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6章-5.不穏(3) 2022.4.18

「狂操家の人間を皆殺しにしたらどうなるんですか?」


 答えてもらえるのかは分からない。

 ユミには関係ないと秘密にされるかもしれない。

 それでも知りたい。


 ユミはシュンレイの方を見て真っ直ぐに尋ねた。

 話の流れから、狂操家に関わるときっと皆が危険になるのだろう。


「説明しましょウ」


 シュンレイはパタリと本を閉じ、ユミの方へ歩いてきた。そしてアヤメが座っていたユミの正面の椅子に座った。そしてフクジュには隣に座るように指示し、フクジュはそれに従ってユミの斜め前に座った。


「狂操家などそれなりの力を持っタ組織への、『明確な理由』の無イ殺戮は、この裏社会のパワーバランスを崩スことになりますのデ、裏社会全体への宣戦布告になりまス。裏社会全体へ宣戦布告すると言う事は、裏社会全体から『報復の対象』とされるという意味でス。また、『明確な理由』とは、報復や対立、内部抗争等を意味しまス。アヤメさんを助けたいという理由では、個人的な意思でしかないため、『理由の無い殺戮』と判断されまス」

「裏社会全体を敵に回した場合は、どのような対象からの報復が考えられるものなのでしょうか?」


 ユミはさらに質問する。裏社会のバランスを崩す行為は、社会全体にとっては損失なのだろうと話の流れで分かった。だから、損害を受けた様々な方面から報復の対象にされるのだろう。

 とはいえそこまで報復されるとは思えない。そもそも六色家の内部抗争で現在裏社会は非常に荒れているそうだ。これ以上荒れたところで、あまり怒る立場の人間や組織があるとは思えないのがユミの考えである。


「全くユミさんは……。狂操家を皆殺しにすル気満々じゃないですカ」

「え、だって……。他に選択肢無いかなって思ったんですが……」


 ユミの回答を聞いて、フクジュは声を殺して笑っている。シュンレイもニヤリと笑っていた。


「いいでしょウ。裏社会全体へ宣戦布告した場合、我々をよく思わない人間は我々を攻撃する明確なと言う理由を得てしまいます。抑止力が無くなるようなものでス。攻撃を許ス理由を与えテしまうため、危険な立場になルという事でス。アヤメさんはこれを警戒していましタ」

「今までは社会のバランスが取れていたために、それぞれの組織間には無闇に争いが起きないような抑止力がしっかり働いていて、だからそれなりに私たちは平和に生きてこられたって事なんですね……」


 店も恐らくはそれなりに力を持った組織に該当する。裏社会全体へ宣戦布告をすれば、店に所属するという事だけで守られていた物が、守られなくなる。特に戦闘力を持たない六色家の子供達やカサネを危険に晒す事になるのだろう。


「私達をよく思わない人間って実際どういう人達なんですか?」

「メインは他の店でス。商売敵ですかラ。また私の店の場合は大規模組織も狙ってくるでしょウ。警察と癒着しているのデ、目障りでしょうかラ。ここぞとばかりに潰しに来ルと思いまス」


 予想以上に敵は多そうだ。他の店のプレイヤーや大規模組織から皆を守れるだろうか。


「ユミさん。安心なさイ。私が一方的にやられル側の人間に見えますカ? 簡単に他からの攻撃を許ス訳がないでしょウ? ですかラ、アナタはもしその時が来たラ、店の事等考えず、迷わず狂操家の人間を皆殺しにすればいイ」


 話の様子からシュンレイには既に準備も計画もあるのだろう。きっとアヤメがやめてとお願いするから実行していないだけだ。そう思う。

 シュンレイこそ、狂操家を皆殺しにする気満々ではないか。恐らくは一緒に笑っていたフクジュも、同じ考えなのだろうなと思う。


「さっき言っていた、ひとつの勢力として名乗りを上げるというのが、策なんですか?」

「えぇ。その通りでス。要は大規模組織と同じレベルの組織になってしまえばいいんでス。勢力図を書き換えて新しいバランスを取ればいイ。時間は少しかかるでしょうが、いずれ安定すればそれなりに平和になりまス」

