の瞳が気になるのかな?」


 当主は顔色一つ変えずにユミに問いかける。ユミの視線に気が付いたのだろう。

 また、当主は次々と仲間が死体になっていくのに、一切動じていない。


「ヘーゼル色の瞳は正統後継者の証だ。この目を守るためだけに狂操家は存在している。だからその目を持たない狂操家の人間はただの駒なんだよ。生まれた時からずっと。意思も必要ない。ただ、瞳を持った者を守るためだけの存在なんだ」


 胸糞悪い話をしないで欲しい。だからだろうか。ヘーゼル色の瞳を持たない狂操家の人間は一切会話することも表情を変えることも、逃げるという事もせず向かってきては死んでいった。まるでロボットのようだった。


「当主になるのであれば、当然受け入れなければならない。この戦い方を。この仕組みを。あの子は本当に嫌がっていたね」


 アヤメが怒る姿が目に浮かぶ。こんな戦い方を、アヤメが許容するはずがない。

 ユミは次々に向かってくる人間を切り裂いていく。特に手首から先は必ず切り落とさなくてはならない。手首から先さえ残っていれば当主はいくらでも人形として利用できてしまう。本当に気持ちの悪い技だ。狂操家という名前が本当にお似合いだ。狂っている。


「君は本当にワイヤーの戦い方を理解しているようだ。あの子が育てたのだから当たり前か。まさに我々の天敵だね」


 当主は淡々としゃべりながら、次々に狂操家の人間を向かわせてくる。段々と、ユミの戦い方に順応してきているように見える。長引くほど不利になるかもしれない。


「もしあの子が、この技を使っていたら……。SS+ランクになっていた事だろう……」

「アヤメさんはこんな技、絶対に使いません!」

「あぁ。その通りだね」


 ユミは心臓を食べる。本当に普通の味だ。ロボットのように生きている人間なのだから当然だろうなと察する。一族であればそれなりに人間的な交流もあるだろうに。そこには愛情などなかったのかもしれない。それでも重要なエネルギー源だ。全て食らってやる。


「あぁ。カズラが言っていたね。ギフトだったか。君はあの子の心臓を食べたのだろう?」

「っ……」

「狂操家の目を手に入れたのであれば、見える事だろう。この敷地の外まで見てみなさい」


 ユミは戦いながら視野を広げる。すると敷地外周に潜む狂操家の人間の気配があった。そして、それを片っ端から処理するシュンレイの気配も。

 いや、気配とは異なるものだ。周囲の空気の歪みだ。小さな情報から感覚的に分かる。目視しているわけではないがまるで見えているかのように捉えることができる。


「番長はとっくに到着していたよ。私たちが話し始める頃には既にね。そして周りの隠密していた人間を手際よく殺していた」


 この知覚能力が狂操家の目の力だというのか。今までの感覚の数十倍だと感じる。とても人間業では無い。

 アヤメはこんな世界を見ていたというのか。戦闘において、とんでもなく有能な能力だと痛感する。ただ、ユミにはこの目の使い方を常時発動する事はできなさそうだ。エネルギーを多く消費する感覚がある。体に負荷がかかっていると感じた。


「せっかくのあの子からのギフトだ。是非使いこなしてくれ」


 当主はそう言って目を細めた。笑っているのだろうか。真意が分からない。

 そもそも、この能力が外部に漏れる事を危惧して呪詛まで設けて、アヤメを家に縛り付けていたはずだ。それなのに、事実ギフトという経緯でユミに引き継がれた。それを狂操家として許していいとは到底思えない。当主が言っていい言葉とは到底思えない。


「さて。随分と人形を削られてしまったね。しかもしっかりと手首を落としてある。もう使えそうにない」


 そうは言っても、まだ操ることができる人形が少し残っている。残りの人形は5人だろうか。それ以外は殺したが、それでも脅威だ。

 というのも、当主は息一つ上がっていない。一切傷もない。それに引き換えユミは、今の怒涛の攻撃によって致命傷ではないが傷を数か所負っている。息も上がり体力はそれほど残されていない。


「狂操家の呪詛の仕組みはね。当主と重役に権限がある。ヘーゼル色の瞳を持った人間のうち、当主よりも年齢が上、または30歳を超えた者は自動的に重役になる。重役は計6人いた。過半数の票があると呪詛が発動できる。当主が持つ票数は3票、元当主が持つ票数は2票と偏りがあるものの、最終決定に当主や元当主の合意は必須ではない。あくまで過半数。そういう仕組みだ。また、人間の耳では聞き取れないような音を使った装置で呪詛を発動する。総会時にのみ使用可能な特殊な装置で、最低でも3人いないと装置を稼働できない仕組みだ」


 なぜ当主はユミにこのタイミングでこのような話をするのだろうか。何か伝えたい事や気づかせたい事でもあるのだろうか。


「カズラが連れて行った人間の中に、呪詛発動に同意した重役が5人いる」

「……」


 権限を持つ重役は全部で6人。そのうちカズラが連れて行ったのが5人。恐らく、カズラが連れて行かなかったもう一人は、手前で戦った年配の男なのだろう。ラックの元へ行った重役は全てヘーゼル色の瞳を持っているというのだから、それなりの強さを持った人間だろうと推測できる。

 また、何となく話の言い回しで察してしまった。アヤメの呪詛を発動したのは全てカズラ側の人間だと。票数は当主が3票で他が1票。全部で9票があるのだから、過半数は5票。カズラが連れて行った5人の票があれば発動できるわけだ。

 そしてまた、これもまた推測でしかないが、当主は呪詛の発動に対して同意していない。そう思う。


 故に、当主が言いたいことは分かった。アヤメの呪詛を発動させた人間たちは全て、カズラが連れて行ってしまったのだと。ここには残っていないのだろう。本当に復讐したい人間共には逃げられてしまっている。ここでは殺すことができないと分かった。それを伝えたかったのだと分かった。

 ここで狂操家を潰したところでユミ達の復讐は終わらないぞと、復讐を終わるべきではないぞと、そう言いたいのだと感じた。当主はカズラを含む逃げた狂操家の人間達まで確実に殺せと言いたげな様子にも思う。


 また、当主がこのタイミングで追加の情報を開示した理由についても。ユミは何となく察してしまった。

 呪詛の仕組みはシュンレイも知らないと言っていたはずだ。シュンレイも知らないという事は、アヤメも知らなかったという事だ。つまり、簡単に開示してはいけない類の情報だったと考えられる。

 故に、ユミが殆どの狂操家の人間を殺したからこそ、情報開示できるようになったのではないかと思うのだ。そう考えると、胸糞悪さが湧いてくる。当主の思惑が少しずつ見えてくる。


 ユミは必死でその考えを振り払う。そんな物、自分は配慮する必要なんてない。気持ちがブレるなんてあってはいけない。

 ここへは殺人鬼としてきたのだ。やるべき事をやる事が最優先。


 ユミはしっかりとチェーンソーを構え次の攻撃に備えた。

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