しばらく外を歩こうと思う。
ユミは宛もなくふらふらと歩きだす。
どこへ行けばこの気持ちは晴れるだろう。
どうすればいいのだろう。
何も分からない。
こんな時、誰かに甘えて慰めてもらいたい。そんな気持ちが芽生える。情けないと思う。何かに縋りたくて仕方ない。大丈夫だよって頭を撫でて欲しい。優しく抱きしめて欲しい。そんな願望がとめどなく湧いてくる。本当に弱いなと思う。こんな自分はとてもじゃないが好きになれない。
ユミは深呼吸をする。気持ちの切り替えは得意なはずなのになかなか上手くいかない。完全に自分の落ち度だ。言い訳のしようがない。全て自分に返ってくる。苦しいなと思う。
外はこんなにいい天気なのに、心は全く晴れない。降り注ぐ柔らかい日差しも、優しく吹き抜ける風も、自分を癒してはくれない。
どうすればいいだろうか……。
何も分からないまま歩き続け、気がつけばユミはbarの扉の前に立っていた。
結局ここに来てしまった。
ユミはbarの扉を開ける。
するとそこにはいつも通りパイプタバコを吸いながら読書をするシュンレイの姿があった。
「遅かったですネ」
「……」
何でもお見通しなのだろうか。きっとフクジュから連絡がいったのだろうなと察する。
「こちらへどうゾ」
シュンレイは向かいの席へ座るようユミに促した。ユミは促された席に座りシュンレイを見た。何から言えばいいだろうか。話し始めはやはり迷ってしまう。
「フクジュさんから、全て聞いていまス。最初から最後まデ、一言一句漏らさズ。ユミさんはどうしたいですカ? ユズハさんを殺しますカ?」
「え……?」
「別に殺して構いませン。ユミさんには殺す権利がありまス」
ユミは困惑する。殺すなどそんな事をするつもりは全く無い。そんな考えは頭に全くなかった。
権利と言われてもよく分からない。殺す権利なんて、一体どういう事なのだろうか。
「結論から言いましょウ。ユミさんは何も悪い事をしていませン。全てユズハさんが悪イ。ですから殺してモ構わなイ。私はそう言っていまス」
ユミは俯いた。
分からない。シュンレイが何を言っているのか分からない。
ユミが黙っているとシュンレイは静かに口を開いた。
「こちらの社会では、力が全てでス。強いものが正しイ。シンプルで分かり易い構図でス。年齢なんて一切関係ありませン。強さが正しさになりまス。この考え方はユミさんには少し抵抗があるかもしれませン」
「強さが正しさ……」
強い人間の言うことが全てだと。弱い人間は口出しするなど許されない。そういう事だろうか。
「従っテ、格下が格上に喧嘩を売ルなど言語道断。殺してくださイと言っていルようなものでス。今回の件で言えバ、格下のユズハさんが格上のユミさんを怒らせたのですかラ、殺されてモ文句は言えないでしょウ」
「……」
言っている事は分かったが、ユミはそんな事はしたくないと思ってしまう。力でねじ伏せて従わせるなど、そんな事は望んでいない。
そんな関係に何の価値があるだろうか。そんな関係でしか人と関われないのであれば、何も楽しくないとそう思ってしまう。これは甘い考えだろうか。分からないがとても嫌だと感じた。
「私は……」
なんと言ったらいいのか分からない。うまく言葉が出てこない。だが、自分の考えは言わなければならないだろう。シュンレイに伝えなければならない。ユミは何とか言葉を絞り出すように口を開いた。
「私はそんな事、したくない……。みんなを怖がらせたくなんて無かった……。怯えた顔を思い出したら……、なんて事をしてしまったんだって……。みんな怯えてました……。私……。なんてことを……」
「落ち着きなさイ。まずは、殺気について教えましょウ」
ユミは顔を上げてシュンレイを見た。
シュンレイはいつも通りだ。シュンレイのように、どんな時でも変わらずいられたらいいのにと思ってしまう。