「全く……。よく言いますよ……」


 フクジュが呆れて笑っている。なんだかスケールが大きくなった途端よく分からなくなってしまった。


「むむむ……」

「ユミさん。今の5大勢力は分かりますか?」


 理解が追いつかず考え込むユミを見兼ねて、フクジュが優しく問いかける。


「警察と、武力の六色家と、お金持ちの大規模組織が3つ。でしたよね?」


 クリスマスパーティの時にアイルに教えもらった事だ。今はこの武力の六色家が揺らいでいるため、裏社会全体が荒れているという話だったはずだ。


「その通りです。よく勉強されておりますね。こちらの社会はこの5つの勢力が頭にあって、その下に狂操家や店等のそれなりに力を持った武力組織があり、その下に野良プレイヤーや資産家、調査組織等の集団があります。そしてさらに最下層。最下層は何も力を持たないグレーの人間達がいます。同格同士は牽制しあい、上下の関係は一方的な理由無き殺戮すら許される。そんな関係性です」

「一方的な殺戮……?」

「はい。大規模組織は下位の組織に対していくら喧嘩を打っても許される。許されると言うよりは問題がないという方が正しいでしょうか。下位からの報復など、怖くもないと言った意味です。大規模組織に属するラックが、晩翠家を嵌めたように……。上位組織は下位組織に対して、ある程度は好き勝手できるということです。外野の組織も大規模組織相手に、たかが下位の組織を潰したところで文句を言うことはありませんから」


 大規模組織と肩を並べる組織になった場合、狂操家を皆殺しにした所で誰からも文句は言われないという事だ。報復を理由に攻撃してくる組織はいなくなるのだろう。誰も敵わない相手には戦いを挑まないという事だ。それはフクジュの話で理解出来た。

 だが、そもそもの話だ。大規模組織と肩を並べる組織になると言う事は、大規模組織を牽制できるほどの力を持つと言う事だ。そんな事が可能なのか。そして牽制するとは一体何をするのだろう。


 牽制を成立させるのであれば、同格から驚異として見られる必要があるだろう。報復を恐れられることで手を出されないようになるのだから、力がなければ直ぐに潰されてしまうのではないだろうか。隙を見せれば直ぐに攻撃されるのではないだろうか。そしてその敵は同格の者。つまりは大規模組織が相手になるということではないだろうか。


「えっと……。 可能なんですか……?」

「シュンレイさんなら十分可能ですよ。かつては全てを牛耳っていた王様ですからね……」


 フクジュはそう答えて苦笑いしている。正直ユミにはよく分からない。ただ、シュンレイなら何とかするのだろう。それだけは分かった。

 きっとユミには想像もつかない計画を、未来を、シュンレイは描いているのだろう。


「分かりました」


 シュンレイがやると言っている。フクジュが出来ると言っているのだから、間違いなく可能な話だろう。そして自分はシュンレイを信頼している。ついて行くつもりだ。シュンレイはアヤメのためなら何でもするに違いない。全てはアヤメのため。それであれば何一つ自分が迷う事など無い。躊躇う必要も無いだろう。喜んでシュンレイの駒として使われていればいい。それだけだ。


「私は優秀な駒になれますか?」

「えぇ。ユミさんは非常に優秀な戦力でス。頼りにしていまス」


 自分はちゃんと役に立てるようだ。アヤメのために出来る事はあるという事だ。それが聞ければ満足だ。自分が取るべき行動も方向性も決まった。迷う必要は無さそうだ。

 方向性が見えた事でユミはホッとする。アヤメの危機に何もできないのではと怖かったが、これでようやく光が見えた気がした。

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