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6章-3.交流(7) 2022.4.9

 野良解放日のbarは、22時には閉店する。飲み屋としては早いが、メインは仲介の店であり飲み屋では無いので妥当な時間だろう。21時半頃になると、チラホラと帰っていく人達にユミは手を振って見送った。


「あ。ザンゾー、その今付けてる香水ってユミちゃんに選ばせたやつ?」

「おぅ。よく分かったな」

「へぇー。いい感じじゃん。ユミちゃんが選んだ香水いいなぁー。素直に羨ましい」

「かははっ! いいだろぉ!」

「くぅぅー!」


 そんな嬉しそうに自慢されると恥ずかしくなってくる。とはいえ、プレゼントしたものを喜んでもらえているのは素直に嬉しい。ふわりと香る香水の匂いはユミの好みで選んだものだ。優しくて落ち着く香りだ。とても心地よい。

 隠密の仕事をする時以外は殆どつけているのではないかと思う。ザンゾーも気に入ってくれているのだろうと感じる。


 ユミは一通りキッチンの片付けを終えた。シュンレイの方も仕事関係の書類の整理が終わったようだ。気がつけば、barの客はアヤメとザンゾーしかいない。アヤメが満足するまで飲んだら今日は閉店だろうなと思う。

 シュンレイは新しく、ビールとオレンジジュースを用意している。まだ、少し飲むようだ。カウンターの外に出たユミはオレンジジュースを受け取りアヤメが座る近くに立った。


「ユミちゃん今日もお疲れー! おつまみもデザートも最高だったよー! ありがとねー!」

「喜んでもらえて良かったです!」


 アヤメは完全に出来上がっている。ずっとニコニコして揺れているので、酔っ払っているのが分かりやすい。


「ユミ。お疲れ。今日も美味かった。ありがとな」

「えへへ」


 自然と笑みがこぼれる。美味しかったという感想は素直に嬉しい。


「皆さんお疲れ様でス。乾杯」


 シュンレイもビールを持ってカウンターの外側に来たため、改めて乾杯する。アヤメはまだまだ飲むようだ。勢いよく飲んでいる。少し心配だが、何かあればシュンレイが止めるだろう。ユミは、酔っ払ってふにゃふにゃした可愛らしいアヤメを見て楽しむことにする。


「ユミちゃんとのペアリング、やっとザンゾーの方見られたよー。ちょっとだけデザイン違うんだねー。へぇ〜」

「目ざといな……」

「そりゃぁ、ユミちゃんの師匠だもん。ちゃんとチェックするに決まってんじゃん!」


 アヤメはドヤ顔で答える。アヤメが言う通り、ほんの少しだけデザインが異なる。ペアだとは分かるが、形状に少しだけ差がある。それはそれでオシャレだなと感じており、ユミは気に入っている。

 そういえばアヤメが付けている結婚指輪は、シュンレイは身につけていないのだろうか。ユミは、シュンレイの手に視線を向けるが指にははめていないようだった。


「気になりますカ?」

「ふぇ!?」


 視線に気付かれたのだろう。シュンレイはそう言ってチャイナ服の首元のボタンを開け、内側にしまっていたネックレスを見せてくれた。アヤメと同じように、指輪にチェーンを通してネックレスにして身につけていたようだ。指輪を見せてもらうと、アヤメのものと同じデザインだったが、シュンレイの方の指輪には、内側に特に何も刻まれていないようだった。


