「クマさんに名乗られましたカ?」
「はい。えっと……?」
キッチンに戻るとシュンレイからそう尋ねられたが、問いかけの意図がよく分からない。ユミは首を傾げる。
「クマさんは、プレイヤーとして認めタ相手にしか名乗りませン。ユミさんが認められタという証拠でしょウ。良かったですネ」
「そうなんですね」
確かに以前の揚げ物パーティの時には名乗られなかった。今回名乗って貰えたのは、プレイヤーとして認められたからという事らしい。少し嬉しい気持ちになる。
「ユミちゃんよかったねー! クマは面倒見が良くて良い奴だからさー。今は若手のプレイヤー育ててるみたい。連れてた3人の男性プレイヤーもクマの教え子なのかな」
「成程」
確かにアヤメの言う通りなのだろうなと思う。クマというプレイヤーは豪快な感じだが、嫌な感じはしない。コミュニケーションもよく取るタイプなのだろうなと感じる。連れていた男性陣も年齢や実力を考えると仲間と言うよりは教え子と言う関係の方がしっくりくる。連れの男性陣は皆20代前半だろうと思われる。
ユミはカウンターの内側に入り、予約の状況を確認する。今日貰っている予約でまだ捌いていないのは、ザンゾーの分だけだ。21時過ぎに来ると言っていたのでそろそろだろう。予約分以外の残りのツマミを確認するが、ポテトサラダが少し残っているくらいだ。それ以外は無くなってしまった。今日もありがたい事に完売の予感がする。
「在庫はどうですカ?」
「ザンゾーの分1セットを除くと、ポテトサラダがラス1ですね」
「了解しましタ」
シュンレイはユミの回答を聞き、メニュー表に売り切れの文字を書き足す。ポテトサラダにはラス1の文字が書かれた。
「ユミさん。ザンゾーが来たようでス。出迎えテあげてくださイ。今日は初めテの人が沢山いますし、皆さん怖がルと思いますかラ」
「了解です」
大抵ザンゾーが野良解放日にbarへ来ると、その場が凍る。いつもの事だが、怖がるプレイヤーも少なくない。
そもそも普通のプレイヤーは、SS+ランクのプレイヤーに出くわすこと自体が稀らしいので、そのレベルのオーラや圧力に慣れていないそうだ。そういうものらしい。威圧される訳では無いが、そもそもの存在感が違うため、恐怖を覚えるという。
そんなザンゾーに対して、ユミが出迎える事で緩衝材のような役割になるので、こうしてシュンレイに使われている。理屈はよく分からないが、ユミが間に入ると皆安心するそうだ。
ザンゾーは隠密が得意なのだから、フクジュの話を聞く限りは、オーラを自在に調整する事は可能なのだろうと思う。皆が怖がるなら少し抑えれば良いのにと思うが、ザンゾーは一切抑えることは無い。他プレイヤーに姿を見せている時は強者である事を隠すつもりは一切ないのだろう。何かポリシーでもあるのかもしれないなと想像する。
ガチャリと音がして扉が開き、ザンゾーが入ってきた。案の定、barの空気は凍りつく。アヤメの時以上だ。
「ザンゾーおかえり! 今日もお疲れ様!」
「あぁ。ただいま。今日も可愛いな」
ユミが笑顔で出迎えると、ザンゾーの表情は柔らかくなった。見るからに疲れていそうだ。今日もガッツリ仕事をしてきたのだろうなと思う。
ザンゾーはそのままユミの方に歩いてくると、ユミを抱きしめて、額にキスをした。
「ふぇ!? ちょっ、え?」
「どうしたぁ?」
「ここ、公共の場所!! みんな見てるよ!!」
一体ザンゾーは何を考えているのだろうか。2人きりの時ならまだしも、こんなに人が沢山いるところでスキンシップは恥ずかしい。これは絶対に顔が赤くなっている気がする。
「いいじゃぁねぇか。牽制だぁよ。牽制。ユミの事を狙っている奴がいるみてぇだぁからぁよ。分からせねぇとなぁ?」
「へ?」
自分だけ恥ずかしがっているのが悔しい。ザンゾーは全く悪びれる様子もない。ユミの肩に手を回し、カウンターの方へ歩いていく。
「むむむ……」
「悪かった悪かった」
ザンゾーは歩きながらそう言ってユミの頭を優しく撫でる。その手で不本意ながらもユミの気持ちが少し落ち着いてしまう。許してしまいそうだ。これでは完全に振り回されている気がする。全部ザンゾーのペースだ。悔しいがどうにも出来ない。
「ザンゾー。派手にやるじゃーん。さすがの独占欲だねー! 飲も飲もー!」
カウンターのテーブル席からアヤメがビールを片手にニヤニヤと笑いながら誘う。
「お前……。やつれてんなぁ? 飲むかー」
ザンゾーは呆れたように笑いながらアヤメの隣の席に座った。ユミはキッチンの前に立ちザンゾーの分のツマミを用意する。
シュンレイはアヤメから空のグラスを回収し、新しいビールをザンゾーとアヤメに手渡した。今日のアヤメは何時も以上に飲んでいるなと思う。既にこれで3杯目だ。シュンレイは止めないのだろうかと心配になる。
「今日は飲ませてあげましょウ。これ以降新しく人は来ないと思いますかラ、ラストのポテサラもアヤメさんに出しテあげてくださイ」
「了解です!」
今日はアヤメには好きなだけ飲ませてあげるようだ。ユミはシュンレイに言われた通り、ラス1のポテトサラダをアヤメに出す。ザンゾーには出来上がったセットのツマミを出した。これで今日のユミの仕事は終わりである。キッチンの片付け作業を開始した。