ザンゾーが去ってから、またしばらく時間が経った。
血液を飲んだとはいえ、限界は限界だ。寝たらもうそれは死ぬと思う。二度と起きる事はないだろう。
五感が酷く鈍い。耳も聞こえないし目もあまりよく見えない。いよいよか。泥のように眠い。ユミは目を閉じた。
気を抜いた瞬間体がふっと楽になる。
もう、頑張らなくていいのかな。気持ちよく眠りに落ちる瞬間に似ている。心地よい。死んでいくってこんな感じか。これなら悪くないかもしれない。
どうやら自分には走馬灯は流れないらしい。
最後にアヤメの笑顔とか見たかったなと思う。両親との思い出とか振り返りたかった。でも、何も浮かばない。記憶もあまり思い出せない。
あぁ、自分の中には何も残されていないんだ。虚しいな。走馬灯すら流せないのか。それでも涙も出ない。なんだろう。これが化け物の最期って事かな。でもちゃんと足掻いた。人間として死ぬために最後まで足掻いた自分は褒めてあげたい。偉かったよって……。
あぁ。でも、やっばり……。
私は生きたい。生きていたい。生き残りたい。
どうしようもなく愚かかもしれない。
生きたとしても地獄しかないかもしれない。
それでも死にたくない。死ぬなんて嫌だ。
どんな姿になったって。周りに誰もいなくたって……。
私はどうしようもなく生きて生きて生き延びたいんだッ……!!!
ユミは目を開けた。
そして、最後の力をふりしぼり、臓器に手を伸ばした。
一気にかぶりつく。
自らの意思で食おうとしたのは初めてだ。生きるために必要だから食らう。
呪詛なんて知るか! 狂気なんて知るか! 生きられるならいくらでも受け入れてやるッ……!
その瞬間、内側から湧き上がる熱を感じた。
成程これが狂気か。
ユミはペロッと臓器を食べきった。
不思議な高揚感だ。今ならなんでも出来そうな気がする。体も軽い。と言うよりも、何か上手な体の動かし方が脳に流れてくる感じがする。
「あははははっ!」
何も分からないけれどなんでもいい。
ユミは起き上がり鉄扉に向かう。
何だか壊せそうだ。
ユミは助走を付けて突進し、素足のまま鉄扉を蹴り飛ばした。物凄い爆音が鳴る。
こころなしか鉄扉が少し歪んだ気がする。
これは何度か衝撃をぶち込めば壊れるのでは?
ユミは再度蹴りを打ち込む。当然足に痛みはあるがそんな事より壊せるのかが気になって仕方ない。
何度か蹴りを入れるうちに、鉄扉の蝶番が緩んできた。
これはいける。ユミは蝶番の付近を重点的に攻める。
そしてついに、鉄扉は破壊された。
鉄扉が破壊された先には黒い服の男たちが集まっていた。武器を構えている。
「商品だ。傷つけずに捕らえろ!」
「幻術掛けて眠らせろ!」
ギャーギャーうるさいな。
なんなんだ。この弱そうな人間達は。
「邪魔」
ユミは一気に駆け出し、手当たり次第に人間たちに蹴りを入れて殺していく。
鉄扉を破壊したのだ。人間なんてもっと簡単に壊せる。
「♪♪〜♪〜♪♪♪〜〜♪〜♪♪〜〜♪」
この旋律は楽しいな。
世界がクルクル回って見える。
「化け物だ!」
「やむを得ないだろ! 撃ち殺せ!」
「いや、商品だぞ! そんな事したらそれこそ殺される!」
いいのかなぁ? そんな談笑なんてしてて。
ユミは足元に転がる死体の胸に右手を突き刺し、心臓を抉り出した。そして食べる。
生暖かい。これはこれで美味しいなと感じる。
やはり呪詛が施されたもの程の高揚感は得られないが、体の力が増すような気がした。
ちらりと生きた人間の方を見る。化け物を見るような目で怯えているみたいだ。
「あははっ! ウケる」
あぁ、ご馳走だらけじゃないか。
全部食らってやるよ。空腹なんだ。
とってもとってもお腹がすいているんだ。
止められないかもしれないな。
「あははははははっ!!!」
ユミは逃げ惑う人間たちを蹴散らし、向かってくる人間も蹴散らし、殺した人間全ての心臓を抉り出し、食しながら進んだ。
食べれば食べる程満たされる。力も湧き上がる。楽しくて仕方ない。
この全能感はなんだろう。意味がわからないけど好きだ。たまらない。
「みんな、どうして逃げるの?」
背後で銃を構えている人間が複数いる。
あれで隠れたつもりだろうか。笑えるな。
ユミはゆらりと動く。そして方向をくるりと回転し隠れている人間達に向かって駆け出した。
途端に銃弾が降り注ぐ。だが見えてしまう。視力も良くなったのだろうか。軌道も明確に分かる。
こんなの当たる方がおかしいだろう。ユミは銃弾を全て避け、隠れていた人間を次々に殺す。
「本当に簡単に死ぬな。人間は。つまらない」
幻術師だらけの拠点では無いのか?
全然幻術を使ってこない。用意がなければ出来ないのだろうか。
もしそうであれば、何てひ弱な連中だろう。隠れて群れて生きているのも頷ける。
ここに強い人間は居ないのだろうか?
ユミは目の前の人間を殺しながらも気配で探す。しかし、近くには居ないらしい。
とはいえ、強い人間であれば隠れずに向かってくるに違いない。最終的に皆殺しにすればいいだけ。
やる事は何も変わらない。ユミは鼻歌を奏でながら進んだ。
しばらく進むと外部へ出られそうな扉を発見した。ユミは鍵を開け外に出る。
室内にいた人間は全て殺してしまった。外にも人間はいるだろうか。気配を消しているようで確かでは無いが、何となく気配はある気がする。
扉を開けた先は登り階段だった。今までいた場所は地盤面より下に建てられた施設だったようだ。
階段を登りきると、周囲は森だった。夕暮れか明け方かは分からないが空は薄暗い。
久しぶりの外だ。空気も美味しい気がする。
周囲を見渡すと気配がある。
どうやら囲まれているらしい。室内の連中より強いといいのだが。
「あ。来る」
森の中からナイフがユミを目掛けて飛んでくる。
ユミはそのナイフを、掴んだ。そして瞬時に飛んできた方向へ投げ返した。
森の向こうでうめき声が聞こえる。当たったらしい。ユミはその方向へ走り、投げ返したナイフを足に受け負傷した人間の首を蹴り飛ばした。
多分死んだだろう。周囲にわらわらと人間の気配が集まる。
何人いるだろう。42人かな。
「あははっ! あははははっ!」
ユミは片っ端から向かっていった。