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3章-7.沈黙(2) 2021.4.26-2021.5.7

 barに着くと、そこにはシュンレイとアヤメとシエスタが待っていた。


「ユミさんの状態をシエスタに診て貰おうと思いまス」


 ユミはテーブル席の椅子に座るよう指示され、指示通り椅子に座った。目の前にシエスタが立つ。


「今からユミちゃんの状態を見るけど、抵抗はしないで欲しい。気持ちを楽にして俺の目だけ見て欲しい」


 ユミは頷いた。ユミの同意を確認すると、シエスタは屈んでユミと視線を合わせる。


 相変わらず不思議な色彩の瞳だった。濃い茶色の瞳に赤みがかったラインが入っている。そして、その赤いラインはどんどんと太くなっていく。

 前はこうして幻術にかけられて眠らされたのだったなと思い出す。


 しばらくぼーっとシエスタの瞳を見ていると、シエスタは目線をそらし真っ直ぐに立った。


「これは、幻術を掛けられているんじゃなくて、ユミちゃん自身のの自己暗示。当然無理矢理に解くことはできるけど、自己暗示をしている原因が分からない状態で解くのはおすすめ出来ない」


 シエスタは結果をシュンレイに伝えた。


「そうですカ。ありがとうございまス」


 シュンレイはまた何かを考えているようだ。


「ねぇ。その自己暗示って解いたらどうなるの?」

「ユミちゃんの場合の自己暗示は、と呼ばれる方向の暗示だから、正直何が起こるのか予測がつかない。これは一種の防衛本能なんだよ。身を守るための行動、無理に解いたら何かが壊れてしまうかもしれない」

「え……。えっと、ごめん。その沈黙ってなんなの?」

「沈黙は、そうだねぇ。全ての精神の振れを一気に抑え込むようなイメージかなぁ。楽しい、苦しい、悲しい、妬ましい、嬉しい、心地よい、つらい等の感情を全て押さえつけるような物だから。恐らくだけど、どれかしらの感情や状態が異常値に振れていて壊れそうなのを、自己暗示で沈黙化して押えているような状態だと思う」

「そんな……。でも、そうだよね……。ユミちゃんには辛いことが多すぎたもん……。それはそうだよ。大丈夫なわけないよね……。今ここに居てくれるだけでも奇跡だもん……」

「時が解決することもあるけれど、こればかりは分からないねぇ。ここまで酷い沈黙の場合、時間を置いただけでは戻って来られないと俺は思う」


 今の自分の状態はどうやら自己暗示による物らしい。正直自分ではよく分からない。

 確かに感情の起伏が乏しいなとは思っていた。何に対しても心が動かないという感じだ。

 ただ、こんな状態の自分でもはっきりと分かる事がある。それは、ずっとこのままは良くないという事だ。

 少なくともこれは、自分が生きたいと願った未来では無い。


 皆暗い顔をしている。自分事のように悩んでくれているようだ。

 どうすればいいのだろう。と呼ばれる自己暗示を解けばいいのだろうか。とはいえ、解き方など分からない。


「よぉ。皆さん。お困りのようだぁね」


 突然barに響く声。一斉に全員の視線がその声の主の方へ向けられる。


「ザンゾーさん。何しに来たんですカ? そんなに死にたいト?」

「かははっ! おっかねぇなぁ? 番長。殺気漏れてんぞ」


 突然barにザンゾーが現れた。扉が開いて入って来たわけでは無いので、きっとずっとbarの中にいたのだろう。それをこのタイミングて姿を現し声を掛けたということだ。

 何故ザンゾーがここにいるのか。一体何をしに来たのだろう。用もないのに来るとは思えない。また誘拐しに来たのだろうか。それにしてはシュンレイもアヤメもいる時に来るのは明らかにおかしい。


