「うぅぅぅ」
「ユミ。文句を言うな」
「シュンレイさんに担がれるのは申し訳ないから、回避出来たのはいいけど、ザンゾーにお姫様抱っこされるのは嫌……」
「あぁ? わがまま言ってんじゃぁねぇぞ! お前がエネルギー切れになるまで暴れるのが悪いだろぉ!」
「ヤダ! 喋んないで! タバコ臭い!」
「うるせぇな!」
案の定、ユミはエネルギー切れになるまでシュンレイと手合わせを行った。いつものようにピクリとも動けなくなってしまったため、ザンゾーに運ばれ階段を登っている。
階段を登りきり、先を歩くシュンレイがbarの入口の扉を開けた。
「戻りましタ」
「ユミちゃん!?」
アヤメの声がする。ユミは近くのテーブル席の椅子に降ろされた。近くまで走って来たアヤメは涙ぐみながらユミを見ている。
「アヤメさん。ただいまです。ハグしてください!」
ユミは満面の笑みで両手を広げた。そして直ぐにぼすっと腕の中に収まるアヤメを抱きしめる。
暖かい。心が緩んで落ち着いていく。自分が幻術に対抗できたのはきっとアヤメのおかげだ。この暖かさと安心感があったから、今自分は生きてこれたのだと確信する。
アヤメを沢山泣かせてしまったなと思う。アヤメにはずっと笑顔でいて欲しい。アヤメが自分にそう願ったように。
「良かった。本当に良かった……。二度と会えないかもって思ったら本当に怖くて……。会いたかったよ。ユミちゃん。戻って来てくれてありがとう」
アヤメはそう言ってへにゃっと笑った。私の大好きな笑顔だ。本当に戻ってこれて良かったと感じた。
「ユミさん。今日は何を食べたいですか?」
「んー。豚のしょうが焼き定食をお願いします!」
「分かりましタ」
ふと顔をあげると、既にそこにはザンゾーはいなかった。用が済んだということなのだろう。
「シエスタもね、結構待ってたんだけど予定があったみたいで少し前に帰っちゃったの。凄く心配してたから、メッセージだけでも送ってあげて欲しいな」
「了解です」
シエスタにもだいぶ心配をかけてしまったようだ。ユミはスマートフォンを取りだしメッセージを打つ。改めてこんなにも周りに大事にされている事に気が付き感謝しかない。本当にありがたい話だと思った。
しばらくまったりとアヤメと話していると、豚のしょうが焼き定食が運ばれてきた。とてもいい匂いである。何だか久々のご飯な気がする。美味しいと感じなくなってからは、食事はただの作業だった。辛いとも感じなかったがそれでもその作業は面倒で、買ってきた惣菜ばかりだった。
「いただきます」
ユミは味噌汁をすする。口いっぱいに広がる味噌の風味。暖かさが身体中に染み渡っていく感じがする。
「美味しい。美味しいよ……」
涙が出た。美味しくて美味しくて、止まらない。
「ユミさん。ゆっくり食べて下さい」
「はい」
ユミはひと口ひと口噛み締めながら食べ進めた。
***
「それにしてもさ、ザンゾーって男は何だったの? どう考えても
ユミが食べ終わったところで、アヤメが話を切り出す。アヤメの言う通り、ユミもイマイチ執着が理解できない。するとシュンレイが少し考えたのち、口を開いた。
「対象へ異常なほど興味を持ち、手放すことが出来なくなる病気でス。これは一部の人間が持っている性質でス。対象は物であったり人間であったり様々です。こういった傾向を持つ人間は一定数いますが、高ランクのプレイヤー、特に男性に多いとされています。遺伝的な何かでしょう。我々の遺伝子は煮詰まっていますかラ、傾向が強くなるのは仕方ないと言えまス。また、例え対象を失ったとしてもその執着は消えること無く一生付きまといます。もはや呪いのようなものです。執着する本人の意思ではどうしようもありません。途中で飽きるという事が無いのですかラ」
それは、とても厄介なのではないだろうか。
「え……。じゃぁ、ユミちゃんはずっとあの男に付きまとわれるの?」
「えぇ。そうなるでしょウ。しかも相手が悪い。ザンゾーという男は、昔は逃げのザンゾーなどと呼ばれていた人間で、隠密が非常に得意です。逃げに徹しられてしまえば、殺すことは困難でス。また、ザンゾーという通り名も、そのまま
「そんな……」
「むしろ狂気を飼い慣らしたように、ザンゾーも飼い慣らしてくださイ」
「え゛……」
変な声が出てしまった。
ザンゾーを飼い慣らすとは……。流石に無理ではないだろうか。
「殺せないならいっそ、ちゃんと躾て飼うって事……?」
「えぇ。その通りでス」
「でもそんな事可能なの? 私は全然想像つかないよ……」
アヤメと、同じ気持ちだ。全く想像ができない。
とはいえ、殺す事も出来ない人間が一生まとわりついてくるのだ。向こうの好きにさせれば、酷い目にあう事は分かりきっている。
恐らく執着は好意とは全く異なる。思いやりも気遣いも無いだろう。所有欲や独占欲など独りよがりなものに違いない。そんなものに振り回されては生活など出来ないだろう。
「逆に考えてください。ザンゾーを振り回せるのは、この世にユミさんただ1人です。存分に利用する事を考えてくださイ」
「……。はい……」
出来ればもう二度とザンゾーとは関わり合いたくなかった。
監禁された時の辛さも、拷問された時の痛みも、今でも鮮明に蘇るのだ。絶対に許すことなんて出来ない。すぐにでも心臓を抉り出してぐちゃぐちゃにして食い荒らしてしまいたい。
「どのように仕掛けてくるか分かりません。何かあればもちろん私が動きます。殺す事ができるかは分かりませんが、無傷ではいられないはずですかラ。その時には相談してくださイ」
「了解です」
「たとえ六色家と全面戦争になったとしても、ユミちゃんの安全の方が圧倒的に大事だからねっ! 私もついてるから!」
「えぇ。この際、六色家など全員殺してもいいかもしれませン。ユミさんも、ザンゾーを殺せるのであれば、いつでも殺して構いませン。後のことは私がやりまス」
シュンレイは六色家に対して怒っているのだろうか。当然表情には出ないが、ここまで強い言葉を使うのはあまり見ない。
「ありがとうございます。私の方でも色々頑張ってみますが、ダメだったら頼らせてください」
ユミは、そう答えはしたが、頼るべきでは無いと思った。
ザンゾーを叩くと言う事はつまり、六色家全体と戦う事になると、何となく話の中で分かってしまった。
全面戦争をして皆が無事でいられる保証は無い。相応のリスクだってある。だから1番は、ユミ自身でザンゾーを殺さずに何とかするのが良いのだろう。
なかなか平和に過ごすというのは難しいのかもしれないと思うと気が重くなった。