ユミは心臓のない死体を中庭に積む。そして順番に小さく小さく刻んでいく。
正直、ここにいた人間共も手ごたえが無かった。この程度の実力で、よくもアヤメを家に縛り付け、好きに利用しようとしてくれたなと憤りを隠せない。門扉近くに固まっていた人間よりは強かった。ワイヤーの精度も高かった。だが、アヤメの足元にも及ばない。
ユミは全てをぐちゃぐちゃの肉塊へ変えると、最奥を目指す。次の建物群が最後だ。そこに重役が固まっているに違いない。気持ちを整える。
狂気はそのままに。殺意もそのままに。その場を全て支配するかのように。ゆっくりと進んでいく。
そして最後の中庭だ。たどり着いた瞬間に、ユミは周囲からの冷え切った視線を感じた。建物の内側からじっと自分の事を見ている鋭い視線が沢山ある。
「ユミちゃんだよー! 皆さん。殺し合いの時間です!」
ユミは満面の笑みで、ソプラノの声で発した。
全員さっさとかかってこい。
まとめて一気に殺してやる。
だが、誰一人として動かない。こちらの様子をじっと見ているだけだった。
そんな中、正面の最も豪華な装いの建物の中、一つの人影が立ち上がったのが見えた。
そしてその影はゆっくりとこちらへと歩いてくる。
「随分と派手に暴れてくれたね」
男は屋根の下から出て屋外までやって来ると、落ち着いた声色でそう言った。
現れたのは、ヘーゼル色の瞳を持つ40代から50代と見える着物を着た男だ。オーラからしてSSランクで間違いがない。一切の動揺もなく落ち着き払った様子だ。その様子から狂操家の当主ではないだろうかと思う。
「えへへ。まだ暴れ足りないんですけど」
ユミはにっこりと笑う。
「舞姫にそっくりだな。その表情。あの子は死んでもなお我々を許さないという事か……」
男は自嘲気味に笑っている。一体何の話をしているのやら。
「私は狂操家の現在の当主だ。少し話をしようじゃないか」
「むぅ……」
交渉など持ちかけられたら厄介だ。
とはいえ、この男が話す内容が気にならない訳じゃない。一体自分と何を話したいのか。全く想像ができない。
幻術師でもないのだから、会話で罠に嵌めようとするとも考えられない。少しくらいなら聞いてあげるのはありかもしれない。
それに、この男は強者だ。アヤメよりも強いかもしれないと感じる。そして、この余裕。彼の落ち着いた態度からも、明らかに格上だろう。
だからと言って恐れる事など何もないのだが。丁寧に持ち掛けられた提案を断る程の、不躾な態度をとるべきではないと本能的に感じてしまった。
「少しなら良いですよ」
「分かった。少しだけだ」
周囲の人間が襲ってくる気配はない。当主もいきなり攻撃を仕掛けるつもりはないのだろう。
ユミは武器を下ろし、話を聞く態勢に入った。
「君がここへ来たのは、復讐かな?」
「そうですよ」
「舞姫の弟子の子だね」
「はい。アヤメさんの弟子です」
話というよりは、質疑応答だろうか。
答えて困るものではないので答えるが、一体何がしたいのか全く分からない。
「アヤメという名前はね、あの子の母親が付けた名前だ。この家では母親しかあの子の事をアヤメとは呼ばない。あの子の母親はあの子だけを愛していた。あの子の父親は誰だか分からない。一体誰なんだろうな」
そんな話は初耳である。
「異端の子は異端。同じ末路を辿ったわけだが。異端ゆえに全てが強かった。狂操家の呪いは変だと思わないか?」
当主は一体何の話をしているのだろか。全く意図が分からず気持ちが悪い。
「一体誰が考えたものなんだろうか。古くからある呪詛だ。死ぬまでの猶予が約10時間もある。その間狂操家の人間であれば、それなりに動くことができる。そして、自害ができない。まるで強者には復讐する時間を強制的に与えるようだ。強者に従わなければ滅びるぞと言いたげだ」
確かに言われてみればおかしい。裏切者を殺すことが目的であれば即死で問題ない。徐々に腐るという工程は、単純に苦しませるためのものだと考えていたが、狂操家のワイヤー技術があればアヤメのように最期まで戦う事が出来てしまう。
苦しませたいだけならば、動けるような状態である必要が無い。無害化した状態で苦しんで死ぬようにすればいいだけだ。
「君が来た事で確信したよ。あの子が残した物はとんでもない物だった。狂操家にとっての呪詛そのものだ。遥か昔から嵌められていたのだろうとすら思う。統制を呪詛に頼り、武力を遺伝に頼った時点で破滅するようにできていた。そういう呪いなのだろう」
勝手に話を進められても困る。当主は一体何が言いたいのだろうか。自分に話すというよりは独り言のように思う。
「さて。ここに来るのは君だけかな?」
「いいえ。もう一人きますよ? すごーく強い人が。この仕事はSS+ランクの仕事ですから。私はBランクなので補助です」
「成程ね。その強さでBランクか。面白い事をするね」
「これからメキメキ上がるので問題ありません」
「あぁ。そうだろうね」
当主は焦る様子もない。もう一人プレイヤーがここへ来る前に、さっさとユミを殺してしまった方がいいだろうに。
「番長かな」
「はい。そうです」
当主は何を見据えているのだろうか。遠くを見るような目をしている。
終始会話の意図が分からずユミは困惑する。
「君達にはすまないが、お目当てのカズラは随分前に逃げてしまったよ」
「え……」
「カズラとその部下複数人。既にラックの元へ行ってしまった。すまないね」
「……」
なぜ当主が謝るのか。理解ができない。当主の立ち位置が本当に分からない。
「カズラはね。呪詛が施された臓器を食べたそうだ。そして正気を保ったままでいられたと言っていた」
「なっ……!?」
「カズラは明らかに力が増していた。とはいえ、実力は私や舞姫には劣るようだったけれどね。ただ、呪詛というものは取り入れた分だけ強くなるのだろう? 今後も力を増す可能性があるね」
そんな情報をなぜユミに話すのだろうか。この場でユミを確実に殺すつもりだから情報を公開したのか。
「私から君に今の時点で言える事はこのくらいかな。さて。お話は一旦これでおしまいだ。君の望み通り殺し合いをしよう。私たちは狂操家だ。当然戦闘では手を抜かない。全力で行かせてもらう」
その瞬間当主から攻撃的な強者のオーラと、ひりつくような殺気が放たれた。
これは、明らかにアヤメ以上ではないだろうか。SSランク最上位のレベル。この男は本当に強い。だが、負けるつもりは一切ない。
「いかせてもらうよ」
「はい!」
ユミは笑顔で答えると高らかに笑った。