「やぁーっと1個食ったか」
ユミはザンゾーの声でハッとした。
血まみれの手。身体中の激痛。そして口の中に残る血の味。
そして目の前には、空の金属の皿。
手の拘束は解けていた。足に付いていた鎖もない。自分は全裸で座っている。
そして目の前にはザンゾーがあぐらをかいて座り、じっとこちらを見ていた。
「気分はどうだ」
「……。分からない」
「そうか。あと2個。食ってくれ」
「嫌」
「だろうな」
ザンゾーはユミの頭を優しく撫でる。相変わらずよく分からない男だ。
「何か感じるか?」
「?」
「そうか。なら次食ったらお前は正気を保てなくなる。間違いなくな」
どういう事だろうか。現状8個目を食べたが正気ではあるらしい。
「手を出せ」
ユミは言われた通り手をザンゾーの前に出した。
爪の剥がれた痛々しい手だ。血が滲んで滴っている。傷口を見ると、痛みを思い出す。
ザンゾーはユミの指を消毒し、包帯を巻いていった。
何故治療するのだろう。意味がわからない。また爪を生やさせてから剥ぐのだろうか?
あっという間に10本の指に綺麗に包帯が巻かれた。上手だなと思う。
「ありがとう」
「あぁ。次は背中だせ」
ユミは体の向きを変え、ザンゾーに背を向けた。
ザンゾーは、背中の焼かれたところも丁寧に消毒して手当てしているようだ。消毒液も地味に痛い。しばらく大人しくしていると、手当が終わったらしい。
ばさりと、何かが肩にかけられる。
振り返りザンゾーを見る。どうやらザンゾーの上着をかけられたようだ。着ていろという事だろうか。
「恨んでくれ」
ザンゾーの声に覇気は無かった。いつものふざけた様子もない。どうかしたのだろうか。
と、そこで、ザンゾーの手がユミの肩に掛けられた。そして後ろに引き寄せられる。体が後ろへ傾くと、ザンゾーの胸部辺りにに背中が当たり、結果後ろから羽交い締めにされてしまった。
このまま絞め殺す気だろうか?
「1度しか言わない。よく聞け。今六色家の隠されているはずの拠点が次々に破壊されている。皆殺しだ。普通見つけられるはずないのにな。もう3つも破壊された。それは全部な、番長1人の仕業だ。そして一方で、ユミを化け物にしようとする組織の資金源である麻薬の製造施設と流通拠点も次々に破壊されている。こっちは全て舞姫の仕業だ。相変わらずお前は愛されてんだよ、ユミ」
「な……んで……」
この男は、なんでそんな情報を今言った……?
そんな事言われたら希望を持ってしまう。もしかしたら助けに来てもらえるんじゃないかって。
やっと諦めたのに。酷すぎる。まだ足掻きたいって思ってしまった。
「ユミ、水を飲め」
ザンゾーからペットボトルに入った水を差し出される。
毒入りでは無いだろうか? とてもじゃないが飲めたものでは無い。
ユミはぷぃとそっぽを向いた。
「かははっ! 毒なんかはいってねぇよ」
ザンゾーはなんだか楽しそうだ。ペットボトルの蓋を開け水を飲んでみせる。
これで安全を証明したつもりなのだろうか。毒ガスの時だって自分だけピンピンしていたのだ。信じられるわけが無い。
ユミはそっぽを向いた。
「飲まないなら口移しで飲ますぞ」
ユミは、ペットボトルをザンゾーから奪い取り、一気に飲み干した。
ザンゾーは腹を抱えて笑っている。本当に楽しそうなやつだなと思う。
「ユミ、ラウンド2だ。9個目もさっさと食えよ」
ザンゾーはそう言ってユミの前に、次の臓器が乗った皿を差し出し立ち上がった。これを食ったら、もう正気ではなくなるらしい。
臓器は相変わらず美味しそうだ。これ以上空腹に耐えられるだろうか。分からない。
ニヤニヤと笑いながら、ザンゾーはユミの頭をくしゃくしゃに撫で、満足すると去っていった。
