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3章-8.解放(4) 2021.5.7

 ユミはbarを後にし自宅へ戻る。ワンルームの部屋の明かりを付け、そのままベッドにうつ伏せにダイブした。

 ご飯を食べて回復したとはいえ、疲労は激しい。今日はこのまま寝てしまおうか。


「タバコ臭い。最悪」

「何で分かった。嗅覚が更に鋭くなったかぁ?」


 案の定ザンゾーが部屋にた現れた。完全にストーカーだ。勘弁して欲しい。四六時中付きまとう気だろうか。


「血の臭いもするから分かる」


 一体何をしに来たのだろう。これではゆっくり寝ることも出来ない。


「仕事? それとも執着のせい?」

「両方だな」


 仕事という事は、監視対象という事だろう。


「また私を誘拐して拷問して臓器食べさせるつもり?」

「いや、誘拐も拷問もしないし、臓器を食べさせるつもりも無い。ただの牽制だぁよ。他の奴にユミを取られたくない」

「……」


 他にも狙ってくる人間がいるという事か。自分の知らないところで何か話が動いていると思うと気持ちが悪い。

 例えザンゾーを殺したところで自分に付きまとう人間は居なくならないのかもしれない。そう考えると、得体の知れない新たな人間を警戒して相手にするより、執着を発動しある程度勝手がわかるザンゾーの方がいくらかマシかもしれないともと思う。


「お前は貴重なサンプルとして認知された。俺が手を引くと他のやつがちょっかい出しに来るだろうなぁ」

「呪詛師?」

「秘密だぁよ」


 ザンゾーはそう言って、寝転がるユミの頬をつつく。さすがに監禁された時のように何でもベラベラは喋らないか。


「ずっといる気?」

「あぁ。もちろん」

「……」


 息が詰まる。


「常識的に考えて? ここは女の子の一人暮らしの部屋だよ?」

「かははっ! 俺に常識なんて通用するわきゃぁねぇだろぉ!」


 最低だ。


「ユミ。諦めろぉ。この俺に執着されたんだからぁよぉ。一生付きまとわれるに決まってんだろぉ。一生可愛がってやらぁ」


 ザンゾーはニヤニヤと笑いながらユミの頬を撫でる。


 あぁ。不快だ。本当に不快。

 やっぱり殺そう。こんな人間。

 殺してから後のことは考えればいい。


「おぃおぃ。物凄い殺気だぁね。よく考えろぉ。ユミが俺を殺せる訳ねぇだろ。力量差も分からねぇおバカさんかぁ? やめとけやめとけ。番長に俺を飼い慣らすように言われてたが、お前にゃぁ無理だ。お前が俺を飼うんじゃえねぇ。俺がお前の飼い主だ。ペットはペットらしく、健気に飼い主にしっぽ振ってろ」


 視界に入れるだけで腹立たしい。


「その調子で俺を恨め。その方がいずれお前を黒く染める時手っ取り早くなるからぁよ。かははっ!」


 ユミはバンとベッドを叩きつけ起き上がる。


「ゴミを見るような目つきだぁね。悪くねぇな」


 何をしても手のひらの上で転がされている感が非常に不愉快だ。この相手を煽るような言葉も言い回しも全て計算の上かもしれない。そう分かっていても苛立ちを抑えることは出来ない。

 ユミは自分に触れるザンゾーの右腕を掴み、引き寄せる。そしてザンゾーの心臓目掛けて右手を突き立てた。


「だぁから。無理に決まってんだろぉ」


 一瞬で逆に両腕を捕まれ止められてしまった。

 この男をどうやって殺せばいい。かすり傷を負わせる事すら自分には出来ないのだろうか。ニヤニヤと笑うザンゾーがひたすらに憎たらしい。ユミは大きくため息をついた。


 やはり、こんなもの勝てるはずない。少なくても力では叶わないだろう。

 人間性を知れば隙は見つけられるかもしれないが、結局の所ザンゾーはどこまでが戦略でどこからが本心か分からない。軽いノリの会話だって、几帳面さや慎重さをイメージさせない戦略だと思われる。


 こんな男にダメージを負わせるにはどうすればいいだろうか。

 ユミは考えてみるが全く活路を見いだせなかった。諦めるしかないのか。この燻る殺意を留めておくなど精神衛生上非常に良くない。


 ユミが腕の力を抜くと、腕は直ぐに解放された。

 諦めたのが正確に伝わったのか、抑えておく必要も無いくらい驚異にはなり得ないという事なのか。どちらにせよその行動すら腹立たしい。


 と、その時だった。


「うっ……。ゲホッゲホッ……。うぅ……」


 突然腹から込み上げる激痛と熱。心臓を締め付けられるような感覚。

 何だこれは。思わず両手で口を押えたが、指の隙間から鮮血が滴っていた。


「何……。これ……。うっ……」


 腹が焼けるように痛い。内側から食い破られるような激痛。

 痛みで呼吸すら出来ない。苦しい。


 ユミはベッドに横たわり少しでも痛みを軽減しようと体を丸める。

 なんだ、ザンゾーに毒でも盛られたか。幻術で何かされたか。分からない。痛すぎて分からない。


「ちっ。もう始まったか」


 何が始まったと言うのだろう。

 ユミはザンゾーに仰向けにされる。痛みで抵抗すら出来ない。


「痛みを軽減する幻術を掛ける。この幻術は得意分野じゃねぇから抵抗されたら入らねぇ」

「そんなの……。信じ……られない……」

「そのまま呼吸困難で死ぬぞ? いいから復唱しろ。『私は快楽を受け入れる』言え!! 死にてぇのかっ!?」


 ザンゾーに怒鳴られる。ユミはその声にビクッと体を震わせた。

 肩を押さえつけられ強制的に目が合っている。

 ザンゾーは怒っているようだ。とても怖い。


「私は……。快楽を……受け入れる……」


 その瞬間、頭がぼーっとした。ふわふわと浮いているような感覚になる。


「呼吸しろ」


 ユミは大きく息を吸い吐き出した。やっと十分な酸素を取り込めたような気がする。

 痛みは徐々に引いていき、呼吸がまともにできるようになった。一体今のはなんだったのだろうか。


「痛覚を幻術で麻痺させただけで、体へのダメージが無くなった訳じゃない。大人しくしてろ」


 ザンゾーはユミを解放し、背を向けた状態で自身の左手の親指の爪を噛んでいる。ザンゾーが何か考えている時の行動だった。

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