「次は白を増やす方法が知りたいだろ」
全くもってその通りだ。
楽しそうにニヤニヤと笑いながら親指でユミの口の中を弄り倒すザンゾーが憎くて仕方ない。
「正直白については研究は進んでいない。俺ら六色家は染めることしか考えてねぇし、白すぎて染められねぇ人間に出会う事もほとんどねぇからな。だから別の角度から考察する。幻術が掛かりにくい人間を白が強い人間と仮定する。幻術が掛かりにくい人間は、主に満たされた人間、愛された人間だ。ユミ、おめぇはまさにそれだ。周囲から愛され、満たされているがゆえに欲求がほとんどなく隙がない。幻術師からすると最も厄介な相手だったよ。要するになぁ、ユミ。白は他人との関わりで得られるもんなんだぁよ。自分だけでは増やせない。残念だったな」
ザンゾーが言うことが全て正しいかは分からない。だが、正しいと仮定すると、ザンゾーの行動1つ1つに意図が明確にある事が分かる。
拉致監禁したのは白をこれ以上増やさないため。赤い部屋に入れたのは狂気を増幅するためと考えられる。成程よく出来ている。
「そんなユミをどうやって俺が幻術に嵌めたか気になるだろ。せっかくだから聞いていけ」
勝手に語り始めた。
ザンゾーには話を聞いてくれる友達等居ないのだろうか。いや、いなさそうだなとユミは思った。
「ユミには渇望するような欲求がない。それ程満たされている。空腹に関しては有ると言えるが、それは臓器の呪詛との兼ね合いで増幅されているから辛うじて生じたものだろう。おやつなんて食べられたら、幻術に利用できるほどの要素にはならねぇ。だからよぉ、俺は公園での戦闘以降ずっとお前を四六時中観察した」
なかなかに気持ち悪い事実を知り、ユミはドン引きする。
ずっと見られていたというのか。全く気が付かなかった。
「1度バレそうになった時はヒヤッとしたわ。部屋でbarの制服に着替えた時な。あんまりにも似合ってたから思わず呼吸しちまってよぉ。タバコ臭いって言われた時には、さすがに肝が冷えたわ。かははっ!」
あの時、部屋にいたと。すぐ近くにいたという事だ。
そこまで隠密が可能なら簡単に自分を誘拐できるのではないだろうか。わざわざこんな手の込んだ事をしなくても、可能ではないのだろうか。
「あ? なんでそこで誘拐しなかったか気になってんだろ。そりぁ簡単だぁよ。舞姫と番長のテリトリー内でアクションを起こすのはリスクが高すぎる。せいぜい隠密が限界だ。それにユミに全力で暴れられたら、捕まえて移動なんて無理だぁよ」
話す感じから受ける印象は軽く適当な人間に見えるが、どうやら実際の行動はかなり慎重で計画的に行っているようだ。
思い起こせば、初手の両親の臓器を食わせようとした策だって、部屋は真っ赤にされ衝撃的な光景だった。テーブルに刺さったチェーンソーは攻撃性の象徴だったのかもしれない。
また、部活帰りの日が落ちた頃に帰宅して部屋の電気を付ければ、一瞬で身構えるまもなく赤1面になる。ここで幻術にかけたのだろう。
次は公園での事だ。事務所への遠回りや予想外の戦闘で空腹を刺激するという策。回りくどい策を練っている。危うく臓器を食べそうになったのだから、かなり有効な策だったのだろう。
「観察した結果と公園での計画の経験から、俺ぁ計画を練り直した。たどり着いた答えは、舞姫というキーマンだぁよ。お前はなぁ、舞姫を頼りにし慕い依存している。憧れを持ちそんな人間になりたいと欲を持っている。幻術を仕掛けるならそこしか無かったわ。欲求の名称で言えば、服従欲求や同化欲求にあたるな。空腹の対策がされている以上、ここにしか明確な隙がねぇ」
成程。そんな所に仕掛けられたら回避するのは無理だろう。
ザンゾーは本当によく自分を見ている。これは負けだ。敵わない。
「おぃおぃ。もう噛まないのか? ユミ、元気だせや」
噛み付く気も失せた。
こんなのどうしろと言うのだ。現状を打開するなら、ザンゾーを利用するしかないが、自分ごときが何か画策して成し遂げることなんて無理だ。自分が考えていることくらい見透かされているだろう。
「舞姫を信じきっているユミだからこそ掛かったっつーことだぁよ。舞姫に対しては、警戒心が低く基本疑わない。だからコンビニで簡単に嵌められたと。行動を真似させて追従させた。ま! それも途中でバレたのは予想外だったがな。舞姫様様だぁね。その点番長は見事だ。味方にも信用させきらないようにコントロールしてやがる。かははっ! 番長とは戦いたくないわ」
ザンゾーは噛みもしないユミの口の中を、ずっと弄り続けている。
一体何が楽しいのか理解できない。ユミが反抗するのが楽しくて嫌がらせしているのかとも思っていたが、ただ嫌がらせするだけで楽しんでいるのかもしれない。つくづく嫌な人間だ。
「もうひとつ解説しないとな。外出の度に襲わせた人間たちの件だ。意図としては、ユミの気力を削いで少しでも幻術に掛かりやすくする事。周りへの依存度を高める事。行動を制限して観察しやすくする事。仕掛けるタイミングを作る事。この4点だ。外を歩くと襲われると思えば、反対に狭い室内やbarの周りでは気を緩めるだろう。常に警戒し続けることはできねぇからな。緩んでいるポイントが明確化する」
成程。こんな用意周到に計画していたとは恐れ入った。
全て手のひらの上だったと思うと腹立たしい。勝てるはずのない戦いだ。相手が悪すぎた。
「ユミ。おま、俺の血を飲んで腹を満たす気か?」
バレてしまった。
「開き直りというか、立ち直り早すぎだわ」
ザンゾーはやっと指を口から取り除いてくれた。
どうせ臓器を食ったのだ。今更血液を飲むのなんてなんの抵抗もない。意外と空腹が和らいだ気がする。もう少し飲めればまた暫くは持ちそうだったのに。バレてしまうとは。
「俺の血液は美味かったかぁ?」
「うん! とっても味しかったよ! もっとちょうだい! お兄さん!」
ユミはソプラノの声で笑顔で元気に答えた。
すると、ザンゾーの顔がピクピクと引きつっている。
「おま。その声……。幻術使いやがって……。しかも無意識か? 恐ろしい奴……」
「?」
「あぁ、クソ! 最強の幻術師様に幻術かけようとするなんていい度胸だな。まんまと掛かったわ!」
ザンゾーはそう言って立ち上がると、頭を掻きむしりながら足早に部屋から出て行った。
一体どうしたというのだろうか。意味不明だがこれで休息が取れそうだ。ユミは再び眠りについた。