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3章-9.旋律(3) 2021.5.10

「ねぇ。私の声と歌の旋律って幻術らしいけど、どういったものなの?」


 ユミは充分な血液を得たので、ザンゾーの左手から口を離し、気になっていた事を聞いてみる。


「ユミ、情報は高価な物だ。簡単に聞いて得られるものじゃぁない」

「最強の幻術師さんの解説が聞きたかったのに残念だなぁ……」

「……」

「教えてくれないなら、仕方ないよね。シエスタさんに聞いてみる」

「……」


 ザンゾーは何も答えない。ユミは気になって、ザンゾーの顔を見上げる。

 すると、ザンゾーの顔面がピクピクと引きつっていた。何か不味いことでも言っただろうか。


「わぁかったわ。特別に教えてやらぁ。とは言っても音系の幻術は専門じゃねぇから、幻術の一般的な話になるが。それでいいか?」


 ユミはこくりと頷いた。


「まず、お前の場合は声自体に特徴がある。これは声優など声の仕事をしている人間に多く見られる特徴だ。心地よい声を出す人間がいるというのは感覚的に分かるだろぉ? お前の場合、実際に使っていたのは魅了や洗脳の類と思われる。その辺は言葉の内容によって使い分けができるだろう。魅了や洗脳以外にも出来ることはあるかもしれないな。まぁ、要は声自体に相手を動かす力があるという事だ。普段話す時の声にはそういった効果は無いようだが、たまにお前が出す『非常に通る声』には効果が乗っている」


 魅了や洗脳の効果が有ると言われると、正直少し怖いなと感じた。無意識で乱発していたら大変なことになると思われる。気をつけなければならないと感じた。


「次に歌や旋律について。基本的には、自分の調子を高めるために使用している様だな。お前自身が音に関して非常に高い感受性があるため成り立っていると思われる。曲調やリズムによってその効果を変えて、その時々に合わせて最適な状態へ身体のコンディションを持って行っている印象だ。ゲームなんかで言う、バフのような役割だぁね。ただ、さっき言った他者へ幻術を掛ける声と合わせて使えば自分以外の人間にも効果を与えられるだろうな。こんな所だ」

「成程。ありがとう」

「あいよ」


 ザンゾーの説明によって、色々としっくり来た。できることならこの声も歌も上手に活用していきたい。

 まずは声の使い分けだろう。現状無意識でどの声に幻術が乗っているのか分からない。ここを意識的に使い分けができるようになりたいとユミは感じた。


「ちなみに。お前が俺に掛けた幻術はまさに魅了と洗脳だぁね。血液を『もっとちょうだい』と言った時の声に幻術が仕込まれていた。俺ぁお前がまさか幻術を使うとは想定していなかった為に、不意打ちを食らい、しっかりと幻術が掛かった。その結果どうなったかと言うと、お前が血液を要求した時に、俺は断ることが難しくなった訳だ。与えたいと考えるようになってしまっているからな。幻術が掛かった理由としては、不意打ちと元々俺が発動していた執着が噛み合ったからだろう。警戒している相手に対しては、基本的には入らないから、現状は無意識で幻術を使ったとしても問題ないだろうな」

「分かった」


 幻術は意外と奥深いものだなとユミは感じた。他者へ掛けるためには、警戒させない事など条件があるようだ。幻術を掛けたい対象の事をよく知っていないと難しいことなのかもしれない。


 そう考えると、ザンゾーへの幻術はたまたま運良く偶然が重なって入ってしまったのだろう。話の内容からも2度目は無いと推測できる。あの時幻術がしっかり入っていたからこそ、今ザンゾーは簡単に血液をくれるのかもしれない。そう思うと自分は随分運が良かったと思えた。


 ユミはザンゾーの左手を何となく見る。相変わらず爪は黒く綺麗に塗られている。意外と指が長く手のひらも大きい。手のひらをめいいっぱいに広げたら、ユミの顔面くらいは鷲掴みできてしまうのではないかと思う。全体的にゴツゴツしており、同じ人間でもこんなに異なるものなのかと思ってしまう。

