「いいのか? あんなに可愛がってたのに」
「あぁ。仕事だ。仕方ない」
「自分でやればいいのに勿体ねぇ」
「俺は子供はやらん」
鉄扉の向こうに別の人間がいる。声からして男2人だ。ザンゾーが出ていくと、代わりに男が2人入ってきた。話をしていた人間だろう。
黒のシャツに黒のパンツを履いている。タバコを咥えながらゆっくり歩いてくる。
「初めまして。お嬢さん。どうせ二度と会うことは無いから自己紹介はしないよ」
「今から俺らでお嬢さんを拷問する。この臓器を食べたら拷問を止める。それだけだ」
「俺達も別に子供をいたぶる趣味は無い。さっさと食っちまってくれ。俺らも仕事だ。悪く思うな」
成程。食うまで拷問されるのか。これは空腹に耐える以上にしんどいな。
確かにザンゾーが言ったように、もはや幻術でも何でもないじゃないか。これが手っ取り早く人間を黒く染めるという事なのだろう。
ユミはうつ伏せにされた。
あぁ、これは爪からだろうな。そんな気がする。
爪は簡単でかつ痛みを十分に与えられるものだ。怖い。爪なんて剥がしたことなんてない。
どれ程痛いのだろう。ただただ怖い。嫌だ。怖い。体が強ばる。
「ごめんなぁ。怖いよな」
自身の左手の小指の爪に何かが当たる。爪の先に何かを引っ掛けられたのだろう。
バキッ!
音が響いた。
「あぁぁ……、あああああああああ!!!!」
痛い! 痛い! 痛い! 熱い! 痛い! 嫌だ! 痛い!
こんなの耐えられるわけが無い!!
暴れるユミをもう一人の男が取り押さえる。左手の薬指の爪にまた何かが当たる。
嫌だ。もうやめて!
バキッ!
「ああああああっ。うぐっ。あああ……」
目の前にある臓器。これを食べれば止めてもらえる。
だけど、食べたら……。
左手の中指の爪の先に何かが当たる。
バキッ!
もはやこれは自分の叫び声なのか分からない。耳をつんざく悲鳴がどこか遠くのもののように聞こえる。
荒ぶる呼吸に痛みに耐えかねて流れる涙。そして止まらないヨダレ。こんなのおかしくならないわけが無い。
バキッ!
次々に剥がされていく爪。もはや左手の感覚がおかしい。痛みしかない。呼吸する音も悲鳴もうるさい。何がなんだかわからない。
バキッ!
左手の全ての爪が剥がれたらしい。目の前に剥いだ爪を置かれた。血まみれのそれらを、ただ、ぼーっと見つめる。
あれ、爪っていくつあるんだったっけ……?
両手両足で20枚か。笑える。多すぎ。もういっそ殺して欲しい。
「臓器食うか?」
ユミは首を横に振った。
「そうか。残念だ」
右手の小指の爪先にまた何かが当たる。
次は右手か。辛いな。辛すぎるよ。涙がぽたぽたと床に落ちて行くのを見つめた。
バキッ!
「食えば終わる。耐えなくていい」
ユミは首を横に振る。
嗚咽も悲鳴もぐちゃぐちゃだ。
バキッ!
誰か助けてよ。
ヒーローみたいに現れて。
もう壊れちゃうよ。
お願いだよ。
バキッ!
耐えた先になにかあるのかな。
きっと何も無いよね。なんにもない。
バキッ!
ああああああ。
バキッ!
「もうそろそろ、食わねぇか?」
目の前に置かれる血まみれの右手の爪5枚。
叫び疲れてゼハゼハと息がうるさい。再度目の前に出される心臓。変わらず真っ赤で美味しそうだ。目をそらすだけの体力も無い。
瞼を閉じて視界に入れないようにするので精一杯だ。
「ダメか」
「あまり傷つけたくないんだがな」
ジュッっと背中で音がした。何かが焼ける匂い。
「あああああああああ!!!」
タバコの火を肩に押し付けられた。
熱い! 痛い! 嫌だ!
次は根性焼きか。たまに虐待などで聞くやつだ。こんなに残酷なものなのか。
「俺なんか子供の悲鳴、癖になったかもしれない」
「目覚めるなボケ。ザンゾーに殺されるぞ」
狂ってる。苦しむ人間を見て平然としているなんて。
だが、ふとユミは思い返す。自分だって恐怖に逃げ惑う人間を沢山殺してきたのだ。その中には当然命乞いをしてきた人間だっていた。
そっか……。同じだ。自分もこいつらも……。
仕事といって他者の命を踏みにじってきたのだ。当然の報いなのかもしれない。
そう思うと、自分には覚悟が全然足りていなかった。他人の命を踏みにじりながらも生き長らえるという覚悟が。
ジュッ。
熱いな。何ヶ所やられるんだろう。
爪みたいに数えられない分先が見えない。
「食いたくなったらいつでも言えー?」
ジュッ。
「よく考えろ。どうせ食うしかないんだから、耐える意味なんて無い。早く楽になれ。傷なんて残らない方がいいだろう」
そんな事言われなくても分かっている。助かる見込みなんて無いことくらい分かっている。
ジュッ。
それでも自分は諦めると言う選択ができない。何故だろう。分からない。
痛みが酷すぎて思考もできないのかもしれない。ぽたぽたと流れる涙が床に染み込んでいく。叫びすぎて喉も痛い。
ジュッ。
本当に殺してくれたら良かったのに。希望もないのに生にしがみつく自分は愚かだ。
「ダメだ。物理的な痛みじゃ堕ちない」
「訓練された兵隊でもねぇのに。大したもんだよ」
「どうする」
「もぅ、やるしかねぇだろ」
根性焼きは終わりなのか?
よく分からない。何か男たちは話している。指先も背中も痛すぎてもうよく分からない。少しでも動けば激痛が襲ってくる。呼吸すら痛い。
「恨むなら、自ら拷問しなかったザンゾーを恨んでくれよ。あいつならもっと上手だったのに」
「物理的な痛みで落ちないなら、精神的な痛みで落とすしかねぇからさ。本当に悪く思わないでくれ。恨まれたくない」
ユミは仰向けにされた。ユミを見下ろす男たちはニヤリと笑っている。仕事だから仕方なくやっているという雰囲気では無い。むしろ楽しんでいるように見える。
一体次は何をする気なのか。全く読めない。
男のうちの1人がユミの頭の方へ周り、ユミの上半身を起こした。そして羽交い締めにするように首に腕を回す。
背中の焼かれた部分や爪を剥がされた指先が男に当たり痛い。ユミは痛みを耐えるようにギリっと食いしばった。精神的な痛みとは一体なんだ。分からない。
「何されるか分からなくて怯えた顔だな」
正面にいる男は言う。そして男はユミが身につけていた赤い布を取り払った。
「え。嫌……」
「さすがに分かるだろ」
「ヤダヤダヤダヤダ!!!」
ユミは暴れる。
だが背後で首に手を回す男に締めあげられて、満足に暴れることすら出来ない。
「やめて……。お願い。嫌……」
ぽろぽろと涙が零れる。もう頼むしかできない。
お願いだからそれだけはやめて欲しい。
「嫌なら食えばいい」
「っ……」
「諦めな」
男の手が伸びてきた。もうその後は何も分からなかった。