「狂気はなぁ、ユミ自身が飼い慣らすしかねぇ。7個食っても出来てたんだから、9個食ったってぇ、できるだろ。発散は必要かもしれねぇが、番長がいれば発散も可能だと見ている」
簡単に言ってくれる。9個目を食べて暴れた時の事を思い出す。とてもじゃ無いが止まる気がしない。内側から湧き上がる化け物に体を乗っ取られたような感覚だ。
シュンレイに取り押さえられた時戻ってこられたのは奇跡だと思っている。あれだけ暴れて発散ができたからこそ、あの時は戻ってこられたのだと思う。もしくはエネルギー切れのタイミングと上手く合致しただけだろう。
「沈黙で抑えているのは、正確に狂気だけ? ユミちゃんは、両親を殺されているし、拷問もされている。それらへの感情も抑えられている可能性だってあると思うんだけど」
シエスタがザンゾーに問いかける。
「魔眼君。良い着眼点だぁね。それらに関してはユミの中では消化済みだ。拷問で受けた傷なんて、番長と舞姫が必死で探してるぞっていう情報だけで乗り越えちまった。だからよぉ、舞姫。お前が暴れ回ってたのは全くの無意味じゃぁなかったってぇ事だぁ。ユミには届いてたんだぁよ。よかったなぁ? かははっ!」
アヤメはそれを聞くとポロっと涙をながした。アヤメが泣く姿は何か心にくるものがある。言葉にできるほどのものでは無いが、鈍くなった自身の心にもまだ少し感じる部分があるようだ。
「だがなぁ。ここまで沈黙しちまうと、もはや何も届かない。情報に希望を見いだせたのは臓器を8個食ったところまでだ。そこまでは確かにユミは俺に触られる度に嫌そうな顔をしていたから間違いない。ほら、今を見てみろ。これだけ触ったところで何も反応がない」
ザンゾーに頬を優しく撫でられる。ただの手癖だと思っていたが、どうやら反応を確かめて精神状態を確認していたということらしい。とはいえ、嫌がらせして楽しむ意図がなかったとは言い難いと思っている。
「ここまで沈黙が進めば、外部からどんなに愛情を注いだところで意味が無い。受け取るだけの感性が死んじまってるからな。魔眼君が言ったように、時が解決する可能性はゼロだぁよ」
ザンゾーはニヤニヤしながらユミの顔を撫で回す。いい加減飽きないのだろうか。野良猫を撫でているような物なのだろうなと思う。
「俺からの提案は簡単だぁよ。この沈黙を外部から強制的に解除し、ユミを狂気に堕とす。狂気で暴れ回るユミを番長が何とかする。その間にユミ自身が狂気を飼い慣らせるようになる。これしかねぇだろうな」
簡単に言わないで欲しい。飼い慣らすやり方なんて知らない。ぶっつけ本番で出来るなんて分からない。
「まぁ、飼い慣らせなかったら俺が幻術で飼い慣らすからよぉ。ユミ。つまり、自分で狂気を飼い慣らすか、俺に飼い慣らされて一生ペットとして過ごすかどっちかだぁよ。どちらにせよ生きられる。よかったなぁ? かははっ!」
何も良くない。
とはいえ、全てが冗談で言っているわけでは無さそうだ。狂気に支配されて暴れ回る化け物になったら、殺されるしかない。
ザンゾーであれば例え化け物になったとしても幻術にかけてコントロール出来るということだろう。実に胸糞悪い話だ。
「やるなら下の運動場へ行きましょウ」
「ちょっと待ってよシュンレイ。そんな賭けみたいな事……」
「他に方法がないのだら仕方ありませン」
「それはそうだけど……」
「アヤメさんはユミさんが一生このままでいいト?」
「いや、そうじゃなくて。そんな事誰も言ってない。私だってユミちゃんには笑っていて欲しい。ユミちゃんの笑顔が見たい。だけどリスクが大きすぎる。失いたくないよ……。もちろんこのままでいいなんて思ってないけど」
「アヤメさん。これはユミさんの問題です。アナタの希望でどうするかでは無いと思いますガ」
ユミはザンゾーの元を離れ、アヤメに近づく。こういう時はどうすれば良いのか分からない自分が憎い。ただ、自分を心配するために、アヤメはこう言っているのだと言う事位は分かる。
アヤメに大丈夫だと言う事を伝えたい。
笑っていて欲しいというアヤメの願いは叶えたいと思えた。それであれば自分のやる事は決まったようなものだ。
ユミはアヤメを抱きしめる。いつもアヤメが自分にしてくれていたように。
絶対に戻ってくる。この気持ちが伝わればいいなと思う。
ユミはアヤメを解放し、スマートフォンを取り出しメモ機能を開いた。そして打ち込む。
『よろしくお願いします』
そう書いたスマートフォン画面をシュンレイに見せた。
「了解しましタ」
ユミはbarの出入口に向かう。出口に向かいながらザンゾーに視線を送る。
さっさとこの沈黙を解けと。
「はいはい。行ってやらぁ」
ザンゾーも大人しくついてきてくれるようだ。恐らくシエスタでもこの沈黙は解けるのだろうとは思う。だが、解いた瞬間に狂気が暴れた場合、自分はシエスタを殺してしまいそうだなと思った。
視界に入った人間を全て喰らい尽くそうとする狂気の化け物を、直ぐに飼い慣らすなんて出来ないと思っている。ザンゾーなら別に死んでもいい。自分の事を好きだと言うのなら心中くらいしてくれるだろう。
「アヤメさんとシエスタはここにいてくださイ」
「え……」
「非常に危険でス。アナタ達まで守りながら対応できませんかラ」
「……。分かった。シュンレイ。お願いね。信じてるから」
アヤメ達はbarへ残していくのが、シュンレイの判断のようだ。ユミが狂気に堕ちた姿は見せない方がいいと思ったのだろうと推測した。
ユミ達3人は、地下の運動場へと向かった。