 よく見ると、黒い爪は丁寧に手入れされているようだ。形は整えられ欠けたりもしていない。こういう部分まで几帳面なのだろうと思われる。


「そんなに手が珍しいか?」

「うん。他人の手なんてちゃんと見た事が無かったから……。個体差凄いなって。こんなに違ったら使う武器とか調整必要になるなぁって思ってた。私の手って別に小さい方じゃないけど、流石に比べたらかなり小さいなって。チェーンソーって男性向けっぽいし、握りやすく改良した方がいいなかぁ?」

「番長に相談してみろ。武器屋も趣味でやってるだろ。改良くらい簡単に出来るはずだ」

「成程!」


 より使いやすい武器の相談を今度シュンレイにしてみようかと思う。一般的に販売しているチェーンソーを現状そのまま使用しているが、少しでも改良すれば戦闘に特化させることが出来る気がする。


「ザンゾー。飲み終わったから離して」

「あぁ? 嫌だ。」

「何で!?」


 ザンゾーの右腕はユミの腰あたりに回されており、完全にホールドされている。これでは動けない。血液を手に入れ、用がなくなったのでそろそろ離してもらおうかとしたが、拒否されてしまった。


「むむむ……。まぁいっか」


 ユミはさっさと諦め、スマホを取り出す。そしてどうせ離してもらえないならと、ザンゾーに寄りかかり、ザンゾーごと座椅子として扱うことにした。


「かははっ! 流石だな」


 ザンゾーはまた腹を抱えて笑っている。相変わらず1人で楽しそうな奴だ。意味がわからない。

 どうせ飽きたらいなくなるだろう。それまで座椅子になってもらえばいいと思うことにした。


 ユミは先程シュンレイから貰ってきた次の仕事の資料にも目を通す。情報の取り扱い的にザンゾーに見られるのは良くないだろうが、どうせ隠密でストーカーされている事はシュンレイも想定済みだろう。

 見られて困るような仕事はユミには振らないだろうと思うので、気にせず広げる。


 ユミは次の現場の位置やターゲットの情報を読み込む。特に建物内の場合は、空間の情報は大切だ。アヤメとの連携で、平面的な広さだけでなく、天井の高さや障害物の位置など頭に入れておく必要がある。この辺りはアヤメに細かく指導され今ではしっかり身につけることが出来た部分だ。

 また、当然ターゲットの力量も重要だ。使ってくる武器によって動きは当然変わる。事前にわかる部分を頭に叩き込んでおけば、連携に必要な意思疎通もスムーズになる。


「見やすい資料だな。ユミの能力に合わせて書いてあるようだ」


 ザンゾーが勝手に資料を手に取り見ている。


「普通はこんなに補足情報や考え方なんて書いてねぇ。番長がユミに勉強させるために追記してんだろうな」

「え……。そうなの……?」

「あぁ。まぁ、他人に渡る資料なんて見る事ねぇから分からないと思うが。これはかなり特殊だぁよ」


 そんな事は全く想像していなかった。渡す人によって資料の作りを変えているなんて。

 そもそもこれらはシュンレイが1人で作ったものなのかすら知らない。最初に仲介業者だと言っていたので、大元の依頼主からの資料がそのまま自分へ来ている物と思っていた。


「仕事こまけぇな。普通に尊敬するわ」


 ザンゾーが感心している。なんだか意外な姿だ。

 しばらくザンゾーと資料を読み込んでいると、ブーっとバイブレーションの音が部屋に響いた。ユミのスマホでは無い。おそらくザンゾーの物だ。


「あ。クソ。仕事入った。めんどくせぇ。まぁ、仕方ない。ユミじゃぁな。行ってくるわ」


 ザンゾーは持っていた資料をローテーブルに揃えて置き、ユミの頭をクシャクシャに撫でる。


「ボサボサになる……」

「かははっ!」


 笑い事では無いのだが。一通り撫で回すとザンゾーは満足したようで立ち上がり玄関へ向かった。


「またな」


 別に帰ってこなくていいのだけれども。ユミはザンゾーにヒラヒラと手を振った。

 するとザンゾーはすーっと姿を消してしまった。タバコの臭いも無くなったので、本当にどこかへ行ってしまったのだろう。ユミは引き続き資料の読み込みを行い、夜が更けていった。

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