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3章-8.解放(2) 2021.5.7

 何でザンゾーがここにいるんだろう。

 分からないけれど。

 また、血を飲ませてくれるのだろうか。


「何で逃げるの? 心臓もくれるって言ったじゃん」

「言うには言ったな。かははっ! だが、今のユミにはあげられねぇからぁよ」


 今の私じゃダメ? 何がダメなのだろう。


「ユミさん。正気に戻ったら美味しいご飯を食べられまス。早く戻って来てくださイ。アヤメさんが待っていまス」

「うっ。うるさい! うるさい! うるさい! お前は誰だ! 黙れ黙れ! 嫌っ……」


 また涙が出る。何なのだろう。

 どうして涙なんて。

 深い湖の底から何かが叫んでいるみたいだ。

 聞き取れないけれど凄く苦しい。

 黙って欲しい。

 私は今最高に楽しいはずなのに。

 何で邪魔してくるのだろう。

 もっと楽しい事って何? 今の私じゃダメって何?

 分からない。


「狂気状態でこれだけ意思疎通ができる時点で驚異だぁね。ただ、随分幼いのが気になるな。本人に届いている気がしねぇ」

「確かに幼い印象でス。子供が遊んでいルようナ」

「流石にこれだけじゃぁ何が起きてるかまでは分からねぇな」

「そうですカ。使えなイ」

「あぁ?」

「最強の幻術師なのでしょウ? さっさと分析しなさイ」

「人使い荒すぎだろぉ!」


 楽しい事。楽しい事。

 なんだか沢山あったような気がする。

 何で思い出せないのだろう。

 ほらまた声が煩くなった。

 水底から声がしているみたいだ。

 でも少し聞き取れてきたかもしれない。


「ユミさん。アヤメさんのお願いを聞いてあげてくだささイ」

「お願い……?」


 アヤメさんのお願い。

 なんでだろう。

 心臓がきゅーって締め付けられる。

 なんだかそのお願いだけは、聞いてあげたいな。

 何て言われたのだったろうか。

 思い出せそうなのに。もう少し。

 もう少しで掴めそうだ。


「えぇ。お願いでス。ユミさんに笑顔でいて欲しいト」

「笑顔……」


 笑顔なんて……

 笑顔なんてそんなもの、出来ない!! それは私じゃ出来ない!


「嫌!!! 何で私じゃないの! 置いていかないで!!! 私の事も助けてよ!!!」


 うるさいうるさいうるさい!

 なんて言ってるのか分からないけれど、もう聞きたくない!

 怒らないでよ!


「番長。もしかしてユミは狂気持ちか?」

「……。よく分かりましたネ」

「幼い頃に封印したか?」

「えぇ。そんな所でス」

「本人は知っているのか?」

「いいえ。両親の希望で伝えていませン」

「知らない方がいいな」

「えぇ」


 皆否定する。どうして。

 こんな私じゃダメだって。違うって。

 戻ってって。酷いよ。

 私だって、ちゃんと私なのに……。


「うぅぅぅ」


 頭が痛い。ずっと痛い。

 水底から聞こえる声が近づいてきている気がする。

 いや、違う。私が水の中に飲まれている。

 そんな気分だ。でも、やっと聞こえてきた。

 凄く優しい声。

 その声が語り掛けてくる。


 『大丈夫だから』


 何が?


 『そのままでいいんだよ』


 どうして?


 『だって私は私だから』


 私?


 『そう。私』


 でも皆違うって言う。


 『違くないよ』


 戻ってって。私じゃない人を呼ぶの。


 『そんな事ない。私じゃない人なんていないよ』


 本当に?


 『本当だよ。大丈夫だから。一緒に遊ぼう』


 一緒に?


 『そう。一緒に。この場所でなら一緒に居られるから』


 分かった!


 『いい子だね。一緒に歌おう。昔みたいに』


 うん!


「♪♪〜♪♪〜♪〜♪〜〜♪♪〜♪♪〜♪〜♪〜〜」


 この旋律懐かしいね。

 昔は沢山一緒に踊ったよね。

 もうこれからはずっと一緒だから。


 ユミは顔を上げた。そして笑う。


 行くよ。

 もう、置いてけぼりになんてしないから。

 今までひとりにしてごめんね。

 そして、今まで代わりに呪いを食べてくれてありがとう。

 これからはずっと一緒だよ。


「あははっ。あははははっ! もっと! もっと! もーっと! 遊んでくれますよね? シュンレイさん!」

「ユミさん……!?」


 ユミは一気にシュンレイとの距離を詰める。

 体術は相棒から教えて貰った。頭の中のイメージを具現化する。いくらでも付き合うとシュンレイは言ったのだ。責任もって付き合ってもらおう。私が満足するまで。


「ユミ。おま。まさか正気に?」

「え? どうだろう。完全な正気とは言い難いかも? いつか絶対その心臓私が食べるから。ザンゾーは覚悟してね!」

「かははっ!」


 体がふわふわする。この高揚感は心地よい。脳みそもクリアになって清々しい。視界も良好。


「ちょっと相棒が暴れ足りないっていうので、もうちょっと付き合ってください!」

「良いでしょウ」

「あははっ! ありがとうございます!」


 シュンレイとの手合わせは久しぶりだ。相変わらずこの殺気は鋭すぎて身体中がビリビリする。

 でも、それも今は心地いい。相棒が喜んでいるから。


 狂気が何かは正直分からなかった。だけど多分今それは自分と一緒にいるのは分かる。

 遠い昔、置いてきてしまったもの。ずっと忘れていた。でも、絶望して全てを投げ出そうとした私の代わりに、呪詛を受け持ってくれたんだろうなと思う。だからずっと私は私のままでいられたんだろう。

 時々顔を出しては助けてくれていた。大事な相棒だ。そして、相棒は私自身。

 1度は忘れてしまったけれど、帰ってきた。これからは一緒にいられる。この場所でなら。


「あははっ! あははははっ!」

「今日は体術を教えてあげましょウ。私は容赦しませン。覚悟してくださイ」

「よろしくお願いします!」


 ユミは鼻歌を歌いながら、構えるシュンレイ目掛けて駆け出した。


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