「シュンレイ。何なのあの男」

「六色家の黒の現当主、六色家で現在当主を除くと、最も実力があるとされている男でス」

「六色家って……。まさかっ!」

「そうでス。ユミさんをさらって監禁して拷問した男でス。そして、ユミさんの監禁場所をリークした張本人でもありまス」


 ゾクリと背筋が凍るほどの殺気がアヤメから放たれた。


「殺していいよね……?」

「おぃおぃ。舞姫ごときが俺を殺すとか。やめとけやめとけ。かははっ! 捉えることすら出来ねぇと思うがな」

「アヤメさん。残念ですがアヤメさんでは歯が立たないでしょウ。あの男は強イ」

「それでも、許せない。絶対殺してやる」

「かははっ! まんまとユミを目と鼻の先で攫われたくせに。そもそもなぁ、舞姫。全部お前の落ち度だ。なぜならなぁ!」


 あぁ、その先は喋らせてはいけない。

 黙らせなければならない。

 ザンゾーの口を塞がなければ。

 きっと会話でアヤメのメンタルを攻撃する気だ。

 何としてでも止めなければ。


 ユミはスっと立ち上がりザンゾーとの距離を一気に詰めた。

 右手を口の中に突っ込めば黙るだろうか。右手をザンゾーの口目掛けて押し込む。


「おぃおぃ。ユミどうした?」


 やはり右手はザンゾーに捕まれ簡単に止められてしまった。


「そんなに先を喋らせたくないか。だがなぁ、俺を止められるわけないだろう。こんな攻撃でどうやってこの俺を止めるんだぁ? 残念だが続けさせてもらう」


 見え透いた攻撃ではやはり止まらないか。ならば仕方ない。

 ユミは左手をザンゾーの首に回した。そして自分の顔の高さまで頭部を引き寄せ、自らの口でザンゾーの口を塞ぐ。

 これなら流石に黙らざるを得ないだろう。


 口付けしたまま薄目でザンゾーを確認すると、ザンゾーは目を見開いていた。驚いているようだ。

 ザンゾーの動きが無くなったところで口を解放すると、ザンゾーはそのままの状態で固まっていた。


「……。ユミ……。おま。あー。もぅクソが。わぁかったわ。ユミのお願い聞いてやらぁ。この先の話はしねぇ。それでいいな」


 ユミはこくりと頷いた。ちゃんと言うことを聞いてくれて良かった。

 口の中にタバコの臭いが広がる。さすがにこの臭いに慣れたとはいえ、あまり気分のいいものでは無い。

 口をゆすごうとbarカウンターの流し台の方へ向かおうとする。


「おら、待てや」


 ザンゾーに捕まってしまった。腰に手を回され抱き寄せられる。これでは完全に人質だ。しくじったかもしれない。


「魔眼のシエスタ。お前の分析は正しい。流石魔眼だぁね。その沈黙を解いたら何が起きるか教えてやる」


 ザンゾーは喋りながらユミの後頭部の髪を触る。相変わらず手癖が悪い。迷惑な話だ。


「今ユミの中で暴れているモンは強烈な狂気だ。これを抑えるために沈黙化している」

「そういう事ですカ」

「シュンレイ! こんなやつの言うことを信じるの!? おかしいよ。あの男が何をしたいのか全然わかんない!」


 本当にアヤメの言う通りだ。ザンゾーが何をしたいのかさっぱり分からない。何をしに来たのだろう。


「アヤメさん。簡単でス。執着でス」

「え……。執着って……?」

「そういう事でしょウ? アナタ、ユミさんに対して執着を発動しましたネ?」

「かははっ! そうだ。その通りだぁよ。自分でも驚いてるわ。厄介だぁね、こりやぁ。かははっ!」


 結局意味が分からない。執着とはなんだ。それでこの意味不明な行動原理が説明できる話なのだろうか。


「アヤメさん。そういう事でス」

「は? そういう事って何。意味わかんない!」

「……」


 何故かシュンレイが怒られている。完全にとばっちりだ。少し気の毒である。


「簡単に言うト、ザンゾーさんはユミさんが好きなのデ、ユミさんを生かしたイという考えを持っていまス」

「は? 拉致監禁拷問しておいて好き? 好きならさっさと解放すれば良かったじゃん。こんなに酷いことしておいて好きって何なの!? 頭おかしい! 狂ってる! そして何より気持ち悪いっ!!!」


 ユミが言いたかった事を、アヤメが綺麗に代弁してくれた。本当にその通りだと思う。


「厳密に言うと執着なのデ、好きとは異なりまス。非常に歪んでいルと思ってくださイ」

「で、シュンレイは、あの男がユミちゃんに執着しているから使えると思って泳がせようとしている訳? 私はそんなの知らない。使えるか使えないかなんて知らない! 気に食わないから殺す! 生かしておけない!」

「おぅおぅ。イイねぇ、舞姫。いくらでも殺しに来いや。まぁ、流石に舞姫相手に手加減なんて出来ねぇから殺すことになるがな。かははっ!」

「絶対に殺す……」


 アヤメは既に手袋をはめている。いつ攻撃を仕掛けてもおかしくない。

 今はユミがザンゾーの近くにいるために、攻撃しないだけだろう。ザンゾーがユミを解放した瞬間、戦闘が始まってしまう。


「おい。おま。ユミ! 抱きつくな。動けねぇだろ」


 ザンゾーを止めてアヤメも止めるにはこれしかない。自分がくっついていればアヤメも攻撃しないし、ザンゾーも実体を掴まれていればあの幻術は使えない。


「かははっ! そんなに舞姫が大事かぁ? 妬けるねぇ」

「ユミちゃん。どうして……」

「んな事簡単だろぉ。俺が舞姫を殺さないためにユミは俺を押さえてんだぁよ」


 本当にザンゾーはタバコ臭いな。一日に一体何本吸ったらこんな事になるんだろう。


「アヤメさん。気持ちは分かりますが、武器をしまってくださイ」

「……」


 アヤメは苦しそうな表情をしながらも、武器をしまってくれたようだ。

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