再び、臓器と一緒に部屋に1人取り残される。またこの耐久戦か。臓器を1つ食べてしまったことで腹は満たされたため、暫くは耐えられるとは思う。
ユミは今まで通り眠りについた。
***
それからしばらく、ザンゾー含め誰も来なかった。ユミは仮眠を取り空腹をひたすら凌ぐ。ザンゾーの上着は断熱性能が高く、寝やすい。いい物を貰った。
とはいえ、空腹は再び限界を迎えていた。気を抜けば食べてしまいそうだ。脱水の症状も出てクラクラする。
一体六色家の拠点はいくつあるのだろうか。膨大な数があるのであれば、さすがにここにはたどり着けないだろうなと思う。
シュンレイが皆殺しにして潰して回っているとしても、そんな簡単にはできることではないだろう。小さな希望ではあるが、期待するには小さすぎる。
何だかもう頑張れる気がしないのだ。心のどこかでもういいかなってなっている自分が確かにいるのだ。全身の痛みでも生きているだけで辛いし、こんなボロボロの体で楽しく生きていけるとも思えない。
なけなしの気力で空腹に耐えてはいるが、これ以上はもう無理だ。そんな気がしている。
そんな事を考えていると、ガチャっと音がして鉄扉が開いた。
「ユミ。起きてたか。珍しい」
ザンゾーがやってきた。ザンゾーの背後には拷問の時の男2人もいる。
「ザンゾー、そろそろ2個目食わせねぇとまずいんじゃねぇの?」
「耐えるだけの精神力はもう残っていない。だから空腹になりゃ勝手に食う。放って置けばいい。余計な事はするな」
「さっさと痛めつけて食わせりゃ良いじゃねぇか」
「余計な事はするなと言ったんだが。死にたいのか?」
「へいへい。次期当主様は怖い怖い」
ザンゾー以外の男2人はチラッとユミの様子を見るとどこかへ行ってしまった。ザンゾーは残り、いつものように寝転がるユミの隣に座った。
「気分はどうだ」
「お腹空いた」
「なら食えや」
「嫌」
ザンゾーはまた、ユミの脈や眼球を診ている。あとどれくらいで死ぬのか測っているのだろうか。
「限界だな。まもなく死ぬぞ」
「そうなんだ」
衰弱死か。結構頑張ったな。確かに言われてみれば腕も上がらないし、体も思うように動かない。痛みはあるけれど他人事みたいな感覚になってきた。
次寝たら目が覚めないかもしれないなと思う。
「何で希望を持たせたの?」
ユミは問いかける。
意味がわからないのだ。希望を持つような話さえなければ、自分は簡単に折れて空腹になった瞬間に狂って次の臓器を食らっただろう。そうすればザンゾーの目的は果たされる。それなのに何故失敗するような事をしたのか。理解できない。
希望は
「何でだろうな。分からねぇ。バレたら流石の俺も殺されるだろうな。あぁ、クソが……。ユミ、お前の勝ちだよ。この俺に執着を発動させて更に幻術を掛けたお前の勝ちだ。飲め!」
ザンゾーは自身の親指の腹をナイフで切りユミの口にいきなり突っ込んだ。
「しっかり飲め。あと1日耐えろ。分かったな」
分からない。全く分からない。どういう事だ。
一方でザンゾーは頭を抱えている。非常に困っているようだ。
「あぁ、クソが……。なんで俺がこんな小娘に……。執着がこんなに厄介だなんて聞いてねぇ……。クソが」
ザンゾーはずっとブツブツ言っている。怒っているのだろうか。
しばらく血を飲むと、体力がほんの少しだけ回復してきた。本当に不思議だ。自分の体は着々と化け物に近づいているのだろう。皮肉なものだと思う。
「じゃぁな。ユミ」
しばらくするとザンゾーはそう言って親指を引き抜き、そしてそのまま出ていった。なんだったのだろうか。結局意味不明のままだった。