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3章-6.黒橡(くろつるばみ)(5) ?-2021.4.23

 すっかり日が落ちた。辺りは闇だ。

 建物の出入り口の扉部分の照明以外、何の明かりもない。まさに真っ暗だった。

 だが、ユミの目にはハッキリと様子が見えていた。暗所でも見えるなんて、もはや人間とは言えないかもしれない。


 周囲にいた人間は全て殺し、余すことなく心臓を食べ尽くした。

 一体何十人の心臓を喰らったのだろうか。数えていないので分からない。


 監禁されていた建物の屋根に死体の山を築き上げ、その上に座ってみたが別に楽しくは無かった。

 達成感とか、優越感とか、そんな物が感じられるのかと思ったが、とんだ勘違いだった。何も感じない。

 砂遊びで山を作ったのと何ら変わらなかった。


 あたり一面生物の気配が一切無くなる程、自分はこれだけ暴れ回ったわけだが、まだ足りない。

 全然足りないのだ。湧き上がる熱を放出する先がない。


 ふと、ユミは森の奥の方を見た。

 何かそこにが見えた気がする。森の出口だろうか?

 ユミは目をこらし、の正体を掴もうと意識を集中する。

 異変は見逃してはならない。


 というのも、一通り歩き回ったがこの森には出口がなかったのだ。

 端まで歩いて行っても森に終わりはない。いや正確に言えば、端に辿り着けない。直ぐにこの建物に戻されてしまうような造りだった。

 どんな仕掛けなのかは全く分からないのだが、自分の力で出るのは難しいと感じた。


 さすが幻術師の拠点だ。外側からだけでなく内側からも簡単には行き来出来ないような造りらしい。


 が見えたと思った部分だが、どうやらこの閉ざされた空間の歪みであっていそうだ。

 そこから新しい人間が来た。その人間はゆっくりこちらへ向かってくる。

 何か不気味な気配だ。強者かもしれない。

 ユミは立ち上がる。そして、右手には奪い取ったナイフを持った。


「あははっ!」


 ユミは駆け出した。その人間を目掛けて。

 増援だろうか。もっと増えるのか。楽しそうだ。高揚感が止まらない。

 ユミは勢いよくナイフで斬りかかった。だが、攻撃はひらりとかわされてしまった。

 何度も切りかかるが全く当たらない。こんな強い人間がまだ残っていたとは。楽しくて仕方ない。


 ユミは距離を取り鼻歌を歌う。そして再び切り込んだ。

 回し蹴りを首に叩き込むがガードされる。足元を切りつけてもギリギリのところで躱されてしまう。全く歯が立たない。

 そして、甘い攻撃をした途端腹部に強烈な一撃を貰った。森の中を転げ回る。


「あははっ! あははははっ!」


 ユミはゆらりと立ち上がった。痛みがない訳では無い。

 だがそんなものどうでもいいのだ。目の前の獲物を狩るまで止まれない。何度でも切り込む。死ぬまで切り込む。止まることなど出来やしない。


 しかし、直ぐにユミの両手は掴まれてしまった。また、その握力で締めあげられたせいで、持っていたナイフを地面に落としてしまった。

 腕が使えないなら足を使えばいい。掴まれた腕を軸にしてユミは蹴りあげる。しかし、蹴りは届く前にユミは押し倒された。


「いい加減にしなさい」


 うるさいな。今いい所なのに。


 ユミは取り押さえられてもなお、激しく暴れる。獣のように暴れる。


「アナタは誰ですか!!」


 私は私だ! 何を言っているんだこいつは!


「ユミ! しっかりしなさい!」


 リィィン……


 どこか心を鎮めるような涼し気な鈴の音がした。

 その音のせいで心臓のあたりにノイズが掛かる。


 なんだっけ。この音。

 どこかで聞いたことがある……。


「ユミ。戻って来なさい」


 あぁ、この声も聞いたことがある。


「うっ……」


 頭が痛い。急に激しい頭痛がする。

 何か、何かを思い出せそう。

 何も無くなった私にも何か残っている気がする。

 掴めそうで掴めない。もどかしい。


「ユミ!!」


 ハッとした。


「あ……れ……?」


 何だっけ、何だっけ。私は知っている。


 歪んだ視界が段々とクリアになっていく。

 そして、段々と見えてきた先には自分に語り掛ける人間の影。


「シュンレイ……さん……?」


 自分を取り押さえていたのはシュンレイだった。

 なんでこんな所に。どうして……。


「ユミさん。帰りましょウ」


 どこか安堵したような表情のシュンレイが自分に優しい声を掛けてくれている。


 シュンレイはユミの上から退き、丁寧にユミの上半身を起こした。そして着ていた上着をユミに掛けた。


 あぁ、そうか。自分は全裸で暴れ回っていたのか……。

 何となく朧気な記憶はある。

 今まで、自分の姿なんて一瞬たりとも気にしていなかった。気にする余裕なんてなかった。

 いや、違う。が存在していなかった。


 上着を掛けられ暖かくなったからか、何だか、意識がふわふわしてきてしまう。よく分からない。

 ただ、身体中が痛い。今も続く刺すような痛みで何となく生きている事を感じる。

 ただ、それでもどこか他人事のようで、世界が無重力で回っているような感覚だ。


 そこでふと、シュンレイの上着からは、5つ目の香水の匂いがしている事に気が付いた。

 その匂いは何だか落ち着く気がする。気持ちを静めてくれるような、沸騰していた血液を常温に戻してくれるかのような。そんな気がする。


「ユミさん!? ユミさん!! しっかりしてください!」


 シュンレイの酷く慌てるような顔が見える。

 とても疲れしまった。シュンレイの顔を見て安心してしまったのだろうか。緊張の糸が切れてしまったらしい。


 視界が傾いていく。

 もうダメだ。


 ユミはそのまま意識を手放した。

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