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6章-6.立場(1) 2022.5.7

「こんにちはー」


 ユミはフクジュの研究施設の玄関ドアを開け中へ入る。今日はモミジとお昼寝をする日だ。

 やはりユミの鼻歌による効果は大きく、モミジが万全の状態になるには必要不可欠なものとなっていた。週に1度か2度機会を設けており、そこでモミジの体調を整えるようにしている。ユミ自身も体調が整うので、悪くない習慣となっていた。


 ユミは階段を上りモミジの部屋を目指す。

 すると突然ガチャりと2階の廊下に面する扉の1つが開いた。そしてそこからモミジが勢いよく飛び出してきた。


「モミジ! 待ちなさい!」


 開いたドアの部屋の中から、ユズハが怒る声が聞こえる。モミジは一目散にユミの元へ来て、ユミの陰に隠れた。一体どういう状況だろうか。全く分からないがモミジがユズハに怒られているといった状況のように思う。

 開いた扉からユズハがゆっくりと歩いて出てきた。ユズハは今日も髪を高めの位置でお団子にしており、白のブラウスに膝下丈の深緑色のプリーツスカートのスタイルだ。相変わらず落ち着きがあり、ピシッとした装いである。


「ユミさん。こんにちは。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」


 ユズハは淡々とそう言って頭を下げた。モミジはユミに隠れて出てこないため、ユミは身動きが取れない。


「モミジ、来なさい」

「嫌っ!」


 モミジはユズハを睨んでいる。ユズハは深くため息をついてしまった。

 どうすればいいだろうか。モミジに用事があるが、この様子だとユズハの用事が終わらないとお昼寝は出来ないだろうと思う。


「またそんな言葉遣いをして……。六色家として恥ずかしい。いい加減直しなさい」

「何で? 分かんない。みんなそんなふうにしてないもん」


 確かに六色家の子供達はみな丁寧な言葉遣いが出来ている。子供らしくないなと感じる要因の一つだ。恐らく六色家で厳しく指導されているのだろう。


「服装も身だしなみも態度も六色家として相応しくありません。周りが許すからと甘えるのもいい加減にしなさい」

「嫌っ!」


 間に入るべきか迷う。六色家の教育方針に部外者が口出ししていいとはあまり思えないが、この場から退場する事も出来ないため、ただただユミは棒立ちするしかない。


「何でユズハの言う事なんて聞かなきゃいけないの? ユズハはモミジよりランク低いのに! モミジより弱いくせに!」


 場がしんと静まり返ったように沈黙が広がる。

 これはまずい。ランクの話はタブーだ。ザンゾーが話してはダメだと約束していた内容でもある。

 案の定ユズハは堪忍袋の緒が切れたようだった。静かに怒っている。鋭い眼光でモミジを睨みつけていた。


 ユズハはドンッドンッドンと足音をたて、ユミの元まで来ると、隠れていたモミジの胸ぐらを左手で掴みあげ、右手を振り上げた。モミジは恐怖からグッと目を瞑る。


 そして次の瞬間、パシッと音がした。


 ユミはやむを得ずユズハの振り上げられた右手の手首を掴み止めた。


「ユミさん邪魔をしないでください。これは教育です」


 酷く唸るような声だ。

 ユズハはキッとユミを睨む。ユズハが言うように教育であれば黙っていようと思ったが、これは怒りに任せた八つ当たりに見える。明らかに今のはモミジが悪いが平手打ちで解決出来るとは思えない。

 ユズハは勢いよく右手を振るい、ユミの手を振り払った。


「ユミさんもユミさんです。あなたがヘラヘラとしているからモミジが真似します。ちゃんとしてください」


 とばっちりもいい所だ。確かにモミジはユミを真似てしまった部分があるのかもしれない。とはいえ、モミジが元気にしている事が悪い事とは思えない。六色家としてはあるまじき態度なのかもしれないが、よく腹を抱えて笑っているザンゾーを見る限り、今のモミジの状態でも問題がなさそうに思う。

 ちゃんと謝るべきことは謝っているし、失礼な態度を取られたと感じた事も無い。言葉遣いが年相応なだけだ。十分ではないだろうかと思う。


「モミジちゃん。ランクの話、ザンゾーと約束したよね?」

「あ……」

「それはモミジちゃんが悪いと思うよ」

「はい……。ごめんなさい」

「謝る相手は私じゃないんじゃないかな」


 モミジは黙ってしまう。ユズハには謝りたくないようだ。


「モミジのが強いもん……」


 これはどうしたらいいのだろうか。自分より弱い相手の言う事は聞きたくない、謝るのも嫌だと、モミジはそう言っているのだ。この様子だと頑なだ。

 確かに気持ちは分からなくはない。認めていない相手から指導されても信用出来ないし従いたくないと感じるのは仕方の無いことのように思える。ただ、今回は生活態度に関する指摘だ。強さは関係ないのではないかと思う。


「いい加減にしなさい!」

「うるさい!! ユズハに指図されたくないっ!」

「ユミさん、邪魔です。どいてください」


 ユズハは無理矢理モミジを引きずり出そうとする。


「やだやだやだやだやだやだ!」


 これはもうダメだ。黙って見守るのが良い事とは思えない。

 ユミはやむを得ず2人を掴んで引き離した。


「ユミさん! 貴女はなんなんですか!? 邪魔ばかり……」

「教育なら黙ってようと思ったんだけど、これは喧嘩かなって……」

「喧嘩など……。ユミさん。この際だから言わせてもらいますが、モミジがこんなふうになったのは全部ユミさんのせいです! こんなヘラヘラと、はしたない」

「はしたないってそんな……」


 モミジが笑っているのは好きだ。とても可愛らしいし見ていて心地よいと感じる。

 それをはしたないというのは少しキツイなと感じる。ニコリとすることすら許されなさそうな勢いだ。


「貴女が許すから、どんどん真似してしまいます!」

「あの……さ……。そんなに悪い事なのかな……? 確かに綺麗な言葉遣いや態度は出来た方がいい事かもしれないけれど、仲の良い間柄であれば多少砕けてもいいんじゃないのかな……?」


 モミジを庇うわけではないが、ユズハの話は少し厳しすぎるように思う。しっかりすべき所だけは、しっかりすればいいとユミは思うのだ。

 六色家の教育方針は正直分からないし、部外者が口出しするのも良くないとは思うが、それでもやはりユミにはあまり納得が出来なかった。

 どうするのが良いのか分からないが、出来る事ならモミジの意向も酌んで、上手く摺合せできないかと思っての発言だった。

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