綺麗に洗ってクローゼットに仕舞ってあったセーラー服を着て。
玄関でローファーを履いて。
メンテナンスしたチェーンソーをスポーツバックに入れて。
「パパ。ママ。行ってきます」
私は呟く。
玄関のカギを開け扉を開いて、私はしとしとと降り続く雨の中、傘をさして家を出た。
***
制服は象徴だった。
自分のための殺しをするための象徴。
だからプレイヤーになった日から、制服を着た事は1度もなかった。
これからやる事は仕事じゃない。
私利私欲の殺人だ。
だから私は制服を着た。
この服を着ると不思議と気持ちが切り替わる。
そう、今の私はプレイヤーじゃない。
殺人鬼だ。
「あははっ。あははははっ!」
笑いが止まらない。
これから繰り広げる殺戮が楽しみだ。
門の向こう側にいる人間共の様子が手に取るように分かる。
皆警戒しているようだ。
ユミはニヤリと笑い狂操家の門扉の前に立つ。
ワクワクする。
この高揚感はたまらなく気持ちが良い。
狂操家の人間共は一体どんな顔をして死んでいくのだろうか。
酷く歪めてくれたらいいと、心から思う。
ユミは一呼吸置くと、チェーンソーを振り上げ、狂操家の家の門扉へ一気切り込んでいった。
***
門扉を粉々に破壊した瞬間、いくつものワイヤーが飛び交った。しかし、どれもキレが悪い。軌道もタイミングも丸分かりだ。何ともつまらない攻撃だった。
ユミは難なく避けて近くの人間から切り裂いていく。そして同時に心臓を抉り出し食べる。流れるような動きでそれを繰り返す。手ごたえのない人間ばかりでびっくりしてしまう。
心臓の味はどれも普通だった。不味くはないが、普通の味だ。愛のない人間なのだろう。つまらない人間共だと思う。
狂操家の人間は次々に向かってくる。だが、ユミの勢いは止まらない。ワイヤーを効率的に切断し切り込む。全く歯ごたえのない攻撃に興ざめだ。
「狂操家ってこんなもんなの?」
ユミは心臓を食らいながら首をかしげて言う。
ワイヤーの攻撃とはこの程度なのだろうか。アヤメに比べたら、子供のお遊びにしか見えない。真面目にやって欲しいとすら思う。
と、そんな事を考えていると、近くで心臓を抜き取った死体が動き出した。成程。これが狂操家の本来の技という事か。死体なのだから当然気配がない。ワイヤーの動きが分からなければ戦いにくいだろうなと察する。
とはいえ、ワイヤーの動きが全て見えているユミには一切通用しない。再利用できないように、死体を細かく切断した。その際に返り血を大量に浴びる。なんだか懐かしい気持ちになった。
「あははははっ!」
あぁ。そっか。これでいいんだ。
みんなみんな。ぐちゃぐちゃにしてあげよう。
男か女か、大人か子供かも分からないくらい。
ぐちゃぐちゃの肉塊にしてしまえばいいんだ!
ユミは高らかに狂ったように笑う。
しかし、一方で狂操家の人間は顔色一つ変えずに向かってくる。気持ちの悪い集団だ。大人も子供も関係なく、無言で向かってくる。
話し合う様子もない。逃げる様子もない。まるで機械のようだ。人間味のない不気味な一族だ。アヤメとは大違いだ。アヤメに似た人間がいたらどうしようかと少し戸惑ったが、心配する必要は一切なさそうだ。
ユミは心置きなく破壊の限りを尽くした。
***
約30分ほど暴れただろうか。周りには細かく刻んだ死体だけになった。
向かってくるものはおらず、静かに雨が地面を打つ音とユミのチェーンソーのエンジン音しかしない。だが、まだSSランクの人間は現れていない。ユミは周囲の気配を確認する。残っているはずだ。一体どこだろうか。ユミは周囲に気を配りながら敷地の奥に向かって歩みを進める。
狂操家は晩翠家のように古い木造の低層の建物だった。敷地は晩翠家よりも遥かに広く、人数も圧倒的に多い。
シュンレイから貰った地図には航空写真も付けられていた。入り口から奥に行くほど豪華な造りの建物のように見える。きっと奥に行けば行くほど強い人間がいるのだろうなと察する。
ユミは建物内には入らずに屋外の庭の通路を通っていく。ワイヤーを建物内で使用されると厄介だ。詳細な建物の平面図が頭に入っていない状態では、建物内での戦いは不利になる。基本は屋外での戦闘を心掛けたい。
門扉近くにいた狂操家の人間は、あまりアヤメのような特徴を持った人間はいなかった。ヘーゼル色の瞳を持った人間は1人もいなかった。
