シュンレイは悪くないと言ったが、不適切なランクの状態を放置した事や、怒りのコントロールが咄嗟に出来なかった事など、自分にも悪い点があったと感じる。
ユミが望む他人との関わり方を実現させるためには、例え悪くないと言われたとしても、相手を力で押さえつけるやり方は最善ではない事くらい分かる。時には力を見せて従わせる事が必要な場面もあるかもしれないが、そんな方法で作り上げた関係は望まない。
ユミがこちらの社会に来てから、周りの人間達はユミを力で押さえつけて従わせようとしてきたことなど1度も無かった。そんな風に接してくる人間はいなかった。自分が尊敬する人達は皆優しく導いてくれる存在だった。
力があるのであれば、自分も周りからそんな風に見られたいと感じる。そのためには、ただ甘く優しいだけではダメなのだと痛感する。なんでも許すことは良い事は無い。お互いに適切な距離感と立場をわきまえる事は、ユミが理想とする関係性を築くための前提条件として必要不可欠なのだと理解した。
と、そこへbarの外に気配を感じた。2人近づいてくるだろうか。
そしてしばらくすると、ユズハとフクジュがやってきた。ユズハの両手は背中に回されフクジュに拘束されている。無理矢理連れてこられたような状態に見える。
「フクジュさん、ありがとうございまス」
「いえ。これくらいなんでもありません」
ユズハは顔面蒼白だ。怯えているように見える。
「さテ。ユズハさん。何故ここへ連れてこられタか分かりますカ?」
「……」
「ユズハさん。シュンレイさんに聞かれております。答えなさい」
押し黙るユズハにフクジュが催促する。ユズハはバツが悪そうにゆっくりと口を開いた。
「私がユミさんに失礼な態度を取り、問題を起こしたからです」
「えぇ。その通りでス」
シュンレイはパイプタバコを吸いながら答える。
「っ……。ユミさんごめんなさい! 失礼な事をしました。どうか許して下さい! お願いしま――」
「やめなさイ。命乞いなどみっともなイ」
ユズハが言い終わらないうちにシュンレイが言葉を遮った。
「ユズハさん。アナタは格上には何も言わない癖に格下や同格と判断しタ相手には随分な態度を取ルようですネ。現に、ザンゾーやアヤメさんが笑っているのに対しては、何一つ苦言を呈していなイ。しかし一方でユミさんやモミジさんには自分の常識を押し付けテ笑うなと強要すル。そして見下しバカにすル。失礼な態度をとってモ問題ないと判断していル。彼女たちを格上でないと判断した証拠でしょウ。格上には従い格下には威圧するスタンスのアナタであれば尚更……、今ここでユミさんに対して取るべき行動は何だか分かりますカ?」
「はい……。黙って格上のユミさんの判断を待ち、その決定に従う事です……」
「えぇ。その通りでス。格上のユミさんに死ねと言われたラ黙って死ぬべきでス。少なくとも命乞いなどすべきでは無イ」
「っ……」
ユズハは苦虫を噛み潰したような顔をしている。何を考えているのか分からない。納得していないのかもしれない。
「ユズハさん。ユミさんの実力分かりますカ?」
「いえ……」
「SSランクでス」
「え……、私そんなの知らない……。知っていたらそんな事……」
ユズハは困惑した顔をした。そんなユズハを見たシュンレイの金色の瞳が鋭く光る。その瞬間ユズハは目を見開き口を噤んだ。
「ユミさんが格上である事を見抜けなかっタのはユズハさんの未熟さが原因でス。知らない分からないで許されル社会では無いのは分かるでしょウ。赤ん坊ならまだしも10を超えたなラ許されル話ではありませン。六色家ではそんな教育をしているんですカ?」
「っ……」
「ユズハさんの言動から察すルに、六色家では大した教育はされてないんじゃないですカ?」
「そんな事っ……! 六色家の事をよく知りもしないのに侮辱しないでください!」
「その言葉、そのままお返ししまス。アナタはユミさんの両親の事を知っていたんですカ? よく知りもしない癖に侮辱したんじゃないですカ? 一般人家庭だからとタカをくくって見下しタ。さも六色家の教育指導が優れていルと、疑うこと無ク」
「……」
「いくら温厚なユミさんでモ、そんな事を言われれば怒ルのは当然でス。ユズハさん。アナタは自分が何をしたのか、理解出来ましたカ?」
「……」
ユズハは思い詰めた顔をしていた。
シュンレイに叱られて、自分が何をしてしまったのかやっと理解したといった状態に見える。
「さて。ユミさん。ユズハさんをどうしましょうカ?」
「そうですね……」
ユミは立ち上がりユズハの前に無表情で立つ。フクジュに拘束されたユズハは、ゆっくりと顔を上げユミを見た。相変わらず怯えた顔をしている。
「煮ルなり焼クなり好きしテ構いませン」
「念の為私の方で、苦しまずに死ぬ事ができる毒と、苦しんで死ぬ毒を用意しております。使う場合は仰ってください」
フクジュは2本の注射器を取りだしてユミに見せ、近くのテーブルに置いた。
ユミはユズハの顔を覗き込む。するとユズハは目を逸らした。そのためユミはユズハの顎をつかみ強制的に自分と目を合わせる。
目を覗き込むと何となく何を考えているのか分かる気がした。恐怖の色が濃いが、どこか深刻さが足りないように思う。殺されはしないだろうと思っていそうだ。何だかんだで許してもらえると、そう思っているように感じた。