目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
6章-6.立場(2) 2022.5.7

 なんとかユズハとモミジの仲裁が出来ればと思っていたが、どうやら簡単な事ではなさそうだ。

 ユミの言葉を聞いたユズハは黙ったままだ。これはあまり感触が良くないと何となく分かる。フクジュの研究施設の2階の廊下で、ユミは棒立ちで困り果てる。

 また、正面に立つユズハは心底呆れたような表情でユミの事を見ている。馬鹿にされているようで、とても嫌な気持ちになった。


「はぁ……。これだから一般人は嫌なんです……」

「え……?」

「ユミさんがどんな教育を家庭で受けて育ったか知りませんが、その常識を私たちに押し付けないでください。そんな生ぬるい環境と一緒にされては困ります」


 ユズハのきつい口調から、これは相当嫌われているなと感じる。

 何となく薄々感じてはいた。ユズハには嫌われているのではないかと。クリスマスパーティの時など、ユズハはアヤメにしか声を掛けていない。隣に居るユミとは一切目を合わせなかった。おそらくずっと前から気に食わないと思われていたのだろうなと察する。


「何で貴女みたいな人がザンゾーさんと……。本当に信じられない」

「……」


 何でザンゾーが出てきたのだろうか。


「今それ、関係ある?」


 無視すればいい物を。自分もイライラしてきて確認してしまう。

 今ザンゾーとのことなんて一切関係ないはずだ。正直、今の会えない状況下で話に出される事だけでも厳しい。


 それに、なんだか八つ当たりされているだけのように感じるのだ。以前フクジュが言っていたように、ザンゾーが一人で抗争に向かってから子供達はピリピリしているのだろう。気持ちはわかるがそれはユミのせいではない。本当に頭が痛くなってくる。


「あります! 当然じゃないですか! ザンゾーさんは、六色家では天才と言われ皆から信頼されているような人です。私達の憧れであり尊敬の対象です。そんな凄い人がどうして貴女のような適当な人間と……。明らかに相応しくありません!」


 ここまでくると言っている事がめちゃくちゃだ。だが、何となくユミは察した。ユズハはザンゾーのことを慕っているのではないだろうか。だからより一層ユミが気に食わないのだろうとそんな気がした。

 ユズハはずっとこんな気持ちを心の中に隠し続けていたのだろう。それが今爆発してしまったのだなと察する。勢いに任せて思っていたことをユミに全てぶちまけてしまったに違いない。


 そう理解は出来ても、面と向かってここまで悪口を言われると傷つくうえ、不愉快だ。

 皆と楽しく過ごし、笑顔でいる事を否定される筋合いは無い。アヤメにも笑っていて欲しいと言われたのだ。笑顔は可能な限り絶やすつもりは無い。それがユミの生き方だ。申し訳ないが、ユズハの言う通りにしてあげるつもりは無い。


「ヘラヘラ笑うって言うけれど、それの何が悪いのかな。説明してくれる?」

「良いでしょう。一般人だった貴女には理解できないかもしれませんが、この裏社会では子供など弱い人間はヘラヘラと笑うべきではありません。それだけで反感を買い殺される事は珍しいことではないからです。常に周囲へ気を使い丁寧に振舞い、反感を買わないような態度を心掛ける、これが常識です。生きるためには必要な事です。それなのに貴女せいでモミジは……」


 成程なと思う。いつ殺されるか分からないような不安定な環境下では、如何に目をつけられないように振る舞うかは大切な事なのだろう。不用意に失礼な態度を取ってしまえばその瞬間殺されるかもしれない。だから、六色家では丁寧な態度を心がけるように教育されたのだろうなと察する。

 とはいえ、ユズハのこの言葉にはトゲが沢山ある。反感を買わないように慎ましく振る舞うべきと言うくせに、このような刺々しい言葉は良いのだろうか。言っている事とやっている事がズレているように思うが。


「分かりましたか? なので私たちの家の教育に、貴女は口出ししないでください。迷惑です。ユミさんもモミジの悪影響になるので控えてください」


 ユミは深くため息をついて頭を抱える。本格的に頭が痛くなってきた。

 これだけ侮辱されたまま、「はい。そうですか。分かりました」とはいかない。それをしてしまえば、自分の笑顔を好きだと言ってくれたアヤメも、自分を選んでくれたザンゾーも裏切ることになる。ユミは少し考えてからゆっくりと口を開いた。


「悪いけど。それは納得出来ない。確かに笑う事のリスクは今の説明で分かった。でもだからってユズハちゃんから常に笑うなと強要される筋合いは無いし、私はそれに従うつもりはない。それに、今のユズハちゃんの話し方、とても失礼じゃない? 反感を買わないような態度ではないよね。明らかにさ。そんな態度を他人にとる人が後輩に指導なんて、ちゃんとできるの?」