狂操家の人間の特徴というのは一部の濃い血の人間だけが引き継ぐ特徴なのだろうと察する。その他大勢は普通の見た目をしているのだろう。それでも狂操家の血が混じった人間は身体的なポテンシャルが高くワイヤーを操る能力に長けているのだと推測できる。
しばらく歩いたところでユミは歩みを止めた。囲まれたようだ。一体何人いるのだろうか。
広い中庭に出たところで綺麗に周囲を塞がれてしまったようだ。既に沢山のワイヤーが展開されているのが分かる。ただ、すぐには攻撃してくる様子がない。これは牽制するためのワイヤーのようだ。さっさと切り崩してしまってもいいのだが相手の意図が分からない。ユミは大人しく狂操家の動きを待った。
「小娘が一人で何の用だ? ここは狂操家だ。自分が一体何をしているのか理解しているのか?」
1人の年配の男が姿を現して歩いてきた。白髪交じりの髪にヘーゼル色の瞳を持っている。年配といえどもオーラは凄まじく、強者である事は明らかだ。
しっかりとした着物を着ており、見るからに位が高そうだ。SSランクのように見える。狂操家にはカズラを含めて3人SSランクの人間がいたはずだ。そのうちの一人がこの男だろう。狂操家の重役かもしれない。
「理解してるよー。当たり前じゃん」
ユミはそう答えながら、チェーンソーに付いた肉塊を遠心力で振り落とす。これからここにある沢山のワイヤーを切断しなければならない。しっかりとチェーンソーの準備を行う必要があるだろう。
「お前。ハートイーターか」
「え。何それ……」
「舞姫に付いていた娘だろう」
「もしかしてそれ、私の通り名? やめてよ。全然可愛くない……」
「あの子の弟子か」
「そうだよ」
「復讐か?」
「勿論。復讐に決まってるでしょ。絶対に許さないよ。それと……。私の事は、ユミちゃんって呼んでよねっ!」
ユミは言い終えた瞬間、一気に駆け出した。男との距離を詰めチェーンソーを大きく振るう。しかしながらチェーンソーは空を切り裂いた。
流石だ。しっかりと避けられた。
ユミのトップスピードを避けられる人間は少ない。流石はSSランクだと感じる。
どうやらこの男は、ワイヤーを自身にも絡めて回避に利用しているのが分かる。老化で身体能力が落ちた部分を補強しているのかもしれない。
ユミは周辺の重要なワイヤーを次々に切断する。簡単に機能の見分けができてしまうワイヤーの配置には呆れて笑ってしまう。
アヤメのワイヤーは綺麗に隠していた。重要なワイヤーを見分けるのすら困難な展開をしており、それゆえに隙が無く美しかった。それに比べると、本当に雑な造りだなと思う。
「チッ……」
男は随分と戦いにくそうだ。ここまでワイヤーを攻略された事等無いのだろうなと察する。
と、その時、周囲の気配に動きが出た。どうやら一斉に攻撃してくるようだ。複数人のワイヤーの連携などうまくいくものだろうか。お互いのワイヤーの位置を見誤れば絡まって逆に失敗すると思うのだが。
ユミは周囲からのワイヤーの攻撃も難なく避けきる。しかし、厄介だ。これでは年配の男を処理するのに手間がかかる。周囲からの攻撃の手数は少ないにしろ、遠距離からの攻撃は面倒だなと感じる。
「これはごり押しかなぁ……」
ユミは意識を集中する。そして鼻歌を奏でた。
鼻歌は妙に周囲に響いた。静かな雨の音と相まって効果はより一層強まる。
その鼻歌に、周囲の人間共が強ばったのが手に取るように分かった。不思議な感覚だ。
怒りを力へ。
狂気を纏って。
この人間どもを終焉へ導いてあげよう。
「あははははっ! あははっ! あははははっ!」
こんなもの、狂ってしまえば何の問題もない。心なしか目が良く見える気がする。
周囲の人間の位置、建物の形状、次の展開が見える。こんな事は初めてだ。五感を通じて読み取った周囲の状況が全て整理されて頭に入ってくる。唐突に理解できる。クリアな脳みそはその情報を瞬時に捌いて最適解を示す。もしかすると、これはアヤメからのギフトだろうか。そんな気がする。
「アヤメさん。一緒に行きましょう!」
ユミは一気に地を蹴った。年配の男を一撃で仕留めると、周囲の人間を次々に処理した。どこにいて何をしようとしているのか、全てが見える。先回りして仕留めるなど容易い作業だ。ユミは容赦なく一気に蹴散らしていった。