目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
3章-9.旋律(2) 2021.5.10

「ふぇぇん。タバコ臭いよぉ……」


 ユミはベッドにうつ伏せにダイブしながら呟く。

 またザンゾーが部屋に居る。9個分の呪詛が掛けられた臓器を食べたことで、嗅覚は更に鋭くなったようだ。気配はなく、姿も見えないが、タバコの臭いだけは分かってしまう。


「バレたか」

「隠れるつもり無いでしょ」

「まぁな」


 本気でバレたくなければ禁煙すればいいだけだ。ユミにはバレてもいいと思うからこそ、臭いを消していないのだろう。

 ザンゾーは姿を現した。ユミの部屋にも関わらず、堂々と座椅子にあぐらをかいてくつろいでいる。図々しいにも程がある。見ていて腹立たしい。


「なんの用事?」

「今日で3日経つ」

「……」


 ザンゾーの血液を飲んでから3日経つ。当然忘れていた訳では無い。むしろずっと頭の片隅にあった。忘れることなんてできるはずがない。また、あの激痛を味わうのかと思うとゾッとする。


「血肉、食ってないだろ」

「……」


 ユミはぷいとそっぽを向き、ザンゾーに背を向けて寝転がる。この男はユミが発作を起こすところでも観察しに来たのだろうか。それともわざわざ気を使って血を飲ませに来たのか。


「発作には限界がある。20回程度起きると死ぬ」

「え……」

「言っただろぉ。発作自体起こさないようにすべきだと」


 確かにザンゾーはそう言っていた。死に至る発作とはそういう事だったのかと、ユミは理解した。


「ザンゾー、血ちょうだい」


 背に腹は変えられない。ちょうど食料がのこのこやって来たのだ。貰えるなら貰っておこう。


「もっと媚びろ」


 めんどくさい。せっかくお願いしたのに、簡単には供給して貰えないらしい。

 媚びるとは一体どうすればいいのだろう。ユミは考えてみる。言葉の意味としては相手の機嫌を取って要求を受け入れてもらうといった意味になる。

 ということは、ザンゾーのご機嫌を取らなければならないらしい。ザンゾーがどうしたらご機嫌になるのか分からない。可愛くお願いすればいいのだろうか。分からなすぎて脳みそがショートしそうだ。

 相手にお願いを聞いてもらうにはどうするのがいいだろうかと、ユミは自分が相手のお願いを聞いてあげたいと思う時のことを考えてみる。


 自分がお願いを聞いてあげたいと思うのは、やはりアヤメだ。ねだられれば大抵聞いてあげてしまう。

 洋服を一緒に買いに行った時など、「ユミちゃんは可愛いから絶対これ似合うと思うの! 試着してほしいな。だめかな?」と上目遣いで言われる。自分の好む系統の服では無いがアヤメが喜んでくれるならと試着してしまう。まさにこういう事なのではないだろうか。


 まず、相手を持ち上げて、次に要求をいい、最後に上目遣いでダメかと追い打ちをかける。

 成程、このコンボは有効かもしれない。普段背の大きい部類に入る自分は、上目遣いなどやった事がない。小動物のような小さい女の子がやるものという認識なので縁がなかった。

 しかし、背に腹はかえられぬのだ。ユミは覚悟を決める。幸いザンゾーの方が背が高い。座っていても角度的に上目遣いは出来そうだ。ユミは起き上がりザンゾーの近くに行き座る。


「おぅ。なんだ、ちゃんと媚びに来たか」


 ユミは、こくりと頷く。そしてザンゾーの右手を両手で握る。アヤメもこうやって手を握りながら言っていたからきっと間違いない。


「あの、えっと……。ザンゾーの血は美味しいから、欲しいんだけれど……。だめ……かな……?」

「……」


 ちゃんと上目遣いにはなっているはずなのだが。しっかり血が美味しいと褒めた上で要求を言い、念押しした。我ながら完璧なコンボではないかと思う。

 だが、ザンゾーが固まって動かない。失敗だろうか。


「だめ……なの……?」


 再度聞いてみるが、ザンゾーは何も言ってくれない。ザンゾーは左手で自身の顔面を覆い俯く。そして大きく息を吸い込み吐き出した。そしてしばらくすると口を開いた。


「ユミ、そんな技はどこで覚えた?」

「え? 今初めてやってみたけれど。上手く出来なかったかな……?」

「……」


 なぜ何も答えてくれないのだろう。やはりダメだったのだろうか。ダメならダメでちゃんと評価が分からないと改善のしようもない。


「ユミ、こっちに来い」

「へ?」


 ユミは腕を捕まれ引き寄せられる。そして、よく分からないうちに、ザンゾーのあぐらをかいている内側にすっぽり収められてしまった。

 自身の背中にザンゾーの胸部が当たるような位置なので、ザンゾーの顔などは全く見えない。表情が見えないと意図もよく分からないため、ユミは戸惑う。


「好きなだけ飲め」


 ザンゾーは左手の親指の腹をナイフで軽く切り、ユミの口元に差し出した。どうやら合格だったらしい。ユミは差し出された手の切り口にかぶりつく。ザンゾーは意外とチョロいのかもしれない。


「美味いか?」


 ユミは頷いた。喉の乾きが無くなっていく。体も元気になっていく感じがした。

 普通の食事で満たすものとは、全く別の物が満たされているのかもしれない。兎にも角にも、これでまた少なくても3日は持つだろう。

 一定量の血液を飲むと、血肉への渇望が収まる。この感覚が発作へのカウントダウンを延長しているということなのだろうと、何となく体感で分かる。一安心だ。


「お前の切り替えの速さには毎回驚かされるわ」


 大きなお世話だ。そうでもしなければ生きられないのだから仕方がない。

 監禁拷問され心臓を食い荒らし全裸で暴れ回ったのだ。今更羞恥もプライドも無い。そんなものはかなぐり捨てて生きることを選んだから今がある。


 それに、思考を停止して開き直った訳では無い。沢山思考した。

 当然割り切れない思いはある。だが色々考え抜いた結果、自分が最も大切にしたいと思えたのは、自分を支えてくれている人達だった。その人達を悲しませたくないと思った。自分が死んだらきっと悲しむ。だから変なプライドも感情も割り切った。


 色々と吹っ切れたのかもしれない。血肉を接種し続けなければ生きていけないこの体の事も受け入れた。それでも自分は生きたいのだ。その願望は無視できない。認めるしかない。その上で生きる覚悟を改めてした。


 また、自分にできないことを高望みする事も辞めた。きっとザンゾーを排除することは自分には出来ない。であればシュンレイに言われたように飼い慣らす事を目指そうと切り替えた。

 飼い慣らす方だって無謀だが、排除することに比べれば可能性は有る。できる可能性が高い事に全力で取り組もうと決心した。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?