「なっ! 失礼はどちらですか! 貴女は独り立ちもしていないBランクプレイヤーじゃないですか。いつも私達を子供扱いして……。失礼なのは貴女です!」


 ユズハの言葉でプレイヤーランクというのは、自分が思う以上に厄介なステータスなのかもしれないと感じた。

 強さを認めていない相手の話は聞きたくもないと言わんばかりだ。そう考えると、モミジがユズハの話を聞かないのは仕方ないのではないかと思ってしまう。ユズハもモミジと同様の考えであれば、モミジに言うことを聞かせるのは無理な話だと理解できるのではないだろうか。指導など諦めればいいのにと思う。


「本当にどういう教育をされたんでしょうか? どうせ、ろくな育てられ方をしていないから、考えも浅く世間知らずで、ぬるい事ばかり言えるんですよ」

「は……?」


 それは聞き捨てならない。

 今この子は自分の両親をバカにしたのだろうか。


「ねぇ。今なんつった?」

「え……?」


 ろくな育てられ方をしていないと言っただろうか。


「今何て言ったか聞いてんだよ」

「っ……」


 ちゃんと確認したい。

 この子は私の両親を侮辱したのだろうか?


「黙ってないでさ。もう1回言ってよ」

「……」


 ユズハは怯えたような顔をして数歩後退る。

 こちらは問いかけているのだからちゃんと答えて欲しいのだが。


「今、私の両親を侮辱したんだよね? こっちの声聞こえてる? ちゃんと聞いてんの? 耳付いてる?」

「えっと……。その……」


 ユズハは全く答えない。

 先程までの勢いはどうしてしまったのだろうか。

 さっきまでの勢いで答えて欲しいのだが、口ごもるだけで何も言わない。


「さっさと答えてよ」

「……」


 ユズハは俯き黙ってしまった。

 よく見ると震えている。意味がわからない。

 侮辱したのはユズハだ。

 被害者のように振る舞うのはやめて欲しい。


 と、そこで、周囲で勢いよく扉が開き、足音が聞こえた。

 下階のフクジュと、2階の別の部屋のワサビが出てきたようだ。2人とも急ぎ足でこちらへ向かってきている。


「何黙ってんの?」

「ご、ごめんなさい」

「そうじゃなくて。聞いてんだけど」

「……」


 ユズハは目に見えて震え始めた。

 一体何に怯えているのだろうか。

 理解できない。


 するとそこへ、驚いたような顔をしたワサビがやってきた。ワサビはユズハの隣に立つと、ユズハの背中を軽く叩く。ユズハはハッと顔を上げ、ワサビを泣きそうな顔で見ていた。


「ユミさん。大変申し訳ありませんでした。ほら、ユズハ頭を下げなさい」


 ワサビによってユズハは強制的に頭を下げさせられる。

 一体何を見せられているのか理解できない。

 別に謝罪が欲しいとかではない。

 答えが聞きたいだけだ。

 どういうつもりで両親を侮辱したのか。


「ユミちゃん。ごめんなさい。ごめんなさい。だから、ユズハを殺さないで……ください……」


 ユミの背中に隠れていたモミジが泣きながらユミに懇願している。

 なぜモミジが泣いているのだろうか。


「ユミさん。どうかユズハを殺さないでください。お願いします」


 ワサビはその場で土下座した。

 なぜそんな事になったのか全く理解できない。


「なん……で……?」


 そこで、ポンとユミの両肩に手が置かれた。ユミは振り返る。

 するとそこには優しく微笑むフクジュの姿があった。


「ユミさん。深呼吸してみてください」


 ユミは言われた通り深呼吸した。両肩からフクジュの体温が伝わってくる。


「大丈夫です。ゆっくり落ち着いてもう一度深呼吸してください」


 ユミは言われた通り、もう一度深呼吸した。


 その瞬間、ユミは理解した。

 自分は強烈な殺気を放っていたという事に。


 ユミは慌てて殺気を解いた。

 完全に無意識だった。頭に血が上っていたのかもしれない。

 ユミが殺気を解いた瞬間ユズハはその場にへたりこみ、失禁してしまった。放心状態で目の焦点はどこにもあっていないように見える。ただ恐怖し怯えている。そんな様子だった。

 この状況は、自分がユズハに鋭い殺気を向けてしまった事によって起きた事だ。だから、ユズハは怯えて何も言えなくなっていた。ユミがユズハを殺すと思われていたため、モミジもワサビも、ユズハを殺さないでくれと懇願していたのだ。


 ユミは頭を抱えた。こんなつもりではなかった。子供たちを怯えさせてしまうなんて……。なんて事をしてしまったのだろう。

 フクジュは何も言わず、ユミの背中をさすってくれている。そのおかげで少しずつだが落ち着いてきた。


「少し頭を冷やします」


 ユミはそう呟いて、フクジュの研究施設から逃げるように立ち去った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?