「人間は怒ると必ず殺気を放ちまス。これは抑えようがありませン。殺気の強さは力の強さに比例しますかラ、ユミさんは相当強烈な殺気を放つことになるでしょウ。自覚はありますカ? アナタはSSランク相当の強さを既に持っていまス」
「え……?」
「周りの人間が強すぎルのが悪いですネ。とはいえ、そろそろ自覚を持ちなさイ。アナタは強イ」
「はい……」
自覚を持つとは難しいなと思う。具体的にどうすればいいのだろうか。どういう心構えでいればいいのだろうか。
「発言や行動には力があり、責任を伴いまス。例えユミさんが望んでいなくてモ、ユミさんは他人を好きに出来てしまう力を既に持ってしまっていルということでス。他人から舐められルような行動は、お互いのためになりませン。今回のようなトラブルになりまス。ですかラ、今後は強い者としての振る舞い方を知っていく必要があるでしょウ」
力を持つ者としての振る舞い方。
想像ができない。舐められないようにするという事だろうが、具体的に何をすればいいのかまでは分からない。
「まずは独り立ちしなさイ。プレイヤーランクが最も分かりやすイ」
「はい……」
やはり1番は独り立ちなのだろう。SSランクと言われている人間に、格下は喧嘩を売る訳が無いのだ。誰でも分かる、最もシンプルで最適な方法だろう。
前にザンゾーも言っていた。界隈の認識がバグるからさっさと独り立ちしろと。こういうトラブルを懸念していたのかもしれない。
「あとは、堂々としていなさイ。もっと自分に自信を持ってくださイ。アナタはアヤメさんと私の自慢の教え子なんですかラ。バカにされていい人間ではありませン。分かりましたカ?」
「はい」
そうだ。こんな凄い人達の教え子なのだから、バカにされていい訳が無い。バカにされることを許していい訳が無い。
自分がちゃんとしなければ、アヤメやシュンレイまでもが舐められてしまう。そんな事はあってはいけない。そう思えた。
「相手の力量を測ルのに、プレイヤー間ではよく握手をしまス。交流をすル相手とは積極的に握手を行うといいでしょウ。ある程度のランクのプレイヤーであれば握手をすルだけデ相手のレベルが分かり、取るべき態度も自動的に決まりますかラ。トラブルを避ける事ができるでしょウ」
やはり握手には意味があったようだ。確かに相手の手を握ると強さが何となく分かる。少なくても自分より強いのかどうかは確実に分かる。
正確に力量を把握することで距離感や接し方を間違えないようにできるということだ。今後関わっていく人間とは握手するよう心がけようと思う。
「あとはそうですネ。アンガーマネジメント……」
「アンガーマネジメント?」
「えぇ。怒りをコントロール方法でス。怒れば確実に殺気を発すルのですかラ、それを避けたいのであれバ怒らないようにすルしかありませン。これは非常に難しい事でス。まずは自分がどんなことに対して怒るのかを理解すル必要があるでしょウ。恐らく、ユミさんは自分の事を悪く言われてモ、それ程怒らないでしょウ。怒りは抑えられルはずでス。しかし、尊敬していル人が侮辱されタり、大事な人が傷つけられタ時には怒るのではないでしょうカ?」
確かにその通りだと思う。自分が悪口を言われている間は不愉快ではあったが我慢できた。しかし両親の事を悪く言われたと思った瞬間、湧いてきた怒りをどうする事も出来なくなってしまった。
「自身が怒ルポイントを理解出来ていれば、怒りを抑え易くなりまス。よく自分と向き合ってみるといいでしょウ」
「分かりました」
今後は自分の立場を理解して、相応の振る舞いをしなければならない。そうしなければこのようなトラブルを招いてしまう。立ち振る舞いは直ぐに変えられるものでは無いだろうが、常に心がけていこうと感じた。