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3章-6.黒橡(くろつるばみ)(2) ?-2021.4.23

「いいのか? あんなに可愛がってたのに」

「あぁ。仕事だ。仕方ない」

「自分でやればいいのに勿体ねぇ」

「俺は子供はやらん」


 鉄扉の向こうに別の人間がいる。声からして男2人だ。ザンゾーが出ていくと、代わりに男が2人入ってきた。話をしていた人間だろう。

 黒のシャツに黒のパンツを履いている。タバコを咥えながらゆっくり歩いてくる。


「初めまして。お嬢さん。どうせ二度と会うことは無いから自己紹介はしないよ」

「今から俺らでお嬢さんを拷問する。この臓器を食べたら拷問を止める。それだけだ」

「俺達も別に子供をいたぶる趣味は無い。さっさと食っちまってくれ。俺らも仕事だ。悪く思うな」


 成程。食うまで拷問されるのか。これは空腹に耐える以上にしんどいな。

 確かにザンゾーが言ったように、もはや幻術でも何でもないじゃないか。これが手っ取り早く人間を黒く染めるという事なのだろう。


 ユミはうつ伏せにされた。

 あぁ、これは爪からだろうな。そんな気がする。

 爪は簡単でかつ痛みを十分に与えられるものだ。怖い。爪なんて剥がしたことなんてない。

 どれ程痛いのだろう。ただただ怖い。嫌だ。怖い。体が強ばる。


「ごめんなぁ。怖いよな」


 自身の左手の小指の爪に何かが当たる。爪の先に何かを引っ掛けられたのだろう。


 バキッ!


 音が響いた。


「あぁぁ……、あああああああああ!!!!」


 痛い! 痛い! 痛い! 熱い! 痛い! 嫌だ! 痛い!

 こんなの耐えられるわけが無い!!


 暴れるユミをもう一人の男が取り押さえる。左手の薬指の爪にまた何かが当たる。

 嫌だ。もうやめて!


 バキッ!


「ああああああっ。うぐっ。あああ……」


 目の前にある臓器。これを食べれば止めてもらえる。

 だけど、食べたら……。


 左手の中指の爪の先に何かが当たる。


 バキッ!


 もはやこれは自分の叫び声なのか分からない。耳をつんざく悲鳴がどこか遠くのもののように聞こえる。

 荒ぶる呼吸に痛みに耐えかねて流れる涙。そして止まらないヨダレ。こんなのおかしくならないわけが無い。


 バキッ!


 次々に剥がされていく爪。もはや左手の感覚がおかしい。痛みしかない。呼吸する音も悲鳴もうるさい。何がなんだかわからない。


 バキッ!


 左手の全ての爪が剥がれたらしい。目の前に剥いだ爪を置かれた。血まみれのそれらを、ただ、ぼーっと見つめる。

 あれ、爪っていくつあるんだったっけ……?

 両手両足で20枚か。笑える。多すぎ。もういっそ殺して欲しい。


「臓器食うか?」


 ユミは首を横に振った。


「そうか。残念だ」


 右手の小指の爪先にまた何かが当たる。

 次は右手か。辛いな。辛すぎるよ。涙がぽたぽたと床に落ちて行くのを見つめた。


 バキッ!


「食えば終わる。耐えなくていい」


 ユミは首を横に振る。

 嗚咽も悲鳴もぐちゃぐちゃだ。


 バキッ!


 誰か助けてよ。

 ヒーローみたいに現れて。

 もう壊れちゃうよ。

 お願いだよ。


 バキッ!


 耐えた先になにかあるのかな。

 きっと何も無いよね。なんにもない。


 バキッ!


 ああああああ。


 バキッ!


「もうそろそろ、食わねぇか?」


 目の前に置かれる血まみれの右手の爪5枚。

 叫び疲れてゼハゼハと息がうるさい。再度目の前に出される心臓。変わらず真っ赤で美味しそうだ。目をそらすだけの体力も無い。

 瞼を閉じて視界に入れないようにするので精一杯だ。


「ダメか」

「あまり傷つけたくないんだがな」


 ジュッっと背中で音がした。何かが焼ける匂い。


「あああああああああ!!!」


 タバコの火を肩に押し付けられた。


 熱い! 痛い! 嫌だ!


 次は根性焼きか。たまに虐待などで聞くやつだ。こんなに残酷なものなのか。


「俺なんか子供の悲鳴、癖になったかもしれない」

「目覚めるなボケ。ザンゾーに殺されるぞ」


 狂ってる。苦しむ人間を見て平然としているなんて。

 だが、ふとユミは思い返す。自分だって恐怖に逃げ惑う人間を沢山殺してきたのだ。その中には当然命乞いをしてきた人間だっていた。


 そっか……。同じだ。自分もこいつらも……。


 仕事といって他者の命を踏みにじってきたのだ。当然の報いなのかもしれない。

 そう思うと、自分には覚悟が全然足りていなかった。他人の命を踏みにじりながらも生き長らえるという覚悟が。


 ジュッ。


 熱いな。何ヶ所やられるんだろう。

 爪みたいに数えられない分先が見えない。


「食いたくなったらいつでも言えー?」


 ジュッ。


「よく考えろ。どうせ食うしかないんだから、耐える意味なんて無い。早く楽になれ。傷なんて残らない方がいいだろう」


 そんな事言われなくても分かっている。助かる見込みなんて無いことくらい分かっている。


 ジュッ。


 それでも自分は諦めると言う選択ができない。何故だろう。分からない。

 痛みが酷すぎて思考もできないのかもしれない。ぽたぽたと流れる涙が床に染み込んでいく。叫びすぎて喉も痛い。


 ジュッ。


 本当に殺してくれたら良かったのに。希望もないのに生にしがみつく自分は愚かだ。


「ダメだ。物理的な痛みじゃ堕ちない」

「訓練された兵隊でもねぇのに。大したもんだよ」

「どうする」

「もぅ、やるしかねぇだろ」


 根性焼きは終わりなのか?

 よく分からない。何か男たちは話している。指先も背中も痛すぎてもうよく分からない。少しでも動けば激痛が襲ってくる。呼吸すら痛い。


「恨むなら、自ら拷問しなかったザンゾーを恨んでくれよ。あいつならもっと上手だったのに」

「物理的な痛みで落ちないなら、精神的な痛みで落とすしかねぇからさ。本当に悪く思わないでくれ。恨まれたくない」


 ユミは仰向けにされた。ユミを見下ろす男たちはニヤリと笑っている。仕事だから仕方なくやっているという雰囲気では無い。むしろ楽しんでいるように見える。

 一体次は何をする気なのか。全く読めない。


 男のうちの1人がユミの頭の方へ周り、ユミの上半身を起こした。そして羽交い締めにするように首に腕を回す。

 背中の焼かれた部分や爪を剥がされた指先が男に当たり痛い。ユミは痛みを耐えるようにギリっと食いしばった。精神的な痛みとは一体なんだ。分からない。


「何されるか分からなくて怯えた顔だな」


 正面にいる男は言う。そして男はユミが身につけていた赤い布を取り払った。


「え。嫌……」

「さすがに分かるだろ」

「ヤダヤダヤダヤダ!!!」


 ユミは暴れる。

 だが背後で首に手を回す男に締めあげられて、満足に暴れることすら出来ない。


「やめて……。お願い。嫌……」


 ぽろぽろと涙が零れる。もう頼むしかできない。


 お願いだからそれだけはやめて欲しい。


「嫌なら食えばいい」

「っ……」

「諦めな」


 男の手が伸びてきた。もうその後は何も分からなかった。

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