「基本的に私も素手で攻撃するのデ、指にはつけてませン」


 アヤメと同じように大切にしているのが分かる。なんだかいいなぁと感じる。


「へぇ。結婚指輪か」


 ザンゾーも興味津々でシュンレイの指輪を見ている。


「ザンゾーも作ったラいかがですカ? ユミさんを可愛いお嫁さんにしないといけないでしょウ?」

「あぁ。そうだった。ユミを可愛いお嫁さんにしなきゃいけねぇんだったわ」

「うっ……」


 小さい頃の夢なんて言うんじゃなかった。

 ザンゾーとシュンレイはニヤニヤと笑っている。今後ずっとイジられ続ける気がしてならない。


「ユミちゃんの可愛いお嫁さんの姿見たいなぁ」


 アヤメはへにゃっと笑いながら言う。完全に溶けている。そろそろお酒は止めないとダメな気がしてならない。

 するとアヤメはゆっくりとカウンターの椅子から立ち上がり、ふらっとしながらユミの方へ近づいてきた。


「ユミちゃん好きー!」


 アヤメの両腕がユミの首に回され抱きつかれてしまった。体重も預けられているので、ユミは咄嗟にアヤメを支える。これはいよいよダメなのではないだろうか。アヤメはお酒を飲んだことでポカポカとしておりとても暖かい。子供みたいだ。

 ユミは飲みかけのオレンジジュースのグラスをシュンレイに受け取ってもらい、しっかりとアヤメを支える。腕の中のアヤメはとろんとした目つきで見つめてくる。これは可愛いうえに少しエロい。何だかドキドキしてしまう。何かユミの中で目覚めてしまいそうだ。かなり危険である。


「ユミちゃん、チューしよ!」

「ふぇっ!? アヤメさん!?」


 冗談だろうと思ったが、アヤメの目は本気だ。いたずらっぽく笑う顔も可愛い。唇はとても柔らかそうだ。いや、今そんな事を悠長に考えている場合では無い。ゆっくりとアヤメの顔が近づいてくる。


「女の子同士はノーカンだよ」

「え……。ノーカン……?」


 ノーカンならいいのだろうか。いや良くない。これは危機だ。とはいえこんなに可愛いアヤメを拒絶なんて出来ない。

 ふと、クリスマスパーティ時にアイルが言っていた言葉を思い出す。


 と。


「はわわわっ!」


 ユミはどうしたらいいか分からずにパニックになる。


「アヤメ。私にしておきなさイ」


 突然シュンレイの声が横から聞こえたと思った瞬間。

 アヤメはシュンレイに腕を捕まれユミから引き剥がされた。

 そしてそのままアヤメはシュンレイに抱き寄せられ唇を唇で塞がれていた。


「……」


 ユミはその光景を唖然として見つめる。

 美男美女がキスしている。


 見てはいけないものだろうと脳みそでは分かっているが目を離せない。釘付けにされる。しかもディープキスだ。非常に長い。アヤメは頭が回っていないのだろう。ボーッとしたままキスしている。


 そして暫くすると、アヤメは解放された。その後もアヤメはボーッとしている。


「あれ……?」


 これは完全にダメだろう。アヤメは何が起きたかよく分かっていない様子だ。シュンレイに支えられていないと、まともに立つことも出来なさそうだ。


「アヤメさん。寝ましょうカ」

「え。うん」


 アヤメはそのままシュンレイにお姫様抱っこされる。


「アヤメさんが限界なのデ、今日はこれで閉店でス。お付き合いありがとうございまス」


 アヤメは既にウトウトしている。シュンレイには完全に気を許しているのだろうなと感じる。


「あいよ。お疲れさん」

「お疲れ様です」


 ザンゾーは呆れたように笑っている。こんなアヤメの姿は初めて見た。絶対に見てはいけない姿だったように思う。見ているこちらが恥ずかしくなってしまった。


 戸締りをしてbarを出る頃には、アヤメはシュンレイの腕の中ですぅーすぅーと寝息を立てていた。完全に寝てしまったようだ。子供みたいで可愛いなと思う。本当にお酒に弱いのだろう。クリスマスパーティ時にシュンレイがアヤメにあまり飲ませなかった理由がよく分かってしまった。


「明日は二日酔いでしょウ……。記憶もないと思いますかラ。見なかった事にしてあげてくださイ」

「はい」


 見なかった事にしようとしても、あの強烈な光景は一生忘れられないだろうなとユミは思う。そっと胸にしまって墓場まで持って行くしかない。シュンレイ達とはbarの出口で別れ、こうしてユミにとっては一際濃い野良解放日が、静かに幕を閉じた。

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