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6章-8.復讐(2) 2022.5.18

 ユミは心臓のない死体を中庭に積む。そして順番に小さく小さく刻んでいく。

 正直、ここにいた人間共も手ごたえが無かった。この程度の実力で、よくもアヤメを家に縛り付け、好きに利用しようとしてくれたなと憤りを隠せない。門扉近くに固まっていた人間よりは強かった。ワイヤーの精度も高かった。だが、アヤメの足元にも及ばない。


 ユミは全てをぐちゃぐちゃの肉塊へ変えると、最奥を目指す。次の建物群が最後だ。そこに重役が固まっているに違いない。気持ちを整える。

 狂気はそのままに。殺意もそのままに。その場を全て支配するかのように。ゆっくりと進んでいく。

 そして最後の中庭だ。たどり着いた瞬間に、ユミは周囲からの冷え切った視線を感じた。建物の内側からじっと自分の事を見ている鋭い視線が沢山ある。


「ユミちゃんだよー! 皆さん。殺し合いの時間です!」


 ユミは満面の笑みで、ソプラノの声で発した。


 全員さっさとかかってこい。

 まとめて一気に殺してやる。


 だが、誰一人として動かない。こちらの様子をじっと見ているだけだった。

 そんな中、正面の最も豪華な装いの建物の中、一つの人影が立ち上がったのが見えた。

 そしてその影はゆっくりとこちらへと歩いてくる。


「随分と派手に暴れてくれたね」


 男は屋根の下から出て屋外までやって来ると、落ち着いた声色でそう言った。

 現れたのは、ヘーゼル色の瞳を持つ40代から50代と見える着物を着た男だ。オーラからしてSSランクで間違いがない。一切の動揺もなく落ち着き払った様子だ。その様子から狂操家の当主ではないだろうかと思う。


「えへへ。まだ暴れ足りないんですけど」


 ユミはにっこりと笑う。


「舞姫にそっくりだな。その表情。あの子は死んでもなお我々を許さないという事か……」


 男は自嘲気味に笑っている。一体何の話をしているのやら。


「私は狂操家の現在の当主だ。少し話をしようじゃないか」

「むぅ……」


 交渉など持ちかけられたら厄介だ。

 とはいえ、この男が話す内容が気にならない訳じゃない。一体自分と何を話したいのか。全く想像ができない。

 幻術師でもないのだから、会話で罠に嵌めようとするとも考えられない。少しくらいなら聞いてあげるのはありかもしれない。


 それに、この男は強者だ。アヤメよりも強いかもしれないと感じる。そして、この余裕。彼の落ち着いた態度からも、明らかに格上だろう。

 だからと言って恐れる事など何もないのだが。丁寧に持ち掛けられた提案を断る程の、不躾な態度をとるべきではないと本能的に感じてしまった。


「少しなら良いですよ」

「分かった。少しだけだ」


 周囲の人間が襲ってくる気配はない。当主もいきなり攻撃を仕掛けるつもりはないのだろう。

 ユミは武器を下ろし、話を聞く態勢に入った。


「君がここへ来たのは、復讐かな?」

「そうですよ」

「舞姫の弟子の子だね」

「はい。アヤメさんの弟子です」


 話というよりは、質疑応答だろうか。

 答えて困るものではないので答えるが、一体何がしたいのか全く分からない。


「アヤメという名前はね、あの子の母親が付けた名前だ。この家では母親しかあの子の事をアヤメとは呼ばない。あの子の母親はあの子だけを愛していた。あの子の父親は誰だか分からない。一体誰なんだろうな」


 そんな話は初耳である。


「異端の子は異端。同じ末路を辿ったわけだが。異端ゆえに全てが強かった。狂操家の呪いは変だと思わないか?」


 当主は一体何の話をしているのだろか。全く意図が分からず気持ちが悪い。


「一体誰が考えたものなんだろうか。古くからある呪詛だ。死ぬまでの猶予が約10時間もある。その間狂操家の人間であれば、それなりに動くことができる。そして、自害ができない。まるで強者には復讐する時間を強制的に与えるようだ。強者に従わなければ滅びるぞと言いたげだ」


 確かに言われてみればおかしい。裏切者を殺すことが目的であれば即死で問題ない。徐々に腐るという工程は、単純に苦しませるためのものだと考えていたが、狂操家のワイヤー技術があればアヤメのように最期まで戦う事が出来てしまう。

 苦しませたいだけならば、動けるような状態である必要が無い。無害化した状態で苦しんで死ぬようにすればいいだけだ。


「君が来た事で確信したよ。あの子が残した物はとんでもない物だった。狂操家にとっての呪詛そのものだ。遥か昔から嵌められていたのだろうとすら思う。統制を呪詛に頼り、武力を遺伝に頼った時点で破滅するようにできていた。そういう呪いなのだろう」


 勝手に話を進められても困る。当主は一体何が言いたいのだろうか。自分に話すというよりは独り言のように思う。


「さて。ここに来るのは君だけかな?」

「いいえ。もう一人きますよ? すごーく強い人が。この仕事はSS+ランクの仕事ですから。私はBランクなので補助です」

「成程ね。その強さでBランクか。面白い事をするね」

「これからメキメキ上がるので問題ありません」

「あぁ。そうだろうね」


 当主は焦る様子もない。もう一人プレイヤーがここへ来る前に、さっさとユミを殺してしまった方がいいだろうに。


「番長かな」

「はい。そうです」


 当主は何を見据えているのだろうか。遠くを見るような目をしている。

 終始会話の意図が分からずユミは困惑する。


「君達にはすまないが、お目当てのカズラは随分前に逃げてしまったよ」

「え……」

「カズラとその部下複数人。既にラックの元へ行ってしまった。すまないね」

「……」


 なぜ当主が謝るのか。理解ができない。当主の立ち位置が本当に分からない。


「カズラはね。呪詛が施された臓器を食べたそうだ。そして正気を保ったままでいられたと言っていた」

「なっ……!?」

「カズラは明らかに力が増していた。とはいえ、実力は私や舞姫には劣るようだったけれどね。ただ、呪詛というものは取り入れた分だけ強くなるのだろう? 今後も力を増す可能性があるね」


 そんな情報をなぜユミに話すのだろうか。この場でユミを確実に殺すつもりだから情報を公開したのか。


「私から君に今の時点で言える事はこのくらいかな。さて。お話は一旦これでおしまいだ。君の望み通り殺し合いをしよう。私たちは狂操家だ。当然戦闘では手を抜かない。全力で行かせてもらう」


 その瞬間当主から攻撃的な強者のオーラと、ひりつくような殺気が放たれた。

 これは、明らかにアヤメ以上ではないだろうか。SSランク最上位のレベル。この男は本当に強い。だが、負けるつもりは一切ない。


「いかせてもらうよ」

「はい!」


 ユミは笑顔で答えると高らかに笑った。

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